AWC お題>若き日の約束 おうざき


        
#935/3137 空中分解2
★タイトル (UCB     )  91/ 4/20   9:25  ( 76)
お題>若き日の約束 おうざき
★内容
 火僧に生まれた竜吉は、餓鬼の時分から手のつけられぬきかん坊として有名で、
両親は散々に往生したものだった。
 竜吉には、しかし歳が一つ上の親友が一人あって、名を甚悟と言った。こちら
は名の通った家の育ちであったものだが、きかぬ性格は竜吉と変わるところはな
かった。ただこちらは正義感に厚く、読み書きも熱心であり、十四の歳ですでに
賭場や遊廓へ通う味をしめた竜吉とは、その点で違っていた。不思議な事に、そ
れは二人の仲に溝を掘る事はなかった。
 十六の歳のある日、二人は酒を飲み交わしていた。
「人の心はすさみ切っておる。金子一枚のために娘を売る。酒一杯のために人を
殺す。飯一膳のために生涯を棒に振る。字を学ばぬ。謝らぬ。目先の事しか見ぬ。聞
こえるものしか音と思わぬ。都合の良い事しか喋らぬ」
「俺もよう、甚悟よ、そう思う。強い奴ばっかりが富とりやがって、弱い者はま
すますやせ細る。まったくおもしろくねえこの世の中、つぶれてしまったところ
でどうという事はねえ」
「そうだよ、竜吉。こんな世の中は、誰かが変えねばならんのだ」
「そうともよ、ああ、そうともよ。見てやがれ、いずれはこの世をひっくり返し、
ふんぞりかえってる奴らに一泡ふかせてやるぜ。今はどうやったらいいのか分か
らねえが、見ていろ、数年後を」
「よし、竜吉。約束だ。いつかはこんな腐った世の中を掃除してやろうぜ。俺は
やるぞ。世直しだ」
 ほとんど酔うた勢いの事であったが、酒が覚めても、二人はこの会話を憶えて
いた。

「火僧の雷賊の手がかりは、まだつかめぬか」
「駄目だ、下手人の目星もつかぬ」
 巷で、火僧の雷賊と称する盗人が、話題と人気を集めていた。悪徳商人や旗本
の倉に忍び入り、金を奪っては庶民にばらまくという。雷のように鋭く、素早く、
鮮やかに事をなすところから、雷賊と呼ばれたのである。
 お上は無論激怒し、これを捕らえようと躍起になったが、町の衆は当然、調べ
に手を貸そうとはしなかった。粋でいなせな気質がはやり、義理人情の風情がけ
んらんと花ひらいていた時代であった。
 火僧の雷賊を追う奉行の一団の中に、成長した甚悟の姿があった。
 ある日の事、歩いていた甚悟を呼び止めた若党があった。
「もし、旦那。旦那はひょっとして甚悟さんじゃないですかい」
「いかにもわしは甚悟だが、お前は……はて、お前には見覚えがあるな。誰だっ
たか」
「やはり甚悟さんだったか。声ををかけてみて良かったってもんだ。お久しゅう
ござんす。あっしは竜吉ですよ」
「そうか、竜吉、あんたか。こりゃなつかしい。とんと姿を見ていなかったが、
十五年ぶりかな。どうだ、立ち話もなんだ、そこいらで一杯つきあわぬか」
「そりゃ、願ってもねえが、お仕事の方は」
「なに、構わぬ事さ」
「じゃ、お供しやす」
 一口ほど茶をなめて、竜吉が口を開いた。
「風の噂で、岡引きになったと聞いたが、もう奉行になられやしたか」
「あんたは音沙汰がなかったが、一体どこでどうしていたのだ。親父殿が心配し
ておったものだが」
「へ、へ。親にはいつも心で手を合わせて暮らしてまさあ」
 しばらくは昔話に時をたぐっていたが、ふと竜吉が座り直した。
「甚悟の旦那、旦那はあの言葉を憶えていなさるか。この腐った世の中を掃除し
てやると二人で誓ったあの日の事を」
「もちろんの事だ。だからこの仕事を選んだようなものでな」
 竜吉は肩を近付けると、ひそめ声で言った。
「旦那……もしもあっしが、旗本屋敷を狙う大盗人だとしたら、どうしますかい」
「盗人?」
「しっ、声が高えや……旦那、火僧の雷賊ってえのは、実はあっしなんだ」
 甚悟は息を飲んだ。厳重な警備の家にどうやって忍び込むのか、こととも音を
立てず鮮やかに金子を盗み、庶民にばらまく謎の男が、この竜吉だと言う。
「二人で誓ったあの日からこっち、あっしは考えたんでさ。金持ちばかりに金が
回るような間尺の合わねえこの世なら、連中から金をかすめて貧乏人に散らして
やるような大盗人が一人くらいいたっていいはずだ、とね。男と生まれたからに
ゃ、これぐらいの大博賭があったっていいじゃないですかい」
「たわけが、どれほど貧乏人をよろこばせたところで、盗んだ金ではないか。い
ずれは獄門というのが分からぬか」
「奉行にまでなりおおせた旦那には、もう何を話したって追いつくもんじゃねえ
事は、分かってやす。ともあれ、久しぶりに顔を拝めて、よござんした。御身お
大切に」
「待たぬか! お前を放って帰る訳にはいかぬぞ、竜吉!」
 だが、竜吉は器用に走り去り、甚悟の前から姿を消したものだった。
「竜吉……」

 火僧の雷賊こと竜吉が縄を打たれたのは、それからほぼ一年後、火僧から五十
里ほどの城下町での事であった。
 甚悟が風の便りで聞いたところでは、竜吉が市中引き回しの際、町中は彼に割
れんばかりの喝采を送り、引き回しの者はおおいにとまどった事という。
                               <おわり>




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