AWC みそらーめん    道化師


        
#1156/3137 空中分解2
★タイトル (CRM     )  91/ 9/ 5  20:49  (121)
  みそらーめん    道化師
★内容

 初作品です。短編ですがこの形式は初めて書きます。

 みそらーめん。
 ふと、僕は学校の帰りにその言葉が脳裏に浮かんだ。ひらめいたと言ってもいい。
 あの味噌の香り、濁ったスープから取り出される艶のある麺、たまらない。
 思い出すだけでお腹が鳴った。
 家までは自転車で三十分、とうてい我慢できるものじゃあない、空腹は。
 「ちっくしょう、どっかに店がないかなぁー」
 一日に二度通る道である。そんな物がないのは百も承知だった、があった。
 こんな事って、漫画と映画とドラマと三流小説にしかない事だと思っていたが
 まじであるんだなぁ、と感心した僕だった。
 その店は大通りをはさんで向こう側にあったので僕は信号を渡った。
 店の前に自転車を止めると僕は扉をがらがらと開いた。
 「へい、いらっしゃい」
 中から店の親父が威勢のいい声をかけてきた。
 カウンターの中にその声をかけた親父と若い店員がいる。二人とも忙しそうに手
 を動かしている。
 店はけっこう客がいた。カウンターに二人、机二つに四人と二人。三時にしては
 客が多いい。
 僕はつかつか店に入りとカウンターに腰掛けた。隣では若いサラリーマンが汗を
 ふきながらラーメンを待っている。
 僕は壁にかかったメニューを見た。きれいな壁だがメニューは木の板に書かれた
 年季の入った物だった。
 「へい、なんにしますか?」
 店の親父の片腕であろう若い店員が氷水を僕の前におきながらそう聞いた。
 一瞬、チャーシューが誘惑をかけて来たが僕はそれをはねのけ味噌ラーメンの
 文字をメニューから探し出した。
 だがそこにはその文字がなかった。僕はあきらめずもう一度探した、念入りに。
 あった!味噌ラーメン350円、良心的な値段だ。
 なぜ一度で見つからなかったのかと言うと、消えかかった文字で板の端に
 書かれていたからだ。
 「味噌ラーメン一つ」
 僕は氷水を飲みながらそう言った。
 言った途端、店内は波を打ったように静かになった。客が、若い店員が、
 そして親父までもが僕に視線を集中している。
 「お、お客さん・・・・今なんと?」
 店員は震える声で聞き返してきた。
 僕はコップを持ったまま店員の顔を見た。徹夜明けの漫画家か地獄の幽鬼より
 その顔は蒼白だった。ちなみに僕は二つとも想像である。
 「味噌ラーメン一つっ!」
 僕はむきになって答えた。
 店はまだ静かで表を通る車の音だけが聞こえてくる。
 「あ、あんたねぇ、味噌らーめんって・・・」
 「いいんだ安・・・・お客さんの注文に答えよう、それがつとめだ」
 何か言おうとした若い店員を親父は首を振りながら止めた。客がその言葉を
 聞いてざわめいた。
 「で、でもっ、おやっさんっ!」
 「いいんだ、黙って働け」
 若い店員は涙を目に浮かべていた。
 客達の間には会話がなく店内は本当に静かだった。麺をゆでるぐつぐつという
 音が耳に響く。
 なんなんだよ。僕はこんな雰囲気が気に入らなかった。
 「お、おやじさん。か、勘定ここにおいとくよ」
 カウンターに座っていたもう一人の男がお金を置くと足早に店を出ていった。
 続いて四人組の客が店を出て、その後二人組が店を出た。みんな店を出る時に
 僕の方にちらっと目を向ける。
 店内に残る客は僕と隣の男だけになった。男はしきりに汗をふいている。
 クーラーがあるのでそんなに暑くはない。
 かたっ、かたかたかた。
 氷がふるえて音をたてている。初めは地震かと思ったが違った。
 隣の男が顔面を蒼白にして、震えている。その振動がコップに伝わっているのだ。
 僕はここにきて罪悪感を覚え始めた。まずい事したのかなぁ、と入ってからの
 行動を思い出してみるが何一つ思い当たらない。
 だだ普通に、本当に普通に味噌ラーメンをたのんだだけだ。
 「へい、特製チャーシューおまち・・・・・」
 おやじが静かな声でそう言いながら隣の男にラーメンを出した。さっきまで
 とはまったく別人のようだった。
 隣の男は割り箸を割ったが麺には口をつけずにスープを一口すすった。
 「ご、ごちそうさん」
 たった一口で食べるのをやめ、男は店を去った。例によって、僕に視線を投げて。
 若い店員はあきらめた表情で後かたづけをした。

 カチッ、カチッ、カチッ、
 時計の秒針の音が響いてきた。
 何分たったろうか、ふと気づくと若い店員が姿を消していた。
 「味噌ラーメンおまちどうさまでした」
 親父が僕の前に、野菜がたっぷり乗った味噌らーめかを出した。
 ゆっくりと親父はとうざかり、奥に姿を消した。
 もはや店には僕と作りたての味噌ラーメンだけがいた。
 変な店だな。僕はそう思いながら割り箸を割った。
 「いただきまーす」
 むなしく僕の声は店に響いた。
 僕の心臓は高鳴っていた。あれだけ人を恐がらせる味噌ラーメンだ、
 期待していいだろう。
 僕は鼻こうをくすぐる味噌の香りを楽しむとスープを一口、口に含んだ。
 その味はまったりとして(以下略)・・・だった。
 「うまいっ」
 僕は思わずそう唸った。
 次に箸で野菜をつかんだ。そして口に運ぶ。
 「むうっ」
 見事なゆで具合だった。その味はまったりと(以下略)・・・だった。
 又、麺も絶品で表面の見事な光沢は絹をおもわせ、その味は(以下略)だった。
 「うまいぞぉーっ!」
 僕の絶叫が店にこだました。
 その後、僕は夢中でラーメンを食べた。そして食べ終わると氷水を一気に飲み干し
 氷をぼりぼりと食べた。
 「ふぅー」
 僕は額にうっすらと汗をかき、満足感にひたった。
 一体、人をあれだけ恐がらせた理由はなんだろう?
 ラーメンは、だだの、本当にどこにでもある美味しいラーメンだった。
 僕はそれを考えると満足感がなくなり、密室でバルサンを焚いたような
 心境になった。
 「おじさん、勘定っ!」
 奥に向かって叫んでみたが反応はなかった。
 仕方がないので僕はカウンターに350円を置くと立ち上がった。
 僕は扉を開けて店を出た。外はいつもと変わらない町並みで、
 空は初秋の夕焼けに染まっていた。
 「あっ、信号がっ」
 信号がちょうど青に変わったので急いで僕はわたった。
 そしてぎりぎりで渡り終えると僕は一度だけ後ろを振り返った。
 確かにそこにはあのラーメン屋があった。
 僕は夢ではなかった事を確認した、つねったのだ頬を。
 僕は思わず一人呟いた。
 「いっそ・・・消えてくれれば良かったのに・・・・」


                       終わり

                                             道化師  1991/9/5





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