#1031/3137 空中分解2
★タイトル (QWG ) 91/ 7/15 14:18 ( 55)
紆余曲説『眠れる森の美女』(1) 鴉降
★内容
イベリア半島の西方20マイルの海上に美しいディランド公国はありました
。
小さな島国に2万人ほどの民が、島を覆いつくすオリーブの森と穏やかな海
のもたらす恵みだけで暮らしを立てていましたが、領主ディランド公は強大な
イスパニア王国の王の弟だったので、租税もなく、彼らはとても平和に暮らし
ておりました。気候が温暖で風光の素晴らしい、住民気質のおおらかな土地柄
が、ヨーロッパ中の王侯貴族に愛されたので、訪問者の絶えることがなく、公
国はいつも活気に充ちていました。
ディランド公の妃はかつてイスパニアが征服したあるイスラム教国の王女で
したが、それは美しくしかも非常に利発な人でした。その気高さと誰にでも分
け隔てのない優しさで、公妃は、老若男女、身分の貴賎を問わず愛され、尊敬
されていました。殊にその英知は広く諸国に知れ渡り、世界に冠たるイスパニ
ア王でさえ、弟公夫妻をしばしば王城へ招きまた自ら公国を訪うて、ときには
治世上の問題についても彼女に意見を求めるほどでした。
輝くばかりの名声と厚い敬慕を一身に享ける貴人を妻とするディランド公爵
の心中は、しかし複雑なものでした。
公爵はもともと穏やかな人柄で人々に敬愛されていました。今の妃を愛し妻
にしたのも、虜囚となった敵国の王女に抱いた同情がきっかけでした。妻が讃
えられる美点、どんな境遇に在っても頽廃を見ない気高さ、優しさ、利発さは
、まさに、かつて公が彼女のうちに見出し彼の同情を愛へと導いたものだった
のですが、同じもののゆえに妻が自分よりも尊ばれ、兄王さえも自分より妃の
意見を重んじるようになるのを見ると、公の心には嫉妬が萌えはじめました。
妻が自分よりも人格的に優れそれが賞賛と人望を集めているのを妬んでいる
、そう認めることは自尊心が許さなかったので、公爵はもっぱら、美貌と女ゆ
えの魅力が人を惹きつけるのだと考えました。嫉妬はもっぱらセクシャルな嫉
妬となり、彼は妻の貞節を猜疑するようになりました。敵国の王女だった妃に
は常に監視がついていましたが、公はわざとそれを緩め、一方では機会あるご
とに側近の者に対し妃に不貞の徴しがないか尋ねるのでした。そうしてそのた
びに返ってくる言葉はいつも同じ、公妃様に限りそのようなことはありえない
、妃殿下はどんな身分の者にたいしても決して慎ましさを欠いたことはない、
誰もがそう答えるのでした。
それはほんとうにそうだったのです。公妃の慎ましい態度はいつ誰に対して
も変わりがありませんでした。夫に対してさえも。
それは彼女の境遇と彼女の聡明さとがもたらしたものでした。あらゆる身近
なものとの交流を断たれ、征服者の内懐で生を送らなければならない彼女が、
その境遇で自己を棄てずに生きることを選んだとき、彼女に残された生き方は
自己に対して誠実で貞潔であり続けることだけだったのです。
したがって公妃のひとに対する慎ましさは愛無きゆえの慎ましさでしたが、
人々はそれを貞淑と謙譲の表れと誉めそやすのでした。
しかし公爵は彼女の不貞の証拠を探すことを止めません。このとき彼は彼女
に、誰からも敬愛される公妃であるよりも、自分の妻として、自分だけのもの
であることを欲していたのです。そのために、彼女を自分の足元に引きずり下
ろすスキャンダルが必要でした。 そしてある日、公妃の不貞を公爵に訴える
ものが現れ出ました。それは、彼の兄の妻、イスパニア王妃でした。彼女は公
妃に対する夫の態度に不貞の疑いを抱き、公爵のもとを訪れてそれを訴えたの
です。
二つの嫉妬はたちまち手を結び、公妃を窮地に陥れました。公爵は妻を不貞
の科で城の地下に監禁してしまったのです。それを伝え聞いたイスパニア王が
驚いて公を呼びつけ、事情を糾すと、彼は言いました。妻には異教の悪魔がと
りついており、かのものは、兄王を誑かし王国を乗っ取ろうと図っていたこと
が明らかになったので、妻ともども城の地下深く閉じ篭めました、と。
虚偽の罪を着せられ監禁された公妃は屈辱に絶えられずひと月を経ずして世を
去りました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(2)へ続く