#726/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ ) 90/12/27 23: 9 ( 61)
「雪」 浮雲
★内容
車窓から、ホ−ムにたたずむその小柄な女性をみかけた時、私は、なんとも心
淋しい、せつない気持ちにさせられた。
降りしきる雪の中、傘も持たずに私の乗った電車を、どのぐらいそこで待って
いたのであろうか。
私がその日の朝、通り過ぎたとき、その駅のプラットホ−ムは雨に濡れていた。
そして夕方、仕事を終えての戻り道、いつの間にか雪に変わっていた。
雪は、いろいろな顔を持っている。
まず、雪の日に外に出て空を仰いでみるとよい。ゴミが落ちて来るようにしか
見えない。それなのに、下を見ればそれは真っ白な立派な雪になっている。
北国では、雪は上から降りてこない。どこか彼方から、横なぐりに降りかかっ
てくる。
そんなときの雪はサラサラとしていて、着物についてもパタパタと払えば少し
も服を汚さない。
雪の表情が豊かなのは、感情の起伏が激しいせいであろうか。
雪子は、その日一日電話を待ったが、帰りの時間になってもベルは鳴らず仕舞
であった。
「あっ」
外に出ると、いつの間にか雪になっていた。とたんに、歯がカチカチ打ち、震
えが全身を襲った。
「ふっ」
心の隙間に冷気が忍び込んでいくのが分かった。
雪子は、いつもの道を足早に駅に向かった。街灯もない冬の夕べはさすがに心
細かったが、雪子の心を寒くしているのはそのせいばかりではなかった。
雪の積もった階段を上がり、駅舎に入った。暖をとるものなど一つも置いて
いない無人駅の待合室は、空っぽであった。
雪子は、昼間は従業員5人ばかりの小さなところで事務をとり、夜は20キロ
ばかり離れた大きな街のキャバレ−にホステスとして稼ぎに出ていた。
ふた月ばかり前のことであった。いつもより早めに店に出た雪子は、その店は
初めてだというフリ−の客のチャ−ジについた。
男は、下村と名乗った。ごっつい感じのとっつきの悪そうな客であったが、話
してみるとなかなかひょうきんで、そのうえどこか素朴な温かさといったものを
持っていることがわかった。
四日ほどしてまた店にやってきた下村は、雪子を指名してくれた。
もうすぐ25になる雪子を、下村は、
「おまえは女子高生みたいだ」
と言ってからかった。たしかに、雪子は童顔のうえ小柄であったから、誰から
も妹のように可愛いがられた。
「どうせ子供よ、私は」
雪子はすねてみせたが、下村のそんな口ぶりに物足りなさを覚えない訳にはい
かなかった。
三度目に店に現れたとき、雪子にとって下村は客の一人ではなくなっていた。
季節は、近くの山の頂を白くしていた。
休日にはデ−トを重ね、その足でいかがわしいホテルに入ることが当然のこと
のようになった。
雪子が言い出したのか、下村が先だったのかそれはどうでも良かった。つまら
ないことでケンカになった。
別れたあと、雪子は冷たいアパ−トの部屋でもう一度、一人泣いた。
雪子が、一日中電話を待ったのは、そんなことがあったからであった。
「カンカンカンカン」
警笛が鳴り、電車がホ−ムに入ってくることを告げた。雪のホ−ムに立ってい
るのは、雪子一人だけであった。電車が入ってきた。雪が舞った。
車窓の明りは、雪子の気持ちをも明るくした。
「あらっ」
先頭車両の車窓に、下村に似た男の顔を見たように思った。
おわり
1990.12.26