#652/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/26 7:46 (199)
無角館殺人事件 (14) 永山
★内容
「何をうなっているのだい」
朝の一騒ぎと食事の後、地天馬の部屋を訪れた私は、様子がおかしい彼に聞
いた。
「この事件の結末をどう着けるべきか! それが問題なのだ」
何かの冗談のつもりか、地天馬は苦悩の表情を浮かべ、ハムレット中の台詞
もどきを口にした。
「結末って、君。解決はできたのか?」
「解決? そんなことはとうにできている」
「とうに? では、どうして早く犯人を指摘しないんだ? また犠牲者が出る
かもしれない」
驚いた私は、矢継ぎ早に言った。
「もう犠牲者は出ないよ。まず、間違いない」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
「多分、犯人の目的は成し遂げられたからさ」
「じゃあ、どうして。証拠がないのか?」
「いや」
地天馬が生返事をしたとき、ドアがノックされた。私が出向くと、家政婦の
森本。
「地天馬様は?」
私を無視し、奥を覗くようにする森本。いやに性急な様子だ。
「ここにいますよ。何ですか」
「奥様が、御用がありますので来ていただきたいと」
「分かりました」
素早く立ち上がった地天馬に続き、私も行こうとしたら、
「あ、地天馬様お一人で、とのことですから」
と止められてしまった。訳を聞いても、知らないという答えが返って来るだ
けである。
三十分ほど後、地天馬はすっきりした感じで、戻ってきた。
「何の話だったんだ?」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか。それより、君。浜村さんからワープ
ロでも習いたまえ。いつまでも手書きじゃ、効率が悪かろう」
だいたいの「唐突」には慣れているつもりであったが、この言葉にはさすが
にあっけにとられた。
「ワープロ? 何だってまた、そんな」
「いいから、いいから。彼女とそうだな、有一君もこの部屋に呼んで、三人で
楽しくやるのがいい」
有無を言わせぬ態度である。私がまごまごしていると、地天馬自身が浜村や
才野の部屋に、呼びに行ってしまった。
結局、私の部屋で、奇妙な形のワープロ勉強会みたいになったのだが、地天
馬はと言うと、どこかに消えてしまっていた。
ワープロを習うと言っても、私には例の「々」の印象が強く、自然にダイイ
ングメッセージの話になっていた。
「どういう意味でしょうねえ」
才野が自分でも考えながら、私に聞いてくる。こちらも考えてはいるのだが、
断定するところまでは行かない。ここは当り障りのないとこで、逃げておこう。
「問題はですね、正一郎氏が<々>をどう使っていたか、です。どの読みを知
っていて、どれを知らなかったか」
「それなんですが、全然、思い出せないんです。知らないと言った方がいいか
もしれませんか」
私は浜村深百合の方も見てみたが、同じく首を振るだけであった。
「地天馬さんは、解決されたのですか?」
才野が何度目かの質問をしてきた。
「さあ……。自分ではした、と言ってますが」
「それならどうして、犯人の名を言わないんですか」
こっちが聞きたいくらいだ。
「何か考えがあってのことでしょう」
そうして二時間もしただろうか。家政婦の昼食です、の声にお開きとなった。
昼食は、黙々と進み、そのまま終わってしまった。実を言うと、私はこの席
で、地天馬が解決をしゃべり出すと期待していたのだ。
ところが彼は、またも沈んだ様子になって、終わるとさっさと戻ってしまっ
た。慌てて跡を追う。
「どうしたんだ? 解決は?」
部屋で横になっていた地天馬に、私は詰め寄った。
「もう一つ、足りない箇所があった。ツメが甘かったな」
簡単に言う地天馬。さっきは解決したと言ったではないか?
「解決したと言ったのは、はったりか?」
と私が大声で言おうとしたら、またドアをノックする音が。
「誰?」
今度は開けてやる気もなく、立ったままでいると、意外にも地天馬が自ら立
ち上がり、ドアを開いた。
「これはこれは吉野さん。何か?」
「じ、実は、言い忘れてましたことがありまして」
どうした訳か、コックはおかしなしゃべり方をする。
「ほう! 何ですかな」
「正一郎様が生前、おかしな行動をお取りになっていたのです。よく調理場に
出入りし、何かをされていました」
「どんな風におかしい?」
「どんなと言われましても、えっと、保存庫があるんです、冷凍できるような。
そこを使って何かしていました」
「凄い! 大変、重要です、そいつは! 今まで言ってくれなかったのは困り
ものだが、それを帳消しにするほどの効力が、この情報にはある! いや、あ
りがとう、ありがとう」
地天馬は大げさに喜ぶと、吉野を帰した。そしてくるりと向き直り、私に言
った。
「さあ、これで解決できた。皆さんに集まってもらおう」
何がなんだか分からなかったが、私は全員に集まってもらった。
「簡単にすみますから、どうか聞いてください」
いきなり始める地天馬。一瞬、静寂が出席者を支配したようだ。
「僕はほんの少し前、ここで起こった一連の事件を解決しました。今まで見当
はつきながら、条件が足りないため、こんなにも遅くなったことを残念に思い
ます。
しかしそれも、先ほど、ある人からもたらされた情報により、完璧となりま
した。事件は解決したのです」
大見栄を切る地天馬。また静寂が場を包む。
「今、事件と言いましたが、これは正確な言い方ではありません。何故なら、
今回の出来事は、事件ではなく、事故だったからです」
一転して、場は騒然となった。私もだ。
「事故って、どういうことですか? みんな、事故死だと」
才野が一段と大きな声で言った。
「ちょっと違うんだ。まあ、いちいち説明しましょう。まずは正一郎氏です。
彼は自殺です。秘かに購入していた自分の拳銃で、頭を撃ち抜いたのです。彼
は企業を巡るいざこざにうんざりしていたのでしょう」
あっさりとしたものである。あまりにもあっさりしすぎ、強引に過ぎないで
はないか。
「待ってください。自殺って、現場には拳銃がなかったじゃないですか。それ
に先生の腕はどうしてなくなってたんです?」
叫ぶように聞くのは、太田黒である。
「そうです。それに加え、もう一つ、なくなっていた物があるのですよ。いな
くなったと言うべきでしょうか、それは黒猫のことです」
ああ、黒猫だけは見つかっていなかった。あまりに次々と事が起こるので、
失念していたのだ。
「正一郎氏は黒猫の身体に紐を結び、そのもう一方の端を拳銃に結んでいた。
猫は薬で眠らせていたのかもしれません。とにかくそうして、自殺したのです。
猫は拳銃を引きずって、外に出たのです。あの部屋には猫専用の扉がありまし
たから。
腕はですね、自分で切断したんです。ある人の証言によりますと、彼はよく
冷凍庫に出入りしていたようです。何をしていたのか? 彼は奇妙な物を作っ
ていたのでしょう。つまり、氷でできたギロチンです」
ギロチン? フランス革命で有名なアレか? 何の関係があるって?
「ギロチンと言いましても、そんな大きな物でなくていいのです。腕を落とす
重さと鋭ささえあれば、充分なのです。ギロチンは正一郎氏の腕を切断した後、
溶けて消えてしまったのです。のこぎりが使われたように見せかけたのも、ま
た、浜村さんのジャージが血塗れだったのも、正一郎氏の細工でしょう。恐ら
く、生きている内に、でき得る限りの血を塗り付けたのです」
私も含め、ほとんどの者が、信じられないといった顔をしていた。野間比呂
見が聞く。
「仮にそうだとしても、何のために正一郎さんはそんなことをしたのですか?」
「他殺に見せかけるため。<々>という字が現場にあったでしょう。あれは正
一郎氏自身が書いた物です。彼は背信行為をしていた野間十和也を犯人に仕立
てるため、あの字を遺したのです」
「どうしてはっきり<十和也>と書かなかったんだ? それに、背信行為に対
しては、他にも手はありそうなものだ」
善次郎氏が納得のいかない顔でいる。
「はっきり<十和也>と書けば、かえって怪しまれると思ったのでしょう。背
信行為に対する手だては、何かあるでしょうが、それでは許せなかったのでは
ないですか。それとも、訴えることができぬほど、十和也のやり方が巧妙であ
ったとか」
「確かに、巧妙ではあるようですがね」
太田黒は、気分悪げに吐き捨てた。今朝、書類を調べていたときのむかつき
を思い出しているのだろう。
「次は藤堂さんだ。彼は主人たる正一郎が死に、動揺していたのでしょう。あ
るいは、夢枕に正一郎が立ったのか。ともかく、何かにつかれたように、倉庫
の修理を思い立ったのです。倉庫の修理と利用法は、前から正一郎氏が気にし
ていたそうですからね。藤堂さんも気にはなっていたのでしょう。あの雨の夜、
彼は倉庫に出向き、中に入ると鍵をかけた。鍵をかけたのは、自分の行為を神
聖な儀式とでも考えたのか、外界と遮断しようとしたのかもしれません。そし
て棒を選んでうまく天井に上がり、さてとばかりに倉庫内を眺め降ろしたとき、
不運にも強風が吹き、雷が鳴ったのです。驚いた彼はバランスを崩し、真逆さ
まに落ちて行った……」
「ちょっと待ってくれよ。僕があの倉庫で、棒を伝ってやってみたけど、とて
もうまくいかなかったぜ」
私は反論した。
「何を言っているんだ。藤堂さんはここの執事だぜ。倉庫について、知り尽く
している。それに君が試したときは、雨による湿りと急激な乾燥によって、木
が弱っていたときではなかったかな」
そう言われると、そうかもしれないが……。
「最後は十和也だ。比呂見さんには悪いが、彼は、一年前の宝石盗難事件の犯
人だった。それを詳しく説明するいとまがないので省略するが、十和也は宝石
を門に隠していたのです。一年後の今年、取りに来るためにね。一方、十和也
は猫が拳銃を引きずっているのを、発見したのですよ、きっと。偶然にも強力
な武器を得た彼はそれを持って、昨晩、宝石を取りに行ったのです。しかし門
は苔のためか、動かない。動かさないと宝石は取れないのだから、彼は焦った
でしょう。拳銃を手にしたまま、彼は門を力一杯、引っ張った。その瞬間、天
の裁きでしょうか、彼は足を滑らせ、思わず手に力が入った。拳銃のある手に、
です。しかも銃口は丁度、自分の頭に向いていた。弾丸は彼の頭を砕いた」
「そんなことが、あるんですか? それに十和也さんの頭部には、二発、弾が
あったんでしょう?」
「その通りだよ、有一君。その謎は、死体硬直を考えると、すぐに解ける。人
間というものも、ご他聞に漏れず筋肉が全身にあります。死んでしまうと、そ
の筋肉が収縮し、死体硬直という現象が起こる。ミステリ作家やミステリマニ
アにはお馴染みでしょう。それが二発目の弾丸を発射せしめたのです。死体硬
直によって、拳銃のある手の指が引金を引いたのです」
地天馬は話し終えると、さっと座った。私としては、説明はついたが、納得
がいかない感じである。
「証拠はどこにあるんです?」
善次郎が何とも判断しかねる顔で、聞いている。
「証拠ね。探せば猫の死体が出るでしょう。紐付きのね。それと、氷のギロチ
ンを作るための枠があるはずだ。吉野さん? 見てきてくれませんか」
そう言われて黙って調理場に飛んだ吉野は、やがて戻ってきた。手には銀色
の物が。
「こんな物が」
「おお、それだ。アルミ製か。これで氷のギロチンを作ったのでしょう」
地天馬は、アルミの枠内に複雑に針金を張り巡らせた、その銀色の物を、皆
に示した。
「いかがですか、中島さん?」
地天馬は、今まで一言も発しなかった女主人に聞いた。
「……ここに証拠があるのです。事件は解決しました」
一堂は、ちょっと怪訝な表情を一様に見せたが、それも僅かの間のことで、
すぐにみんな、安堵の表情へと移行した。
「さあ、警察への連絡は今のところ、どうしようもないことです。せめて残る
日数を、亡くなった人達のために、謹んで過ごそうじゃありませんか」
中島が言った。
やがて最終日になった。昼には船が来る。
−以下15−