#618/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/11 7:44 (200)
Xの殺人 (2) 永山
★内容
「松さん、今度のネタはどうだい?」
柳川は写真週刊誌の編集を訪ねていた。松と呼ばれた男は、写真を何枚か眺
めながら考えている風だ。
「これはだめだ。交通事故ネタじゃあ、もう無理なんだよ」
「しゃあねえなあ。また来らあ。そんときは頼みますよ」
「ああ。いつかの海難事故みたいのを持ってきてみな!」
松こと村松宏は、そう言ってから、あの事故は何年前だったけなと考えた。
その結論を得ぬ内に、仕事の手を休めていたのを編集長にどやされ、慌ててデ
スクに向かった。
「刑事さんもしつこいなあ。そうして毎日、歩き回ってるんですか? ご苦労
なこった」
「それはお互い様でしょう、柳川さん。あんただってフリーカメラマンとして、
駆け回っているんでしょうが」
花畑は笑ってみせた。作り笑いなので、自分でもそらぞらしい。
「ところで、今日は何の用です?」
「誰も容疑者が出んのですよ。それで話をもう一度お聞きしたいと思いまして
な」
「疑ってるんですか、この僕を」
「そういう訳じゃないんですが、あなたはもう別の人と遊んでますね。それの
説明をお願いしようかと」
花畑がふざけた口調ながら、鋭い目で言うと、柳川の方も目付きが変わった。「あんたら、つけていたんだな? 尾行とは恐れ入ったな」
「講釈はいいから、何か他に言うことはないのかね。あんた、関口春美が邪魔
になったか飽きたかして殺したんじゃないのか」
「冗談じゃない!」
それだけ言ったが、後が続かない柳川。
「裁判になりゃ、それでは通らんぞ」
「そ、そっちこそ、証拠もないくせに、でかい口を叩くな!」
「何だと!」
思わず、相手の胸倉をつかみかけた刑事であったが、何とか思いとどまった。
「ふん。まあ、いつか、尻尾をつかんでやる。せいぜい、不審な行動は慎むこ
とだな」
花畑は捨てゼリフを残し、その場から離れた。これで威圧したつもりなので
ある。柳川の方は、胸元を正すと、去って行く刑事の背中に小声で投げかけた。
「けっ。なんでぃ、暴力刑事が」
村松宏が死んでいるのが発見されたのは、関口春美殺人事件発生の八日後で
あった。彼の自宅において刺されているのが、訪ねてきた会社の同僚によって
発見されたのだ。前日は無断欠勤し、当日もあまりに出勤が遅く、また欠勤か
と思い心配して見に来たのである。
同僚の話によると、予備鈴を押しても返事がないので、ドアに手をかけてみ
ると開いている。そこで中を覗いてみると、応接間で村松が死んでいるのを見
つけた、ということだ。
死因は包丁か何かで腹部を刺されたことによるものだが、凶器は現場にはな
かった。もちろん、台所にあった村松自身の包丁等も調べられたが、血液が検
出されず、凶器ではないと判断された。
そして不可解なことに、その傷口には、船の模型が差し込まれていた。小さ
なプラモデルの船である。まさか船の模型を凶器と見せかけるなんて馬鹿げて
おり、犯人がこんなことをした理由が分からない。警察も困惑していた。
容疑者も浮かばぬまま、捜査が難航している村松宏殺人事件を、下田警部が
伝え聞いたのは、偶然であった。塩水で溺れさせるという奇妙な事件があった
んだと他の班の者に話していたら、それならこっちもということで、船を凶器
に装った事件を聞かされたのである。
話を聞く内に、二つの事件の被害者が、共に柳川英明に結び付いていること
が分かり、俄然、各自の捜査本部は活気づいた。まだ合同捜査には踏み切らな
かったが、逐次、互いの情報を交換することになった。
「それで吉田さん……」
村松事件の方を担当している警部に対し、下田が言った。
「そちらの方の進展具合いは」
「いや、どうも芳しくありませんな。柳川という男とのつながりですが、本当
に単なる仕事上の関係しかありません。柳川自身が村松を殺すとは、考えられ
ませんなあ」
「動機がないと」
「そうです。かと言って、他に有力な容疑者がいる訳じゃありませんし。どう
やら、犯人は被害者宅を訪ね、応接間で村松と話している内に隙を見て刺した
ようだとは分かっているのですが。どれくらい親しかったかは分かりませんが」
「そうですか」
そうしてため息をつく下田。今度は吉田が聞き手である。
「そちらはどうなんですか」
「ああ、いやあ、こっちも似たようなもんです。それとなく、柳川の奴に村松
殺しのアリバイを聞いてみたんですが、がっちりしたものでした。柳川が気付
かない内にできるだけ調べを進めたいもんですがね」
「全く。ところで凶器についての見解は?」
「これまたさっぱりです。何でこんなややこしいことをしてくれたんですかね、
犯人は」
「思うんですがね、いや、ほんと、単なる思い付きなんですが、塩水に船と言
えば、海じゃないですか。何か海が関係しているんじゃないでしょうかね」
「なるほど。こちらでも調べてみましょう」
曳間ホテルは東北地域に支店を出すことになっている。腕試しの意味もあっ
て、副社長の曳間了子がその計画の全てを指揮することになっていた。
「指揮するにあたって、今度の出店計画に関する会議はツインホテルで行わさ
せていただきたいと考えています」
「ツインホテル? ああ、おまえがデザインを考えたあれな。まあよかろう」
彼女の父親でありホテル社長の老人は、未だ元気な声で快活に答えた。
五年前に建てられたツインホテルはその名の通り、二本の棒が平行して建っ
た特徴あるビルだ。ホテルとしては小さい七回建てである。二つの塔の間は中
庭となっており、塔を結ぶのは、三階と六階にある空中回廊だ。回廊と言って
も、了子がそう名付けただけで、曲がってはいない。雨風を防げるようにカプ
セル型になっており、窓は開閉自由にしてある。当初、窓が開くのは危険なの
では、と言う意見が出されたが、了子の強硬な申し出にあい、外側に手すりを
設置するということで、妥協案となった。回廊も三階のそれと六階のそれは重
なるようになっている訳ではなく、少しずらして作ってある。
一〜五階までは客用のフロアー、六階は希望に応じて会議やパーティ・宴会
等が開けるように用意した大広間で、七階は空調設備や調理場・貯蔵庫等にあ
てられている。貯蔵庫が最上階というのは、材料調達の際、エネルギーの無駄
ではと言う反対意見もまた出された。しかしこれも了子の申し出、最上階に火
事発生の原因を据えておけば、万一の場合、誘導・救助がやり易いという意見
がテストケースとして認められた。
今度の会議は、そこの六階にある大広間で行われることに決まった。当然、
その間はホテルそのものを閉めてしまう訳で、かなり異例の事態である。つい
でと言えばおかしいが、閉めてしまうのなら内装を一掃しようということで、
エレベーターも止められることになった。
「……なかなかまとまりませんなあ」
幹部クラスの一人で、主流派・反主流派どっちつかずの存在として知られる
男が、了子に言った。うるさそうな目で見返してから、了子は口を開いた。
「悪いんだけど、一人にしてくれない。あなたも貴重な十五分の休憩を大事に
なさることよ」
現在、会議は中断し、十五分の休憩に入っていた。
「あ、こいつは気付きませんで。どうぞ、副社長もごゆるりと」
「うわあ、人が死んでるぞ!」
内装工事にやって来た男達が、ツインホテルの中庭に死体を発見したのは、
朝の六時頃であった。
「朝からの騒ぎで、工事も会議もちっとも進みませんわ。早く解決お願いした
いものですわね」
「すみません。こちらもできるだけ早く仕事を片付けたいのですが、なかなか
うまくはいきません」
了子に言われた刑事は、相手が副社長だと聞いて緊張してしまい、堅苦しい
受け答えをした。喫茶店に関係者に一人ずつ来てもらい、話を聞いているのだ。
「解決のためには、あなたを始めとするここの関係者の皆さんのご協力が第一
です。どうか、よろしくお願いします」
「それで? 何が聞きたいんですの」
「まず、被害者をご存じありませんか。免許証の写真なんで、少し若いんです
が」
刑事が写真を手渡すと、了子はそれを受け取ったが、すぐに返した。
「知りませんわ。柳川英明なんて、聞いたこともありません」
「そうですか。皆さん、そうおっしゃる。幸い、免許証があったんで、身元は
簡単に割れたんですが、その後がどうもいけません」
「早く、次のご質問を」
「あ、これは失礼を。中庭で見つかったのはご存じですね? それで中庭には
誰でも入れるんですか?」
「普段は、入れません。身なりのよくない人達が残飯目当てで来ることはある
んですが、お客様に対して何かあってはまずいですから、ホテルの外でとどめ
ています。ただ、ご覧の通り、現在は改装工事のため、このビルはホテルとし
ては機能しておりません。ですから、入ろうと思えば入れましょう」
「なるほど。でも、カメラマンが入って来るなんて、おかしいでしょう?」
「カメラマン?」
「あっ、まだ言ってませんでしたか。名刺から分かったんですが、被害者の柳
川はフリーのカメラマンなのです。どうしてこんな人が中庭に入って来たのか、
どうも分からない」
「私どもにも、さっぱり分かりません。あ、もしかすると、何か隠し撮りをし
ようとしていたのかもしれませんわ」
「なるほど。いやあ、さすが聡明でいらっしゃる。メモしておきましょう……。
それからですね、作業員の人達は何時まで働くのですか」
「騒音の関係もあって、午後六時までです」
「ふむ、作業員の証言と一致します。あなた方、会議に出ておられる方は、い
つまでお仕事をやってますか」
「日によってまちまちです。それに他にも仕事がありますので。昨日はだいた
い、午後十時で終わりましたかしら」
「ははあ。あ、どうもありがとうございました。今日はこれで失礼します。も
しかしたら、またお手を煩わせることになるかもしれませんが、そのときはよ
ろしく頼みます」
刑事が言うと、了子は「それでは」と言い、先に立ち上がって行ってしまっ
た。
「やれやれ。本当に仕事の虫だな。ああ言うのと話すと疲れるよ」
隣の席に分からないように座って、話を聞いていたもう一人の刑事に聞こえ
るよう、彼−−浜本刑事は言った。
「浜本刑事。これでしまいですかな」
「そうです、吉田警部」
「ふむ。最後のが曳間了子か。何かどこかで見たことあるな」
吉田は席を移りながら言った。柳川英明が死んだと聞いて、やって来たのだ。
「そりゃそうですよ。十年ほど前でしたか、何とか丸って言う船が沈没したで
しょ、観光船とぶつかって」
「ああ、何かあったな。そういう事故が」
「それですよ」
コーヒーを一口飲み、話しを続ける浜本。
「その事故で溺れた人をばっちり写したスクープ写真が出ましてね。それに写
っていた男が曳間ホテル従業員で、曳間了子の恋人と噂の出た男だったんです。それでマスコミが了子を取り上げましてね、何と彼女、<そんな男は知らない
>と来たもんですから、騒ぎになりますわな」
「その頃から仕事の鬼だったのか」
「そうでもなかったようです。十年前ならまだいい年頃ですしね」
「噂ってのは、本当だったのかね」
「さあ、どうでしょうか? ああいうのって、いい加減ですから。それにして
も下田警部か吉田警部が尾行をずっとつけてくれていたら、こんなに苦労はし
なかったと思うんですがねえ」
「それを言うなって。下田さんとこの花畑って刑事が、早くから尾行している
ことを被害者にしゃべっちまっていてな。あまり尾行を続ける訳にもいかなく
なってしまった」
頭を掻く吉田に、浜本は仕方ないと言った表情で、
「別にいいですよ。死亡推定時刻が正式に出たら、お伝えします」
と言った。
「わざわざ、すみませんでした。それで首尾はどうでしたか」
下田警部と花畑刑事が気負い込んで聞いてきた。
「柳川に間違いありませんでした。どういう訳か知りませんが、ホテルの中庭
で死ぬなんてね……」
それから吉田は下田達に、事件のあらましを聞かせた。
「……それでですね、死亡推定時刻が回ってきましたんでお伝えしますと、発
見前日の午後四〜七時だそうです。ですが、五時までは作業員が一階にたくさ
んいましたんで、五時から七時に絞れましょう。死因は後頭部打撲で首の骨を
折ったらしく、窒息死に近かった模様ですね。脳もやられていたようですが」
「なるほど」
「それとですね、変な証言が出たようなんですよ。酔っぱらいのたわごとかも
しれませんが、事件当日、ホテルがX字になったと言うんです」
−以下3−