#1060/3137 空中分解2
★タイトル (QWG ) 91/ 7/27 19:43 ( 70)
紆余曲説『眠れる森の美女』(4) 鴉降
★内容
この年もまたオリーブ畑は金色の日差しを浴びて紫の実をいっぱいみのらせ
ました。エレオノーラ姫は相変わらず塔の窓辺に身を寄せてロトの一族を待っ
ています。彼らの舟が着き、十五歳の彼女は胸を踊らせてそれを迎えに出ます
。互いに抱き合った腕をほどくと、ロトは眩しそうな目付きで、レナ、綺麗に
なったな、と言いました。十四歳になったロトも見違えるようでした。一年前
にくらべ十センチ以上も背が伸び、腕も肩も胸も逞しくなって、すっかり精悍
さを増していました。姫、いえ、レナはロトに見つめられて頬が熱くなり胸が
高鳴るのを覚えて不思議なとまどいを感じました。ふたりとも大人になってい
ました。
レナに知らせることがあるんだ、とロトが照れくさそうに言いました、俺祭
が来たら結婚するんだ。
え?
レナは驚きに一瞬言葉を失いました。
喜んでくれるよね、ロトが言います。
もちろんだわ、おめでとう。それでお相手はどなた?
相手はまだ顔立ちに幼さを残す十二歳の健康そうなジプシー娘で、利発そう
な眼が少しエレオノーラに似ていました。
祭の日がやってきました。結婚式が行われている天幕の前にしつらえられた
祝賀の場に、エレオノーラは、ロトの母親が着せてくれたジプシーのドレスで
着飾り、ロトの兄弟たちと並んで、式の終わりを待っていました。天幕の入り
口が開き、先ず族長と占師であるロトの祖母が、続いて新郎新婦の両親が出て
きました。最後にロトと新妻が……
ロトが二、三歩後に妻を従えて天幕から出てくるのを見たとたん、エレオノ
ーラはどうしようもなく胸が痛くなって、その場にいるのに堪えきれずただ一
目散に城へ駆け戻りました。
城では、ジプシー風に着飾った姫を見て大騒ぎになりました。イスパニア王
家の一族である公女が、身分の最も卑しい異教のものとつながりを持っていた
ことが公になれば、とんでもないスキャンダルとなるのは必至です。そういえ
ばエレオノーラは幼い頃から変わったところがあったが……、と誰かが言いま
した。母親の血が彼女を異教に惹き寄せたのかも……、ほかの誰かが言いまし
た。ひょっとしたらジプシーの子供を身ごもっているかもしれない、ロザレッ
タが言いました。とにかくあの姫を病気ということにして人前に出さないよう
にしよう、ということに皆の意見が一致しました。
城へ戻ったエレオノーラは、ロトたちを待って海を眺めていたあの塔の部屋
へ駆け上がり、そしてそのままそこに幽閉されてしまいました。
ディランド公爵はこの顛末を知って、11年前に己れが妻にした仕打ちと娘
の運命を重ね合わせるにつけ、娘を哀れに思いました。そこで公は、エレオノ
ーラ姫に会って事情を聴きたいと思い、塔の階段を上って行きました。
収穫を祝う祭はまだ続いており、祭の喧噪は海からの風に乗って塔の上にも
伝わってきました。もの悲しい思いでそれを聞くエレオノーラは、なんとなし
に、ロトの母から教わった異国の歌をくちずさんでいました。姫は自分が幽閉
されたことをまだ知りませんでした。
公爵は息を切らせて階段を上っていました。彼の心臓は長い間の酒浸りの蟄
居生活ですっかり弱っていました。苦しさのあまりに階段の途中で足を止めた
彼の耳にエレオノーラの歌う歌が聞こえてきました。なんという偶然でしょう
、その歌は、昔彼の妻がよくくちずさんでいた彼女の国の歌だったのです。驚
きと恐怖が公爵に襲いかかり、彼の弱った心臓はそれに耐えることができませ
んでした。
物音を聞いて駆けつけた衛兵が紫色に膨れあがり苦悶に歪んだ死に顔の公爵
を見つけたとき、エレオノーラの歌声がまだ聞こえていました。
公爵の恐ろしい死に様に接して、11年前の事件を知る家臣の中に、これは
きっとお妃の呪いだ、お妃に取り付いた悪魔が今度はエレオノーラ姫に取り付
いたに違いない、と言い出す者がいて、姫は終生塔に監禁されることになりま
した。
あと1日残っていた祭は取りやめになり、ディランド公爵の逝去が布告され
ました。と同時にロトの一族はディランド公国およびイスパニア王国から永久
追放になりました。
それからまもなくして、新しいディランド公爵夫妻に娘が誕生し、オーロラ
と名付けられました。
エレオノーラ姫には何も知らされませんでした。父の死も、姪の誕生も、ロ
ト一族の追放も、姫を幽閉する理由さえも。ただ、自分が幽閉される理由につ
いては、ジプシーとの付き合いが露見したためだろうと推測していました。は
たして兵隊に追い立てられたロトの一族の舟が港を出て行くのを、エレオノー
ラは胸の張り裂ける思いで見送りました。
姫を閉じ込めた塔には衛兵が置かれ、やがて城へつながる階段の上下2カ所
に重い鉄の扉が取り付けられ窓も塗り篭められてしまいました。そして1年後
にはエレオノーラ姫の死去が布告されました。
姫には依然何の宣告もなされません。実際にこの世の人ではないかのように
誰も彼女に会いにくるものはありませんでした。監視の衛兵を除いては。
(5)へつづく