#1465/3137 空中分解2
★タイトル (NJF ) 92/ 2/22 0:29 (166)
「迷える仔羊」(6) ニーチェ
★内容
−10− コーヒーの嘘
年が明けるとめずらしく雪が降った。空を見上げたことがあったのか
なかったのか、もう忘れてしまった。
コーヒーを入れた。UCCのブレンドは残り少なかった。コーヒーと
いえばエスプレッソしか知らない作家がいた。僕は何を飲んでもモカし
か区別がつかない。
初めてインスタントでないやつを飲んだのはいつだったろう。初めて
砂糖を入れずに飲んだのは17の時だった。そして煙草を覚えたのも。
それから、見失ってしまったのも同じ頃だったはずた。
扉の外にたっていたのは、綾子だった。ピンクのふわふわのセーター
を見て、僕は笑った。
「あら、コーヒーの香り」
綾子は鼻をくんくんさせながら言った。
「今入れたところなんです」
「わたしも今コーヒーを入れて、それで渋木さんを誘いに来ましたの」
「そうでしたか」
「でもいいわ。わたしのも持ってきますから、一緒に飲みませんか」
「いいですね」
彼女はすぐにコーヒーとケーキを持ってやって来た。とても静かな休
日だった。一瞬、僕は夏を忘れていた。
「お正月なのに、ケーキとコーヒなんて面白い取り合わせでしょう」
「どこか店が開いてるんですか」
「ケーキマニアの特権」
「気を使ってもらって」
「ううん、ぜんぜん。渋木さん、どうして帰省されないんですか」
「学生じゃありませんよ」
「ああ、それはそうね」
彼女はケーキを一口食べてから、ギターを見つけた。正座してそれを
抱き、一度ぼろんと鳴らした。Cのコードだった。次にAmをぼろんと
やった。中学校の音楽で聞いたことのある歌を歌った。僕は題名を覚え
ていない。
ビブラートのないきれいな声で、正確にコードをなぞった。どこかで
聞いたことのある透き通った声だ。僕は彼女の細い指が、危なっかしく
コード進行を追いかける手元を黙って見ていた。
そして声はギターの音と共に唐突に終わった。僕の頭の中では、しば
らく残りのメロディが繰り返された。
彼女はそれから僕にギターを返して待っていた。僕の歌ったのは『長
く曲がりくねった道』だった。何もかも見失ってしまった頃、冗談半分
でやっているうちに辞書と首っ引きでしまいに本気になって訳した、あ
のビートルズだ。その歌も、彼女の「シャローム」という声のあとに突
然連想したものだった。
あれから8年たって、僕はそれでも自分の詩を良く覚えていた。
「すごい」
と、彼女は終わったあと感想を述べた。
「17の時、自分で訳して作った」
「でも違うわ。原作とは違ってるでしょう」
「そうですね。どうしてこうなったのか、良く覚えてないんですよ」
「すごい。『leads me to your door』がどう
して『どこへ行こう』になったのかしら」
「さあね。きっとポールに対する嫉妬だったのだろうね」
「嫉妬って」
「この歌はポールがジョンに捧げたものだって聞いたことがある。離
ればなれになることがあっても、僕は君と一緒にやってきた日々を忘れ
ないさ、っていう意味なんだよね。友情とかそういうものをきれいに受
けとめられるポールに、僕はきっと嫉妬していたんだと思う」
「渋木さんには、そういうことがなかったっていうことなのかしら」
「そうかもしれない」
「わたしも高校の頃、ビートルズの詩を訳したことがあるの。ジョン
の詩はとってもきれいだなって思ったし。彼の信念みたいなものがあり
ましたものね。でも渋木さんの詩はぜんぜん反対なの。何も信じてるも
のがなくて迷ってるような感じ」
きっとそうだろうと思った。信じているものは何もありはしなかった
し、かといって、欲しいと思ったものもなかった。結局僕は、空中にぶ
らりと浮いてしまっているクラゲだった。脳味噌など、いつの間にか溶
けて流れ出してしまっていた。誰かが小説の中でそんなことを指摘する
ずっと以前から、僕は体だけを持つ幽霊みたいなものだった。
「ボブマーレイの『One Love』が流行った頃だった」
彼女は知らなかった。ついでに、彼女は僕に、何年生まれかと尋ねた。
物心ついた頃には、学生運動はすでに忘れ去られていた、そんな年だと
教えてやった。じゃあ、三田誠広は読めないですわね、と彼女が言った。
僕はそれ以上話し合う必要を感じなかった。だから彼女の言ったこと
にただ笑っているだけだった。
少しずつ僕等は、部屋の中に埋もれていった。例によって、輪郭のは
っきりしない空気が、じわじわと彼女の体へ滲み始めていた。彼女は何
も気づいておらず、同じ調子でコーヒーを啜った。
時間の問題だった。僕等はもうすぐ、白く淀んだ風の中に消滅してし
まう。それは、少しも苦痛を伴わなかったし、むしろ体を横たえて目を
閉じれば快感でさえあるはずだった。
ある時彼女は、僕のカップに手を延ばした。瞬間にすべてが嘘になっ
た。同じことの繰り返しで、僕等は都合4杯ずつコーヒーを飲んだ。
−11− 合理性と論理性
あるやつが言った。誰だったか覚えていない。まだ僕が大学の研究室
で、甘ったるい生理食塩水につかってぶくぶくと黄色い呼吸をしていた
頃の話だ。岡崎の生理学研究所かどこかから呼んだ偉い先生の講演の席
でのことだった。
先生はもう80に近い年齢で、髪の毛ばかりか長く顎の下に伸ばした
髭まで真っ白だった。理学博士だった。工学部の教授連にしか慣れてい
なかった僕等には、先生の論旨は明快すぎて信じられなかった。ある意
味で先生の言葉は合理的であったけれども、論理的ではなかったのかも
しれない。
僕は、小学生の家庭教師みたいに優しく話す先生の伝えたいことが何
なのか、とても理解してやりたい気持ちに駆られて、必死にメモを取っ
た。結局それも役に立たず、僕の努力は無駄だった。
講演の後で質問を受ける時間が残されていた。どこかの研究室の、い
つも忙しなく動き回る教授が、差し障りのない程度の質問をいくつかし
た。
結局、会場に集まった何十人かの人間はすべて工学部だったから、誰
も先生の論旨を理解できなかったのだろう。
もう質問はありませんか、と言う先生のすぐ目の前で、やつが立ち上
がった。そいつの質問があったからこそ、その時他のやつらもようやく
興味をそそられたようなものだ。
やつは次のように言った。
「MEはテクノロジーです。あるいは工学とはっきり言ってしまって
もいい。じゃあ、MEはどこから始まったのか。当然誰でも良くわかっ
ているんですね、医学からだって。医者はこう言うんです。細胞の状態
を見たい。すると僕等は、顕微鏡を作った。内臓の状態を見たい。する
と僕等は、X線撮影機を作った。脳の状態を見たい。すると僕等はCT
スキャナを作った。血を見ずに手術したい。すると僕等はレーザーメス
を作った。同じ繰り返しで、僕等は細胞の核さえ操作できるようなスコ
ープやらを作ったんです。でも病気を治す装置はできない。機械は機械
でしかない。手を下すのは医者です。高精度で高速の装置を作れと言う。
世の中に存在していないものを、ということですよ。それでも結局僕等
は作り出すでしょう。つまりそれが僕等の仕事なんですから。でも、こ
れはどういうことなんでしょうか。僕等は工学の中にいて、それでも医
学をやってるような気持ちがすることがあります。当然でしょう。医用
機器を作るんだから、医学だって知っていなきゃならないんです。でも
それが何になりますか。結局僕等は物を作っているに過ぎない。僕等の
作った装置を使って、病巣を見つけ病名を選び処方するのは、医学の方
ですね。僕等にその資格が与えられることはない。でも、これはどうい
うことなんでしょうか」
同じような言葉を何度も繰り返しながら、学生の分際で長々と質問と
もコメントとも取れるように続けた。会場にいた教授達はうんざりして
いた。君は何が言いたいのだ、と笑った教授もいた。
先生はしかし、やつの安っぽい言葉の一つひとつに微笑と共にうなづ
いていた。僕は絶望感を味わっていた、と思う。
まわりを見回すと、学生は皆笑っていた。僕にはそんな風に楽天的に
笑っていられる余裕はなかった。今こうして、僕等は何もかもなくそう
としていた。いや、誰も望んでそれらを手にしていたわけでもないが。
長い言葉の後、数秒の間があいて先生は優しい笑顔を納めもせずに大
きくうなづいて、言った。答えはいたって簡単だった。
「それはねえ、運命でしかないと思いますよ。わたしのような老人が
言うと、こんな風になってしまうんですけどねえ。一人の人間にできる
ことなんて、たかが知れている。どんなに貪欲に取り組んでみても、や
っぱり一人にできることには限界があるでしょう。わたしが今医学なん
かをやっているのは、若い頃いい先生に巡り会ったということでしかな
いですからねえ。あなたがたは、どういう理由かわかりませんけど、今
は工学をやっているわけです。これから先もずっとそうかなんて、そん
なことはわかりませんけど、それにしたって、たくさんのことはできま
せんから。つまり、そういうことです。運命。うん、運命としか言いよ
うがないんじゃないかな」
やつは講演の後、汗を流しながら言ったものだ、やつばかりでなく他
の学生達でさえ。枯れた声で、子供のようにめりはりのはっきりした物
言いをする先生の話は、少なくとも間違いではなかった。しかも困った
ことには先生の体から滲みだす雰囲気だけで、誰もが感動さえ覚えた。
しかし、僕等は打ちのめされ、なくしてしまったのだ。
はたして真理はあるのか。始めに無知があった。ソクラテスがどれほ
ど絶望の日々を送ったか今となっては知りようもない。ただプラトンも
クセノポンも決してソクラテスに近づこうとしなかったことは確かだ。
彼らが何を残したかを見れば明らかだ。たとえば彼らは、絶望などしな
かった。
人間はいったい何であるのか。17から18にかけての僕はまったく
この繰り返しだった。二十歳になると僕は結論を得ていた。馬鹿ばかし
いことに、人間はすべてであると。僕はしばらくその結論に酔って過ご
した。
しかし、こういう結末になってしまったことは彼のせいではない。僕
があまりに合理的過ぎただけだ。汗を流す間もなかった。ひどく気分が
良かった。その方がすっきりしている。早い話が、17のあの何もかも
見失った頃に帰ってきただけだ。
それは大学院の確か一年の夏だった。
(つづく)