AWC お題>レモンの皮をめくると海が見えた  らいと・ひる


        
#1503/3137 空中分解2
★タイトル (NKG     )  92/ 3/13  22:54  ( 85)
お題>レモンの皮をめくると海が見えた  らいと・ひる
★内容

 レモン2つと砂糖が少々、ソーダで割ってチェリーを乗せればレモンスカッシュ
の出来上がり。田舎のおばあちゃんは、ぼくが遊びに行くといつも作ってくれる。
 ちょっぴり甘くて、ちょっぴり酸っぱいレモンの味は、口の中でソーダとともに
はじけ飛ぶ。
 おばあちゃんの家は、二階建ての洋館。横にある螺旋階段を上ると、屋根の上の
バルコニーに出られる。そこから見える海が、とても爽快で、なんともいえず気持
ちがいい。近くにあるヨットハーバーには、色とりどりなヨットやクルーザーが停
泊している。昔から活気のある港だった。
 夕方などは、セピア色に輝く風景におもわず見とれてしまうほど。
 まるで、そこだけ時間の進みかたがゆっくりと流れるように、セピア色の空と海
が見ている者の心に魔法をかけていく。


 まわりの様子の変化に気がついたのは、足元に何かが当たってからだった。
 下を向くと、レモンが一つ転がっているのが見える。
 セピア色の風景は変わらないのだが、何かが違う。
 ふと、人の気配に気がつくと、そこには二十代半ばの女の人が大きな紙袋を抱え
て立っていた。ぼくは彼女にある種の不思議な感情を抱き始めた。簡単にいってし
まえば懐かしさである。しかし、ぼくは彼女を知らない。初めて見る顔だった。


 パッヘルベルのカノンが静かに流れてくる。
 優しい旋律がいくつもいくつも重なり合って、甘い響きを創り出す。ずっと想い
続けていたものを噛みしめるように、少しずつ少しずつほんのりとした甘さが心の
中にしみわたる。

 何もかもが、あまりにも速く流れていく時間だから、大切な想いだけはゆっくり
と噛みしめたい。

 昔、おばあちゃんがぼくに語った言葉。
 なぜか、幼いぼくの心の中に印象的に残っていた言葉だった。
 カノンもおばあちゃんの大好きな曲。

 どうして、見知らぬ彼女におばあちゃんと同じ感じを覚えるのだろうか?

 ふいに彼女の瞳から涙がこぼれて、一瞬の輝きを作る。
 ぼくは、その誰ともわからない彼女に、声をかけようとするのだが、言葉がつまっ
てなにも話せない。

 なぜ泣いているのですか?

 ただ、その一言だというのに、声がでないのだ。まるで、彼女の泣いている理由
を知っているかのように、ぼくの中に悲しみが溢れでてきて、言葉がつまるのだ。

「あなたも時代の変わりゆく音を聞いているのね。」

 彼女は寂しげに呟いた。しかし、あきらかに「あなた」は、ぼくではない。遠く
の海へと向かって投げかけられているようだった。

「でも…悲しいなんて言ってあげない!これから長い間、わたしを苦しめる罰よ。」

 彼女は、目にいっぱいの涙を溜めながら小さく叫ぶ。
 ぼくは、なんだかいたたまれない思いにかられて目を閉じてしまった。

 カノンがゆっくりとフェード・アウトしていく、まるで残像のように脳裏に焼き
付きながら。


 再び目を開けたときには、彼女はもう消えていた。あれは幻だったのだろうか?
 それとも?


 数日後、わが家に戻ったぼく宛てに、おばあちゃんから小包が届いた。
 中身は見なくても想像がつく。きっとレモンだろう。
 箱を開くとその予想は見事的中していた。

 ぼくはそのレモンを一つ手に取る。

 このレモンにはおばあちゃんの海への想いが詰まっているはずだ。

 きっと……多分

 レモンの皮をめくれば海が見える……かもしれない。

 心の想いに目を馳せれば…………………………


                           (了)


       クレヨン社の「航海図のない船」
             (アルバム「オレンジの地球儀より)を聴きながら






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