#673/3137 空中分解2
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無角館殺人事件 (16) 永山
★内容
「どうしても、入れ替わりに執着したいようだねえ、君は」
地天馬は他人を小馬鹿にした態度である。
「遺体の身元なんて、その気になれば、すぐに分かってしまうんだ。そして、
何かの細工が施されない限り、確実に身元を言い当てる。この事件において、
入れ替わりなんて無意味だ。
それに動機もいまいちだ。十和也は、太田黒が言っていたように、巧妙だっ
た。背信行為はしたが、罪に問われる類ではないと判断できる」
「でも、宝石があるじゃないか。盗難の罪を逃れるために」
「それも違う。あの宝石に関して言えば、犯人は何の心配もいらないはずなん
だ。もう陣内家では、捜査を頼むはずがないからね」
「どうしてさ」
「盗品だからだ。元々、あれは盗品だった物を、陣内家が購入したのだ。それ
を盗まれたからと言って、陣内の方で被害を届ける訳にはいかない」
「ちょっと待て。盗品だなんて、どうして言えるんだ?」
「中島にだね、僕らが最初に館内捜索を頼んだとき、強い拒否をされただろう。
あれは宝石が元々盗品だという書類を始末するためだと思う。自尊心が強そう
だったからね、かの女主人は」
「また、推測だけかい?」
「いや、推理を話した日に、女主人が僕を呼びつけたろう? あれ、実はスキ
ャンダルを避けたいから、せめて事故で片付けてくれないか、と頼まれたんだ」
「何だって?」
記述者としての立場を無視された私は、思わず立ち上がった。
「まあ、座りたまえ。黙っていたのは、その方がより効果的だと考えたからだ
よ。で、中島の頼みを受け入れたとき、ついでに聞いた。宝石は盗品だろって」
「それでか……。しかし、どうして受け入れたんだ? 言うことを聞く必要は
なかっただろう?」
「必要はあったさ。義務はないがね。それは後だ。
さて、頼まれた僕は事故で片付けるための方法を考えた。第二、第三の事件
は割と簡単に理由付けられた。第一の事件が難題だったな。明かに他殺なのだ
から。他殺に見せかけた自殺とし、さらに腕切断法をも考えねばならない。や
っと捻り出したのが、あの氷のギロチンさ」
「あれは、君の細工か!」
「そう。コックに頼んだんだ。彼の演技は、アカデミーもんだったよ! で、
最初に館の人達に見せるときは、いい加減な物でもいいが、警察が調べるとき
は、本当に氷のギロチンが作れないといけない。それで僕は、一度本土に帰る
なり、その作成をしたんだ。そして島に戻ったとき、すり替えさせてもらった」
「何という……」
呆れてものも言えない。そんな私に対し、地天馬は追い打ちをかける。
「さて、君の犯人当ての続きを聞きたいな。中島、太田黒、野間比呂見の三人
まで詰めたんだ。もう一歩だな」
「うー。比呂見は違うだろう。男のふりをするという大作業に加え、殺人なん
て。何の得もしていないし。太田黒だって、この先、秘書を続けられるかどう
か、微妙だし。中島は保険金が入ったな。自殺としても、かなりの額だったん
じゃないか」
「では、聞くがね。どうして彼女は、僕に、事故で片付けてくれなんて頼んだ
んだ? 他殺の方が額がいい」
「自分が犯人だとばれると、保険金がもらえないからとか」
「そうまで、彼女が追い詰められていたかね。中島が犯人だとしたら、あの時
点で、彼女は余裕たっぷりだったはずだ」
「じゃあ、太田黒?」
「もういい。僕が話そう。再度、言っておくが、絶対に書くなよ」
「分かった分かった」
「犯人はね、浜村深百合さ」
あっさりと言う地天馬。
「何を馬鹿な! 彼女にはアリバイがあったろ。第一の事件で」
「ないよ。死亡推定時刻にはアリバイがあったが、腕の切断にはアリバイがな
い」
「腕の切断だって? じゃあ、誰が正一郎氏を殺したんだ?」
「彼自身、つまり自殺さ。僕が無角館で説明したのと同じだ。正一郎は猫を使
って、自殺を他殺に見せかけようとした」
「何のために? 君が言っていたように、野間十和也を犯人に仕立てるため?」
「違う。正一郎は、保険金をできるだけ多くしたいがために、他殺に見せかけ
たんだ。あれで彼は家族思いだったようだ」
「じゃあ、あの、<陣内の頂点に立つ者>云々てのは」
「予告状のことかい? あれは他殺に見せかけるための細工さ。いかにも狙わ
れているようにみせたかったんだ。僕らを呼んだのは、その証人に仕立てたか
ったのだろう。腹立たしい」
「そうかあ。それなら、腕の切断はどうなるんだい。君の話では、浜村がやっ
たらしいが」
「何時か知らないが、彼女はあの日、正一郎の部屋を覗いたんだと思う。見つ
けたのは、頭を射抜いて死んでいた正一郎と、拳銃を引きずりつつあった黒猫
の姿さ。声のない悲鳴を上げただろう、浜村は訳が分からなかったが、とにか
く凶器らしい拳銃を押さえようと猫を捕まえ、拳銃を取ると、猫を逃がした。
それから落ち着いて状況を見る内、これは自殺ではないかと思った。すると
遺書があるはずと捜す。そして遺書を見つけたんだ」
「遺書があったのか?」
「書、とは言い難いかもしれないがね。フロッピーディスクさ。君、覚えてい
るかい。生前の正一郎に不審な行動はなかったかと、才野君や浜村に聞いたと
きのことを」
「ああ……。ワープロを借りたって言ってたな。滅多に使わないワープロを借
りたって」
「その通り。正一郎は目的からいって、遺書は置く訳にはいかかった。しかし、
誰かに真実を知っても欲しかった。そこで、ワープロ文書にして意志を遺した
んだ。これなら、捜し出されるのは先になると考えたのだろう。しかし、ワー
プロを貸した当人たる浜村は、フロッピーディスクに簡単に思い当たった訳だ。
浜村はそれを読み、色々なことを知った。正一郎が特に才野のためを思い、他
殺にみせて自殺したこと。野間十和也の背信のこと」
「それがどう、腕の切断につながるんだい?」
「鈍いなあ! 正一郎が、硝煙反応について、何の配慮もしていなかったから
だよ。彼は自分の近くに拳銃がなければ、他殺に見せかけられると思っていた
んだ。しかし、硝煙反応が出れば、自殺だと丸分かりになるとは知らなかった。
反対に、浜村は才野君の影響を受けたせいもあって、硝煙反応について知って
いた。彼女は猫に結び付けられた拳銃に、何の覆いもなかったのを見て、正一
郎が硝煙反応のことを知らなかったと分かった。血縁者がいなくなり、企業の
職にも就けない才野の将来を思う浜村は、硝煙反応の証拠をなくすため、腕の
切断を決意した。ジャージに着替え、のこぎりを持ってきた彼女は、腕を切る
段になって困った。どこまで硝煙が着いているのか、分からない。そこで右腕
を丸ごと切り取ったんだ。のこぎりは元の場所に戻し、ジャージと腕はとりあ
えず、自分の部屋に隠しておく」
「そうか。しかし、それは君の推測に過ぎない」
「証拠か。それは第二の事件にある。この犯行が可能なのは、浜村深百合、た
だ一人なんだ。彼女は腕を井戸跡にでも埋めようと、あの嵐の夜にジャージを
着込んで、外に出た。そしてどの段階かは分からないが、見回りの藤堂執事に
見つかってしまった。あとで腕の見つかった場所から判断すると、埋める前に
見つかったんだろう。藤堂さんは詰め寄った。どうして、こんなことをされた
んです! しかし、もうだめだという打撃と、口を聞けないハンディもあって、
浜村はうまく説明できない。藤堂さんは、問い詰めるのを中断し、こう言った
んだろう。とにかく部屋にお戻りなさい。あとで訳をうかがいに行きますって。
しかし、浜村はこの時点で犯罪を認める訳にはいかなかった。彼女にはまだす
ることがあった。十和也に天罰を下すという<使命>があった。それで仕方な
く、藤堂さんを殺してしまった。部屋に訪ねてきた藤堂さんを、いきなり殴り
つけるかしたんだろう。しかし、死んではいなかった。彼女がそのことに気付
いていたかと言われると、怪しいがね。多分、死んだと思ったはずだ。
それでだ。突発的犯罪の悲しさ、殺したはいいが、死体−−浜村の気持ちと
しては−−が手元に残ってしまった。引きずって外に運び出すにしても、体力
が続かないだろうし、誰かに見つかる危険がある。彼女は必死に考えただろう。
そしてある方法を思い付くと、実行に移した。自分の部屋の窓を大きく開けた
彼女は、飛行機のラジコンと大量のピアノ線を持って外に飛び出し、さっき井
戸跡で見つけた滑車を掘り出した。次に水車小屋に行き、ピアノ線を水車に結
び付けた。そしてピアノ線を引っ張って、展望塔に向かう。てっぺんにたどり
着くと、彼女は手すりに滑車を備え付けた。その車にピアノ線を通し、その端
をラジコンに結び付ける。嵐の中、彼女は慎重にラジコンを飛ばした。蔵の窓
を通過させ、自分の部屋に向かってだ。ラジコンの到着を確認すると、大急ぎ
で部屋に戻る。大量とは言え、ピアノ線には限りがあるからね。戻ったら、次
は藤堂さんの服にピアノ線を通す作業だ。首から入れ、背中を通して、腰から
抜くのがいいだろう。ピアノ線の端は、部屋のどこか、グランドピアノの足に
でも固定する。藤堂さんの身体を窓から降ろすと、ピアノ線に引っかかって、
次第に移動するはずだ。彼女の計画では、水車小屋の近くに藤堂さんの遺体を
運べればいいと思っていた。しかし無理をしたためか、与党の強行採決のよう
に、トラブルが発生した。ピアノ線は思ったように、ぴんと張らなくて、蔵の
館よりの窓を越したところで、たるんでしまったんだろう。たるんだままでも
水車の力によって、移動はする。だが、もう一つの蔵の窓は越せず、引っかか
ってしまった。ピアノ線の残りが少なくなっても、遺体は動いてくれない。仕
方なく、浜村はピアノ線を切った。当然、藤堂さんの身体は蔵の中に落ちる」
「なるほど! 十和也の方法でほぼ、正解だったのか」
−以下17−