AWC お題>レモンの皮をめくると海が見えた YASU


        
#1540/3137 空中分解2
★タイトル (UTJ     )  92/ 3/24  22:27  (128)
お題>レモンの皮をめくると海が見えた YASU
★内容

 私の息子の健は、今八歳である。
 彼は小さい頃から活発で運動神経がよかった。誰も教えもしない
のに鉄棒の前回りや逆上がりは四歳にはできていた。
 こいつは親に似ない鬼子だぞ。学校時代からスポーツ音痴で運動
会などは大嫌いだった私は、内心健のことを得意に思っていた。
 ところが、同じころから彼の言葉遣いが妙なのに気付くようにな
った。それまでだっておかしかったのかもしれない。ただもう少し
大きくなったらきっと普通に喋りだすさ程度に考えていた。
 四歳になって他の子どもらと交わりだすと言葉の違いは歴然とし
ているので、妻も私もショックを受けた。
「男の子だもの、遅いのはあたりまえだよ。うちのお隣の美子さん、
ほら、おまえも覚えているだろう。あの子の子どもが小さいとき全
然喋らなくて皆が心配していた。家族ぐるみで拝み屋さんにまで行
ったりしてね。それでもなかなか言葉が出なかった。それが小学校
三年生になって急に喋りだした。そうしたら、それまでの分を取り
戻そうとするように、喋って喋ってうるさいの何のって。美子さん
もうれしいのを通り越して、今度は少しは静かにしなさいって叱っ
てばかりいるんですって」
 私の母はそんなことを言って、私たちを慰めた。
 私たちも最初はそんなものかなくらいに思っていた。だが、だん
だん不安になり、病院や児童相談所や保健所へ次々と相談に行った。
そして、結局健の奇妙な言葉遣いは発達の一時期のものではなく、
病的なものだということを次第に納得せざるをえなくなった。

 健はこちらが言ったことを、抑揚もふくめて同じように言う。
「健、このおもちゃ買ってやろうか」
「健、このおもちゃ買ってやろうか」
「今日、美佐ちゃんと遊んだのか」
「今日、美佐ちゃんと遊んだのか」
 美佐ちゃんというのは近所に住む健と同い年の女の子で、彼は美
佐ちゃんのことがとても気に入っている。
 彼はいつもこのおうむ返しで返事をするわけではない。ときには
単語で答えることもある。
「今日のお昼は何を食べたの」と、学校の給食について尋ねると、
「スパゲッティー」
「それと」
「みかん」などと答える。
 自分の答えられる単語の時は答えているらしい。
 それ以外に彼はよく独り言を言っている。ところが、それが何を
言っているのか、親である私たちにもさっぱり分からない。
「敏くんがねえ、らっぱを吹くからねえ、みんなで行くんだってえ」
 彼は同じ独り言を何度も何度も繰り返す。
 敏くんというのは、保育所の友だちらしい。だが、それ以外のこ
とは何のことなのか私たちには分からない。
「健、何を言っているの」
 妻がそう訊くと、彼はぱたりと独り言をやめて、知らん顔をして
右手の親指を根元まで口にいれてちゅうちゅう吸い始める。あとは
何を言ってもどこ吹く風である。
 言葉の接ぎ穂を失って、妻は私の方を見て苦笑する。
 彼女がどれほど傷ついているか私にもよく分かる。
「母親にとって子どもと心が通わないくらいつらいことがあるかし
ら」
 彼女はそう言って泣いた。
 それは確かにそうだろう。笑いにごまかしていても、父親にとっ
てもきついことだ。まして毎日を一緒にいる母親には耐えがたいこ
とに違いない。
 私たちには健の問題を受け入れるまでにずいぶん長い時間が要っ
た。行きつ戻りつの時間であった。やり場のない気持ちを互いにぶ
つけて、傷つけ合ったことも一度や二度ではなかった。
 彼を小学校に入れるときにも、私たちは散々迷った。
 特殊学級や養護学校も見学に行った。
 そして、最終的には彼も他の子どもと一緒に普通の学校で、普通
のクラスに入るべきだという結論に達した。
 周りからはいろいろ親切心を装った忠告を受けた。
「親の見栄で子どもをダメにしてしまっていいのですか」
「障害児はそれなりの特別な教育を受けなくちゃあ、伸びる才能も
伸びなくなるわよ」
 だが、自分たちで結論を出してからは私たちはもう迷わなかった。
 今彼は毎日元気で学校へ行っている。
 私たちの中に、これでいいだろうかという気持ちがないと言えば
嘘になる。人間に関わることには、同時に二つの違った試みをする
ことができないというジレンマがいつもつきまとう。
 しかし、健が喜んでみんなと一緒に学校へ行っているので、私た
ちはこれで良かったんだと考えることにしている。

 最近になって、私は彼の言葉の中にときどき驚くような発見をす
るようになった。
 たとえば彼は旧家らしい大きな庭のある家の生け垣のそばを通る
とき、きまって「ライオンだね」と言う。
 はじめはライオンなんかいないじゃないか、と答えていたが、あ
まりに健が何度も言うもので、ふと上を見た。そこには手入れの行
き届かない大きな木がそびえ立っている。脇枝が数本天に向かって
伸びているのがちょうどライオンのたてがみのように見えるのだ。
「ほんとだ、ライオンだね」
 私が大きくうなづいて言うと、健はうれしそうに「うん」と答え
た。
 こんなこともある。
 電車に乗ると彼はしばらく熱心に窓の外の景色を見ているが、や
がてぽつりと、
「おばあちゃん、待っているかなあ」と問う。
「今日はおばあちゃんちは行かないよ」
「ふうん」
 彼が電車に乗るとおばあちゃんのことを言うのは、五歳ごろ私が
彼に買ってやった絵本と関係があるらしいと最近になって分かって
きた。
 その本は、熊の親子が休日に三人で電車に乗っておばあちゃんの
家に出かけていく話をきれいな絵入りで書いてある。熊の子ども
(くまた君という名前だが)は初めて乗った新幹線に感激してはし
ゃいでいたが、やがて長旅に飽きて眠ってしまう。そして、目覚め
て駅に着いたとき、おじいちゃんとおばあちゃんがくまた君をにこ
にこしながら出迎えに来ているという話だった。
「おばあちゃんは、まだお父さんの胸の中で寝ぼけまなこのくまた
君の背中を、とても大事な物であるかのように、優しく優しく撫で
ていました」
 そのラストの部分が健はとても気に入ったようで、あのころ何度
も妻に読んでもらっていた。
 だから、彼は電車に乗ると自分がくまた君になって、自分の背中
を撫でてくれる優しいおばあちゃんを思い起こすらしいのだ。
 つまらないと言えばつまらないことかもしれない。
 だが、私たちが些細なこととして片づけていることを、健は大切
にいつまでも心に持ち続けている。
 それはかけがえのない彼の才能なのだ。
 そして、その才能は私たちにも驚きと喜びを分け与えてくれる。

 もう一つ健にはレモンを皮のままかじるという癖がある。まるで
鼠が固い物をかじるように、がじがじと小さな前歯でかじる。酸っ
ぱそうな顔一つせずに、器用にラグビーボール型の果実をくるくる
回しながら皮を剥ぐようにかじる。私が口の中にたまる唾液を飲み
込みながら見ていると、意地悪そうな目をこちらに向けてにやりと
笑う。
「おとうさん、海だよ、海。海水浴、行ったねえ」
 もし彼がレモンをかじるのをやめて、突然私にそう話しかけてき
たら、今の私は何のためらいもなく、
「ああ、そうだね、行ったね。今年もまた海水浴へ行こうな」と答
えるだろう。
                           《了》





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