#1185/3137 空中分解2
★タイトル (MMF ) 91/ 9/18 23: 8 ( 72)
病 院 きくちゃん
★内容
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。窓の外からは、小鳥のさえずりが聞こえ
てくる。‥‥‥と、言いたいところだが、実際は雀や烏の鳴き声が朝からうるさいくら
いだ。都市と言うところは、どうもゴミの日になると鳥が騒ぐらしい。毎週火、金曜日
とカレンダーも見ないのに正確にやってくる。やはり、都会の病院はこんなものだろう
か。田舎の病院に入院していた頃は、朝になると鶏が時を告げ、小鳥達の優しい声に包
まれる。窓からは、緑が眩しいくらいの景色が飛び込んでくる。その頃は、文人『正岡
子規』に憧れていた。病床に在りながらも心はそこにはない。毎朝、こんな中にいると
その気持ちもわかる気がした。ところが、今は都会の病院に居る。カーテンを開けても
見えるのはビルだけ。外が乾いている感じがする。
「あら、今日は早起きなのね」
付き添いの看護婦さんが、タイミングよくベットの横で何か仕事をしていた。
「・・・」
別に起きたくて起きた訳ではないのだが、なにも話す言葉が見つからず僕は看護婦さ
んの顔をじっと見つめた。看護婦さんは、僕と目を合わせると微笑を見せた。
「おはようございます、凌木さん」
「おはようございます…」
「今日はいよいよ手術の日ですね」
僕はうなずいた。手術を受けるのは、今回で3回目になる。一か月くらい前から宣告
されていたが、今更なんとも思わなくなっていた。心臓病であった。もっとも、本人に
とってそれは何故か他人事のように思えていた。慣れのせいでもあった。
「16時からでしたっけ」
「うーん、そうね。でも、実際は昼頃から準備に入るから」
「麻酔注射も、勿論ありますよねぇ…」
麻酔注射は嫌いだった。普段に注射をしてなれていてもあの注射だけはやたらと痛い。良い歳をして涙が出た事もあった。それを思い出す度に寒気が走る。思い出すと言えば
こんなこともあった。
あれは、まだ6歳の頃――――――――――――――
その頃は、まだまだ子供で病院のエレベーターがとても物珍しく面白かった。ある日
エレベーターに乗って、上へ下へと遊んでいた僕に看護婦さんがこう言った。
「エレベーターって屋上の上に行ったら何処に着くか知ってる?」
今でこそ『そんなことは出来ない』とわかっているが、当時なにもわからない幼稚園
児だったのでその答を捜し当てることなど出来なかった。僕は、素直に首を横に振ると
看護婦さんは、僕の頭に手を乗せた。
「遊園地に行けるのよ」
「ゆうえんちー?」
「うん、遊園地だよ。今度遊びに行こうね」
そう言い残して看護婦さんはエレベーターを降りて行った。勿論僕は、そう信じた。
ところが、当時も田舎者の僕は、遊園地など行った事も見た事もなく、小さかったこと
も手伝って遊園地を想像する事は容易な事ではなかった。ただ、感覚的に『楽しい所』
と思っていたのである。今でもエレベーターに乗るとこの話しを思い出す。
今日は朝御飯、昼御飯とも抜きであった。御飯抜きは辛いがしょうがない。僕は空腹
をごまかす為に本を読んでいた。すると9時半頃、姉が面会にやってきた。二人姉弟で
歳は5歳ほど離れている。姉は、気をきかせて雑誌を買ってきてくれた。以前、果物を
買ってきてくれた人がいたが、手術前では食べる事も出来ずおあずけを食らったことも
あった。果物のお見舞いも善し悪しである。
「気分、良い?」
「そうだね。悪くはないけど」
「けど?」
「お腹はすいてる」
「今日は我慢の日だもんね」
僕はうなずいて見せた。姉が、椅子に座ると僕はこう言った。
「あのさ、もし今日失敗したら…」
姉は、少し不機嫌そうな顔をしてこちらを見た。いや、睨んでいた。
「なんで、そんなこと言うの?」
手術前、必ず誰にでもこう話す。その度にその人の機嫌を損なってしまうが、やっぱ
りいくらなれているとは言っても不安にならない訳はない。こればかりは、自分で決め
る人生にはなりえないのだから。執刀医がミスをしないとも限らない。自分には生きる
意志はあっても、それが自分で制御出来ないこともある。考え方によっては、自殺より
状況は悪い。『死にたいから死ぬ』と『生きる望みを持って死ぬ』では、かなりの差が
あると思う。後者の方が、より残酷であると今の自分は考えている。だから、自殺する
人間に同情はしたくない。世の中には、生きたくても生きれない人がいるのである。
「やっぱり、気になるからね」
「今回のは、簡単な手術だからって言ってたじゃない」
手術は、そうかも知れない。むしろ、術後の合併症の方が恐い。元気付ける為にこう
言ってくれてるのはわかるのだが、それで不安が消えることは絶対にない。
やがて、家族が集まった。痛い、麻酔注射も終わった。いよいよ、手術が始まる。
(成功して何事もなく完治してくれればいいんだけどな)
そう思いつつ、僕を乗せて車の付いたベットは手術室へと向かった。その途中、また
嫌なものを思い出してしまった。
(あぁ! そういえば、あの全身麻酔のいやな臭い無理矢理嗅がされるんだろうなぁ)
何回も手術は受けたくないものである。