AWC お題>「若き日の約束」(クエスト)


        
#937/3137 空中分解2
★タイトル (XKG     )  91/ 4/21   1:25  ( 58)
お題>「若き日の約束」(クエスト)
★内容
 あんなに女の子を好きになったことはない。
 南 沙織がとても人気のあった頃、
 僕と彼女は芦屋の英会話の教室で知り合った。
最初は特にどうということは感じなかったのだが、そのうち僕は彼女の
可愛らしさと才気にまいってしまったようなのだ。
 そうなると意識してしまってかえってうまくつき合えなくなったり
したが、クリスマスの前だったか勇気を振り絞って彼女に電話して
ようやく映画を見にいくことになったのだった。

 でもそれから二人きりで逢ったのは結局数えるほどだったが、
その頃は逢わずにいると息がつまりそうな気がしたものだ。
 ホームシックみたいに。

 天気のいい多分春休みの一日、僕と彼女は桜を見に芦屋の霊園墓地に
ドライブをした。
 その頃はBMやソアラでなくてもよかったいい時代で、僕の車は
ギアチェンジの都度手が女の子の脚にかすかに触れてしまう軽自動車。
 今が豊かな時代なんて僕は思わない。

 霊園の桜並木をくぐり抜けて小高いところまでたどりつくと、僕たちは
桜の木の下に腰を下ろした。
 平日の昼下がりはあたりに人影もなく、僕たちの前には芦屋から西宮に
かけての美しい町並みと大阪湾が春霞みのなかで広がっていた。
 暖かい春の日ざしが僕たちをつつみ、幸せな時が流れた。

 なにくれとなく話しながら僕は彼女のはな先に手を伸ばした。
長いまっすぐな髪にふちどられた彼女の横顔は、長い睫毛、かたちのいい
かわいいはな、きゅっと引き締まった口もとで、なにかこうつい触れて
みたくなってしまったのだった。
 でも彼女は機敏に頭を後ろに反らせて触らせてくれはしなかった。
だが、そのとまどうような仕草がとても可愛くて、まあ今の僕なら有無を
いわさず押し倒して唇を奪い胸をもみといったことになるのだが、
その時の僕はただ見とれることだけしかできなかった。
(結局彼女とはキスさえできなかったのだから、その頃の彼女の潔癖さを
割り引いても僕はたいした存在ではなかったのだろう)

「僕はね、将来有名な建築家で作家になるんだ」
僕は誇らしげにそんなことを言った。
 彼女の気を引くために焦ってそう言ったのかもしれない。
しかし、その頃はそんなことはいとも簡単なことのように思えもした。
 網の目のように数限りなく張り巡らされた制約のようなものを
かいくぐって生きていくのにこうまでへとへとになるなどとは
思ってもいなかった。

 あれからもうかなりの年月が経った。
僕はそれなりに社会のなかで経験もしたし、ある程度の自由も手に入れた。
 でも、彼女にもしどこかで逢ったとしても素直に喜べないと思う。
 それはあの時そんな約束をしてしまったからだが、よく考えてみると
あの約束は自分で自分にしたようなものなのだ。

 酒をのんでギャンブルをして休日には女の子とデートして、或はただ無為
に過ごすことの繰り返しで、身辺のささいなことに喜んだり怒りを覚えたり
して生きているだけだ。結局は。だが。やっぱり

 僕はまだ生きている。そして僕の約束も。


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