#959/3137 空中分解2
★タイトル (GSA ) 91/ 5/12 10:46 ( 99)
お題>「一枚のカード」ハロルド編
★内容
青山部長刑事は困惑していた。彼はある殺人事件を担当しており、早期解決を
目指して捜査を進めてきた。しかしとうとう最後でつまづいたのだ。
被害者は太田君子という十九歳の女性で、公園で首を絞められ、恥辱を受けて
殺されていた。
目撃者がいたのは捜査陣にとって幸運だった。彼女はデートに行く前にその光
景に遭遇したのだ。そしてその証言を手がかりにして、周辺の聞き込みを行い、
被害者の交友関係を洗い、容疑者を割り出した。
容疑者は十名ほどいた。そして一人一人に犯人に該当する条件を照らし合わせ
てみた。しかし、犯人であるには絶対に満たさなければならないその数々の条件
が、どの容疑者にも全ては当てはまらなかったのだ。
ある者にはれっきとしたアリバイがあり、ある者は、物的証拠である現場の遺
留品が、彼の物と一致しなかった。別の者は目撃者の証言と容貌が掛け離れてい
たし、その他の者は殺人を行えるだけの器に欠けていた。
青山は今までの捜査状況を自分なりにまとめてみた。
そして、ある結論に達した。犯人に該当する条件を全て満たす者はいないが、
それのほとんどの条件を満たしている者が一人だけいたのだ。
彼は、その男、思田夏夫が怪しいと思った。しかし思田には決定的な条件に欠
けていた。
それは、思田が体力の弱い、非常に貧弱な男であり、殺人どころか強姦さえも
ろくに出来ないという事だった。
青山の中の何かが、その男に何かを感じていた。しかしそれが何なのかは自分
自身でもわからなかった。
「ただいまあ」仕事を終えて、帰宅すると青山の一人娘で十一歳になるみどりが
祖母と一緒にトランプ遊びをしていた。みどりには母親はなく、青山の母親が面
倒をみていた。
「お帰りなさい。パパ」みどりが言った。「パパも一緒にやらない?」
「パパは疲れてるんだよ」
「そんな事言わないで参加しなさいって。食事が終わった後でいいから」
「どんな遊びだい?」青山が覗き込んだ。
「トランプより抜きゲームよ」
「聞いた事もないな」青山は目をパチクリさせた。
「この本の書いてある通りにカードを一枚探し出すのよ」みどりは、小学生向け
の雑誌の付録である、その小さな本を開いた。「一つ問題を出すわよ。数が偶数
で、色が赤で、点対称になってて、3の倍数のカードはどれでしょうか?」
「ええと、なんだって?」青山は戸惑った。
「正解はこれ。ダイヤの6でした」みどりは自分でカードを一枚取り出した。
「こうやって与えられた条件に当てはまるカードを見つけ出すルールなのよ。色
が赤なのはダイヤかハートしかないでしょ? それで偶数と3の倍数になってる
のは6しかない。でもハートは真ん中のマークが両方とも上を向いてるから点対
称にはならない。だから正解はダイヤの6ってわけ。わかった?」
「なるほどねえ」青山は感心した。
そして、青山はそのゲームに夢中になった。彼の今の仕事もそのゲームに似て
いる所があったからである。
犯罪捜査も、この53枚のカードの中から一枚のカードを引き抜くようなもの
だ。カードの束は人間であり、カードのマークや数字はその条件である。
与えられた証拠や証言や独自の推理からその条件を割り出す。その条件に該当
する者が、例えそれがどんなに善良そうな人間であっても、それが犯罪者なのだ。
青山は今まで自分の優れた勘に頼らず、極めて論理的な考え方で犯人を割り出
してきた。それが今はどうだろう。そのやり方を通して、虚弱体質の男を犯人と
見なしている。何かが間違っているのだ。歳のせいで勘も推理力も使い果たして
しまったのだろうか。
「色が黒だから、スペードかクラブでしょ。そして5の……」
<アリバイがないのが、あの男とあの男だった。そして、血液型が一致するのが
……>青山は苦笑した。<子供と遊んでいる時ぐらい仕事の事が忘れられないの
か!>
「変ねえ」みどりが言った。「当てはまるカードがわからないわ」
「もう一度問題をよく読んでご覧なさいな」みどりの祖母が言った。
「だって変よ。9より下の数で色が黒で5の倍数だったら、クラブかスペードの
5しかないでしょ? でもこれは両方とも点対称じゃないわよ」
「問題自体が間違ってるんじゃないの?」みどりの祖母は言った。
「問題自体が間違ってるだって!?」青山の声に他の二人はびっくりした。
青山は上司である空野警部に電話をかけていた。
「そうですか。じゃあその目撃者はよほどの事がない限り、眼鏡はかけようとし
なかったんですね。わかりました」
青山は目撃者に最初に会った時の事を思い出していた。彼女はその日、男と会
う予定があった。彼女は、修繕が上がったコンタクトレンズを取りに、眼鏡屋へ
行く途中で犯行を目撃したのだが、その時は眼鏡をかけていたと言った。確かに
それは持っていた。しかし、警部の話によると、彼女は容疑者の面通しの時でさ
え眼鏡をかけるのを渋っていたらしい。そんな女が、恋人とのデートの日に、そ
の跡が顔に残ってしまう眼鏡を不用意にかけたりするだろうか?
<目撃者は嘘をついている!>青山は本能的にそう思った。そしてすぐに自制し
た。<勘に頼るな。論理的に物事を考えろ! まずは証拠を集めるんだ>
青山の指揮で捜査陣は目撃者の周辺を洗った。そして目撃者の恋の相手が被害
者の女とも関係を持っている事実が明らかになった。青山の思考が働きだした。
そして結論を出した。
<恐らくあの女は被害者を絞殺して立ち去る時に、死体の本当の第一発見者であ
る思田夏夫が死体に近づくのを見たんだ。そして奴が屍姦しているのをいい事に
奴を犯人にでっち上げたんだ>
青山は自分の推理を上司に報告した。そして早速裏付けが取られた。その女は
犯人に当てはまる全ての条件を満たしていた。
青山は早速、捜査報告書をまとめ上げ、裁判所に逮捕状を請求しに行った。
「ただいまあ」
青山が帰宅すると、みどりが出迎えた。「お帰りなさい! ねえパパ、あのゲ
ームの答、わかったわよ!」
「何だったんだい?」青山はもうすでに関心がなさそうだった。
「答はね、ジョーカーだったのよ」
「ジョーカー? ババ抜きのババの事かい?」
「そうなの」みどりは頷いた。「あれは意地悪問題だったのよ。あの条件にはど
う考えても、どのカードも当てはまらないでしょう? だからあれは問題自体が
冗談だったんだって。だから正解は冗談、ジョーク(JOKE)を言う人、ジョ
ーカー(JOKER)よ!」
「なるほどねえ。もっと早く気付くべきだったなあ」青山は微笑んだ。
(了)