AWC    落ち鮎を食いに行ったこと     久野


        
#764/3137 空中分解2
★タイトル (TPC     )  91/ 2/11  23:57  ( 51)
   落ち鮎を食いに行ったこと     久野
★内容

 父、母、祖母、そして私の4人、車で田舎へ帰った。
 田舎といっても、もう身内のものは、誰も住んではいない。
 家族みんなが、その土地で産まれたというだけだ。
 身内のいない田舎に、ただ鮎を食いに帰るのだ。
 3時間ほどで私が七つの頃まで住んでいた町につく、しかし私達の乗った車は、
そこを通り過ぎ、その町を流れる川の上流へと向かう。
 私の家では、年に一度この季節には必ず卵をたくさん抱えた鮎を食いにこの川へ
帰るのが、かかせない行事になっている。
 土手ぞいに見おろすと、いまだに時々夢にでてくる川がある。
 子供の頃、しじみをとったり、かにをとったりした川だ。
 窓を開けるとなつかしい川の匂いが入ってくる、この匂いで幼い頃のモノクロの
記憶に鮮やかな色が浮き出てくる。
 私はこの土地の人間になる。
 小一時間ほどで、上流の「やな場」につく。
 「やな」とは、知っている方も多いと思うが、川を竹や木でせきとめ一部を開い
て、そこに竹のスノコを敷き、流れてくる川魚を受けるようにした漁具である。
 この方法で捕れる鮎を「落ち鮎」という。
 川原の少しばかりひらけた所に、この時期だけのプレハブの建物がある、調理場
と客の席である。
 車を降りるといきなり鮎を炭火で焼く香ばしい匂いが漂っている。
 見渡せば、川と、山だ。
 川には、さきほどの「やな」が、川向こうからこちらまでをせきとめている。
 ここらの山は、創られてまだ間もないのか鋭角な稜線がつづいている。
 はるか遠くにひときわ大きな山がある。
 山頂は、かなり広く平坦になっているが、そこから数十m〜百数十mくらいほぼ
垂直に岩肌がむきだしになっている。
 簡単には人の開発の手をよせつけない、強そうな山だ。
 ここらでは一番高いであろう。
   「おおー すっげー かっこいいなー あの山は」
 私はおもわず、口にだしてしまう。
 何度か見たことがあるはずの山が、ほんとにすごいと思ったのだ。
 祖母が言う。
   「あの山のてっぺんに牧場をつくって住んでみたいと
    じいちゃんがよう言いよった」
 さほどよくは見えていないであろう目で、祖母もその山を見つめた。
 その姿がいつもよりずっといとしく見える。
   「千代」
 知らず心の中で、祖母の名を呼んでしまう。
 ああ、私の中に祖父がいる。
 あの山にあこがれ、この女にほれた祖父の思いが、私の中にある。



 鮎は うまかった。
 三匹 頭から食った。
 骨も ひれも なにも残らない。
 去年と同じ いや 何十年も変わらない香りがした。

                          久野利乙





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