#636/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/17 11:39 (121)
闇の者 (終) 永山
★内容
「どういうことですかな?」
刑事は難しい顔で聞いていました。
「どうと言われましても……」
屋敷の持ち主であり、事件を警察に知らせた男は困りました。
「死んでいる人達は皆、私が住むことを許可した人です。何があったか知りま
せんが、一週間して何も連絡がないので来てみたら、こうなっていたのです」
「ふーむ。分かりませんなあ。あとでご足労願うかもしれませんので、よろし
くお願いします」
そう言って持ち主を帰した刑事に、鑑識らしい人が声をかけました。
「まだはっきりしたもんじゃないんですが、おおよそのとこを伝えます」
「頼みます」
「死んだ順は、関・江守・大杉・浦上・峰岸・寺山の順だと思われます。
関は刃物で刺されています。この刃物は、二階の人形とか置物のある部屋に
ありました。
江守はそれから二日ほど後に死んだんですかね。屋上から落ちたみたいです。
大杉は一階の窓も何にもない部屋で死んでいました。自分で自分の身体に噛
みついて、傷をつけていましてね。出血多量です。どうした理由からか、その
血で白い壁を塗りつぶそうとしていたみたいです」
「何ですか、そりゃ?」
「さあ、さっぱり訳が分からんです。それでですね、えー、浦上は身体中をめ
った刺しにされてますね。犯人が台所から持ち出した包丁で、やられたんでし
ょう。
@峰岸は首吊り自殺ですね。少なくとも、自殺に見えます。梁から垂らした縄
で首を吊ってました。それと彼女の部屋からは、血塗れの服が見つかっていま
す。正式な鑑定を待たねばなりませんが、浦上の血のようですな。
寺山も不思議な死に方をしています。大杉が閉じ込められていたとみられる
髣痰フ部屋で、手首を切って死んでました。手首を切った凶器というのが、イヤ
リングなんですね。イヤリングの金属部で何度も突き刺して死んだようです。
最初は喉をかき切って死のうとした様子もあります。あ、彼女自身のイヤリン
グです」
「さっぱりだな。で、寺山は自殺?」
「そうでしょうねえ。犯人がわざわざイヤリングを凶器として使うとは思えま
せん」
「寺山が自殺。にしても、イヤリングで自殺か? 大杉と峰岸も自殺か。どう
いうことなんだ。問題の窓のない部屋の鍵、どこにあったんだ?」
刑事は他の刑事に聞きました。
「それなら大杉と寺山が死んだ部屋の前に落ちてました」
「そうか。鍵はなくても、閉めれば施錠されるんだったな。でも、開けられる
のは、外からでも内からでも鍵を使わないとだめ。防音は完全だとか言ってた
な。となるとだ……。峰岸が犯人で、関を刺し、江守を突き落とし、浦上も刺
し殺した。大杉と寺山を閉じ込めた。そして自分は自殺か。閉じ込められた二
人は、気が変になって、持っていた物で自殺した、か」
「動機は何ですかね」
「分からんなあ。でも、峰岸は気功に凝っていたようだから、それの関係じゃ
ないのか」
そう言いながらも、刑事は納得していなかった。
さて、今まで語り手であった私ですが、実は事件の真相を知っているのです。
何故なら、私は、あの屋敷に昔から住んでいるものだからです。真相を誰にも
知らせなかったのは、私にはその方法がなかったからなのです。
まず、人形の仕掛を説明しましょう。犯人は談議が始まる前の一時間を利用
して、背中の部分に糸を巻き付けました。その先にはおもりの石が結ばれてい
ます。そして窓ガラスを割り、糸を窓の外に垂らします。犯人は人形に刃物を
揩スせ、たっぷりとゼンマイをまいてから、部屋を出ました。もちろん、扉は
閉めてです。
犯人の思惑通り、談議の直前に、糸はガラスの破片によって切れ、人形は動
き始めました。最初にした<ぽちゃん>という音は、おもりの石が井戸に落ち
た音だったのです。
さて人形は、すぐに扉にぶつかり、がりがりと音をたてます。それを調べに
来た、犯人の誘導によって選ばれた被害者は、刃物で刺され死にます。そうで
す。犯人は寺山です。吊り橋を落としたのも彼女です。
あっと、言い忘れていましたが、人形の方向が変わったのは、バルコニーの
端に氷でできた<かえし>を置いていたからです。誰も気付く訳ありませんか
ら、溶けるまで放っておいて大丈夫です。停電したことも、犯人にとって、好
都合でした。
方向を換えた人形は部屋に戻りますが、まだ止まらずに、そのまま割れた窓
から落ちてしまいました。
次に犯人がしたことは、大杉を部屋に閉じ込めることでした。一番体力のな
い老人を、餓死させようと考えたのでしょう。
部屋の鍵ですか? それは寺山が、江守から盗んだのです。江守から鍵の話
を聞いていましたからね、寺山は。
そして江守殺しです。ひ弱な彼女が、柔道の猛者をどうやって突き落とした
のか? 色気? 違います。 彼女は太陽で、彼を殺したのです。彼女は江守
に言ったのです。
「事件を占いたいから、会長さんの力を貸して。屋上で太陽を見つめるだけで
いいのよ」
言われた通り、江守は朝も早くから太陽を見つめました。そして彼女がもう
いいと言ったとき、彼の目は何も見えない状態になっていたのです。盲を突き
落とすのは簡単でしょう。
本来なら、ここで寺山は犯行をやめるはずでした。彼女の動機からすると、
これ以上殺すのは、危険だからです。
そう、動機です。動機は無論、隠された宝です。宝を独り占めしたいがため
に、あるいは宝を探し易い状況を作るために、彼女は殺人を犯しました。
彼女の計画では、三人残れば、誰が犯人だか分からない。自分ともう一人の
二人だけになれば、その一人が自分を殺すかもしれないと考えていたのです。
こんな理由もあって、寺山は浦上や峰岸に外の捜索をさせ、自分は屋敷に一
人残り、宝を探すつもりだったのです。
ところが直前になって、彼女は大変なミスをしたことに気付いたのです。イ
ヤリングを、大杉を閉じ込めた部屋に落としていたのです。急いで問題の部屋
に向かったのは、言うまでもありません。
しかし急ぎ過ぎたのがいけなかったのでしょう、彼女は開錠して鍵をしまっ
たつもりが、部屋の外に落としてしまったのです。それに気付かず、彼女は扉
を閉めてしまいました。当然、鍵がかます。
閉じ込められた寺山は、その恐怖と室内に展開されていた地獄絵、そうです。
大杉が自分の血を壁に塗りたくってる状況を見て、おかしくなったのでしょう。
その瞬間に、彼女の理性は人間のそれではなくなっていました。それから四日
間、彼女は完全に発狂し、イヤリングで自殺をしたのです。
では、大杉は何故、自分の身体を噛み破り血を壁に塗るような奇行をしたの
でしょう? 彼は戦争に参加し、捕虜となったことがあるのでしょう。白い壁
に囲まれて過ごす毎日。拷問にもあったかもしれません。さらにやっと日本の
地を踏んだかと思うと、精神異常で入院の目に。彼には、白い壁に対する恐怖
心が、植え付けられてしまっていたのです。
そんな老人が、窓のない、白い壁に囲まれた部屋に閉じ込められるとどうな
るか。白への恐怖から、違う色を求めるでしょう。排便も手ではありますが、
それよりも艶やかで美しいものがあります。それこそ、血の赤だったのです。
大杉は自分の肉体を傷つけてまで、壁を赤く染めようとしたのでした。
浦上、そして峰岸がいかにして死んだのかは、ご承知の通りです。これで私
の知り得た事実は終わりです。
私は誰か? そんなことはどうでもいいじゃありませんか。屋敷にずっとい
る奇妙な奴とでも思っていてください。
それでは、また会えることもあるでしょう。
「警部。例の屋敷から、こんな物が見つかったんですがね」
「どれどれ。何だ、こりゃ? どこで見つかった? でかい人形があった部屋
か。あそこにも似たようなのがあったが」
「いえ、屋根裏です。食堂の真上辺りの」
「薄気味悪い物だな。ま、事件には関係なかろう。放っておけ」
部下は上司に言われると、持ってきた「ピエロ」を抱え、部屋を出て行った。
その「ピエロ」の目は、ドーランを塗ったものではなく、やけに生々しかった。
−END