#1258/3137 空中分解2
★タイトル (DRH ) 91/11/ 5 18:16 ( 40)
「心の扉」 /Tink
★内容
「また、いつか会えるといいね」
それが隆明の最後の言葉だった。カフェテラスの大きなウインドウから空を覗くと、
いつのまにか、週末の、どんよりと重い空からは大粒の雨がこぼれ落ちてきていた。
美夜はこぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら、軽く宙をにらむ。
何かを言いたかった。しかし、軽く開いた唇からは、何も言葉を発することが出来
なかった。ただ、それが悲しくて、とても悔しくて、一粒の涙がテーブルへと落ちて
弾けた。
頭の中には隆明の優しい笑顔と、楽しかった思い出だけが浮かび、そして消えてい
った。
重い沈黙の中、ただ、隆明の煙草の煙りだけが、寂しげに宙に漂っていた。
★
部屋に帰って来てから、ゆっくりと流れて行く時の長さに美夜は、軽い失望感を覚
えていた。煙草の先にゆっくりと火をつけるといつの間にか涙が溢れていた。
一緒にスキーに行きたかった。彼の笑顔をずっと見ていたかった。ずっと一緒にい
たかった。楽しかったあの頃のまま時が止まってくれればよかったのに……。
そんな思いだけが渦巻いていた。
悲しかった。流れ落ちてくる涙も拭かずに宙に漂う煙りだけを見つめていた。
ぽっかりと開いた心の隙間に、いつのまにか開くことのできない小さな扉があるこ
とに気がついた。抽象的な意味での扉。それが一体何なのか美夜には分からなかった。
それから何日か眠れない夜が続いた。
無気力な自分をなんとかしたくて、どうにもできなくて、美夜は大きく溜息を一つ
ついた。長かった髪の毛もばっさりと切り、短く揃えた前髪を軽く弾くとゆっくりと
キッチンへと向かう。
トーストをオーブントースターで焼いている間にシナモンティを入れる。そして、
焼きたてのトーストにバターを塗った。
少しも食欲なんてなかったけれど、少しは食べないと身体が持たないと自分に言い
聞かせ少しトーストをかじった。シナモンの香が部屋中に拡り、流し込むようにトー
ストとシナモンティを平らげると、煙草に火をつける。
壁に掛かっている時計の秒針の音だけが部屋中に響き渡っている。
寂しかった。自分と言う人間の小ささに美夜は改めて気がついたような気がした。
心の扉、閉ざしてしまった扉の意味を考える。それは夢の扉なのか、それともまっ
たく別の扉なのかはわからなかったが、その扉を再び開けることができれば。いや、
いつか再び開けた時には、今までの自分に再び戻れるだろうと美夜は思った。
(おわり)