#590/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/ 6 8:24 (200)
無角館殺人事件 永山
★内容
登場人物 ()内の数字は年齢
陣内正一郎(じんないしょういちろう・50) 全盲の富豪
陣内善二郎(じんないぜんじろう・44) 正一郎の弟 カメラマン
中島美々 (なかしまみみ・24) 聾の歌手 陣内の後妻
浜村深百合(はまむらみゆり・18) 唖の美少女 中島の従姉妹
才野有一 (さいのゆういち・20) 車椅子の少年 陣内の前妻の子
野間比呂見(のまひろみ・35) 双子の推理作家 外科医
野間十和也(のまとわや・35) 双子の推理作家 弁護士
太田黒清尋(おおたぐろきよひろ・37) 正一郎の秘書 仮面を被っている
藤堂志津雄(とうどうしづお・59) 無角館執事
吉野光雄 (よしのみつお・46) 無角館コック
森本優子 (もりもとゆうこ・28) 無角館家政婦
地天馬鋭 (ちてんまえい) 名探偵
「私」 作家・記述者
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陣内家は、現在の当主である正一郎から数えて、二代前にその財を成した。
所有していた何の用途もない山から、ある種の石が出たのである。それを元手
に事業を起こした正一郎の祖父は、運の良さにも手伝われ、一躍大企業に陣内
の名を仲間入りさせた。
正一郎の父は、戦中戦後における混乱期をうまく利用し、企業規模とそれが
産む利益を拡大させた。
父亡き後、その地位を継いで陣内グループを統率してきた正一郎であったが、
今や彼も後継者のことを心配するようになっていた。正一郎は才野聖なる女性
と結ばれ、間に一人の男の子・有一をつくった。有一は経済に関して、かなり
の才能を垣間見せたが、それ以上に推理作家への憧れが強かった。
だが、この程度なら、後継者に悩む必要はない。大企業のトップが小説を書
いてはならないということはない。三年前に突然、陣内家を襲ったある不幸が、
方向を少しばかりずらしたのだ。
雨の日であった。滅多にない家族団らんの日を、ドライブをしてすごそうと、
正一郎は妻と息子、それに秘書兼運転手の太田黒を伴って、遠出した。が、午
後から降り出した雨は、強くなるばかり。予定を早めて帰ることになった。
その運転を、正一郎がやろうという風になったのは何故であったのだろう?
確か、太田黒が少し熱を出したためと、正一郎が久しぶりに運転したくなった
ためであったか。
ともかく、正一郎の運転で、帰途についた。だが、雨で視界の悪くなった道
は、久しぶりの運転である正一郎にとって、ややきつかった。山沿いの高速道
路を走行中、正一郎はハンドル操作を誤り、車は崖に突っ込んだ。
死んでも無理がない、それほどの大事故だったと言えよう。車は大破し、炎
を噴いた。だが、乗っていた四人の誰もが、その命を失わずにすんだのは、何
かの意志が働いたのであろうか。
命は取り留めたと言っても、負傷の度合からすれば酷いものであった。運転
していた正一郎は、事故の後遺症で、目が見えなくなった。全盲である。濃い
サングラスを掛け、焦点の定まらない両目を隠すようになる。
助手席にいた秘書の太田黒は、炎の被害を最も受けた。顔一面に大火傷を負
い、足も引きずるようになった。火傷跡は、整形しても治せないほどであった
ため、太田黒はゴム製の仮面を着けるようになった。
正一郎の妻、聖は、他の三人と比べると、かなり軽傷ですんだ。右腕を骨折
し、首がむちうち気味になったものの、後遺症や傷跡が残るなどということは
なかった。
驕@後部座席で、母親に寄りかかって眠っていた有一は、不意の衝撃に、何の反
応もできぬまま、放り出されてしまった。両足の筋を切ったことと背骨を傷つ
けたこと、さらには事故のショックもあってか、有一は現在、車椅子での生活
を余儀なくされている。
この事故のため、後継者になるはずだった有一は、企業のトップとして手腕
を発揮するには、かなり難しい身体になってしまった。いや、それは努力でカ
バーできるはずなのだが、企業内の保守的かつ反社長派の者達が、対面として
まずい、等と言い出したのだ。全盲になり気が弱っていたせいか、正一郎もな
んとなく、その流れに従ってしまった。
さらに事故の一年後、悲劇があった。離れ小島に建てた別荘・無角館で隠居
に近い生活をしていた陣内家から、聖がいなくなってしまったのだ。崖から海
に落ちたような形跡はあったものの、遺体はあがらなかった。
ところが後継者問題に悩んでいた正一郎は、これを幸いにと思ったのか、新
たなる妻を迎えた。中島美々である。十六歳でデビューし、割に人気のあるア
イドル歌手だった彼女の転機は、十九の時にやって来た。ドラマにも進出する
ようになっていた彼女は、撮影中の事故で、耳が聞こえなくなってしまった。
歌手にとって、耳が聞こえなくなるというのは、致命的な事件である。しか
し、彼女の所属していたプロダクションは、彼女を手放すのが惜しかった。そ
こで考え付いたのが、光による音の提示である。ステージの前方に二オクター
ブ分の音が表現できるようにライトをいくつか取り付け、それを見ながら中島
は歌うのである。
元々、絶対音程のとれる彼女は、この方法を自分のものにすることができ、
またその人気も、一段と上がった。
身体的ハンディキャップを持った彼女が、企業のトップにある陣内正一郎と
知り合えたのは、ある意味では自然であった。身体障害者でありながら、努力
によって乗り越え、現在活躍している各界の有名人の集まりであった。お互い
にどんな思惑があったかは知れぬが、二人はその集まりをきっかけに、つき合
うようになって行ったらしい。
そして正一郎の妻である聖がいなくなった時、中島美々が後妻に入ったのは、
当然とみる訳知り顔の向きも多かった。ただ、後妻に入った後も、中島は歌手
生活を続けている。時々ではあるが、ステージに立つのだ。これには誰もが驚
いたことであろう。
その内、中島の従姉妹である浜村深百合という少女が、陣内家に加わった。
両親を早くに亡くした彼女を、中島が正一郎に頼み、養うことになった。正一
郎があっさり引き受けたのは、深百合が口を聞けないハンディキャップを背負
っていたこともその一因であろう。口が聞けなくなったのは、両親の死によっ
て引き起こされた、自閉症による精神的なものらしい。
ところで後継者問題であるが、ここにまた何かの意志が働いたのか、正一郎
と中島との間に、子供は生まれなかった。今さら子供を生んでも、正一郎が隠
退するまでに、成長しきれないとの判断の下、社内には、正一郎の弟、善二郎
を次期社長にとの声さえでてきていた。
元は父の会社に入り働いていたが、兄がトップになるとぷいと辞めてしまい、
今はカメラマンをしている善二郎は、遊び人である反面、仕事ぶりはなかなか
のものであった。血は争えぬということか。しかし、後継者になることについ
て、彼の態度ははっきりしない。少なくとも、カメラの仕事に執着があるよう
なのだ。
こうして後継者がはっきりと決まらぬまま、正一郎の頑張りもあって、表面
的には何の衝突もなく、陣内グループは現在に至っている。
「名探偵として、こんな招待を受けるなんて、考えもしなかったな」
我が友・地天馬鋭は、遠くの雲を見つめながら、何か思い起こすようにつぶ
やいた。今、我々は小型クルーザーの甲板の上だ。
「全くだね。世の中は広いものだ。名探偵に会いたい。ただそれだけの理由で、
依頼をして来るとは」
「相当のミステリーマニアのようですね、その何という名前だったかな?」
地天馬は、陰になっている場所で、椅子に腰掛けている男に聞いた。
「才野有一君のことですか? ええ、それはもう、大変、推理小説が好きなよ
うです。推理作家になるのが希望のようでもありますし」
そう答える男の顔には、ゴムマスクがあった。事故で大火傷を負い、その跡
を隠すためだと聞いている。暑さがきつい今頃は、別の意味でも大変だろう。
初対面の時にもらった名刺には、太田黒清尋とか書いてあった。
「親父さんの跡を継げば、簡単に生活が安定するのに、変わっているなあ」
私は正直なところを口にした。いくら車椅子での生活をしているとは言え、
才覚があれば、充分やって行けると思うのだ。
「金のためなら、自分の希望を曲げてでも、何でもするというのは、平凡な人
間の発想だな。単純なと言ってもいい」
地天馬がチクリと言う。私も負けない。
「そういう君も、たいして仕事をせずとも報酬が期待できるから、この依頼を
受けたのではないのか」
「違うよ。一言で言えば、好奇心ですませられるんだが、ちょっと違うかな。
何て言うか、ある種の予感だよ。事件が起こるような」
「名探偵の行くところに事件あり、ですか」
太田黒がよく響く声で言った。
「そんなところですかね。実際問題、事件が起こりそうな気配なんて、ありま
すか? 太田黒さんの目から見て」
「ない、と申し上げたいところですが、最近、先生のご気力が弱っているよう
で、どうも心配です」
「先生というのは、陣内正一郎氏のこと?」
「はい。どうも孤独癖が顕著になりまして、部屋に閉じ込もりがちです。黒い
猫を飼って、慰めにしている様子」
「孤独って、息子さんや奥さんなんかとは、うまく行ってないと?」
私が聞こうとすると、太田黒の代わりに地天馬が答えた。
「決まっているじゃないか。話によると、有一君は、今でも才野の姓を名乗っ
ているだろう。これは陣内正一郎氏が前妻たる才野聖をきれいに忘れているこ
とへの当てつけだぜ、きっと。中島現夫人は、子供ができないことへの苛立ち
だろうな。これでは陣内正一郎氏が孤立するのも無理はない」
「全くもって、その通りです。その上、今度の滞在では、弟の善二郎さんもや
って来られて、先生にとって一層、気の滅入る日が続くことになろうかと」
そう言う太田黒の仮面が、悲しみの表情のため、ゆがんだように見えた。
「あの、無角館が建っている島、何という名前なんですか」
私は話題を転じることにした。
「別荘の名前の通り、無角島です。いえ、島の名前からとって、お館の名前が
決まったのですが」
「何か由来でも?」
「詳しくは知らないんですが、大男の墓があって、骨が丸ごと見つかったんで
す。二メートル以上の巨人で、こいつは鬼の骨だと誰かが言い出した。でも、
その人骨の頭部には、角が見当たらなかったらしいんです。それでいつしか、
島のことを角無し島とか無角島とか呼ぶようになったそうです」
「面白いな。じゃあ、無角館自体は、それほど変わった建物じゃないんだ。例
えば四角とか三角とかは使ってないとか」
地天馬は乗り出すように聞く。
「そんなことはありませんが、初めてご覧になった方は、結構、驚かれますよ。
館そのものは、三階建ての西洋館ですが、そばに風車が一つと水車が一つ、あ
るんです。それに島を見渡すための展望塔もありますし。おまけに、昔は大き
な古井戸まであったんです。そいつはもう、二年ほど前に埋めちゃいましたが」
「何のために、そんな物を?」
「風車とか水車は、発電のためなんです。今は発電機を入れたので、ただの観
賞用と化してますがね。井戸は水車を回す川が昔は涸れ易くて、水不足になり
がちだったんです。今では、川の上流の地形を変える大規模な工事が行われて、
川が涸れることはまずなくなりましたから、井戸は埋めてあるのです。ああ、
言い忘れていました。もう一つ、館と展望塔の間に、蔵があるんです」
「蔵?」
「はい、館と同じくらいの高さがあり、先々代が島に館を建てられたときは、
蔵本来の機能を果たしていたそうですが、現在はこれも使われておりません。
ただ壊すとかえって費用がかかるので、そのままにしてあるのです。何かに利
用できないか、思案中です」
「そんな場所に、今日から一週間、滞在させてもらえる訳ですか」
私は少し不安になりつつ、そうつぶやいておいた。
「心配ですか? でも、退屈するようなことはないと思いますよ。推理作家の
野間双児さんもお見えになっていますから、話があうんじゃないかと」
「野間氏がねえ。お会いしたことはないけど、最先端のハイテクや難しい法医
学を駆使して、手堅い作品を書く人ですね、確か。ペンネーム通り、双子なの
かな、やっぱり」
私がいくらか興味を持って聞くと、太田黒は意外そうに答えた。
「おや、ご存じではありませんでしたか。ええ、一卵生双生児の、大変よく似
ていらっしゃるお二人です。確かそれぞれ、外科医と弁護士の資格を持ってい
らっしゃるはずです」
「どうりで」
私は、野間の作風に納得がいった。
「どうしてまた、野間氏が呼ばれているのですかね」
地天馬が質問する。
「陣内グループとは直接関係ありませんでしたが、有一君の推理マニアぶりに、
先生が根負けしたような形になったんです。それで有一君の好きな推理作家の
一人ということで、野間さんが招かれるようになったのです。今では、弁護士
の資格のあるの野間十和也さんなどは、先生お抱えの弁護士みたいにさえなっ
てますがね」
「というと、遺産問題なんかが起こった場合、十和也氏が処理に当たるのか」
「多分、そうなるでしょう」
太田黒が地天馬に答えたとき、前方に島影が見えた。どうやら無角島らしい。
「あれが無角島です。島の中心に建っていますのが、無角館です」
太田黒の解説を聞かずとも、島に建物は無角館以外にはないようである。船
が島に近付くにしたがって、その様子がはっきりとしだした。向かって左、正
確に方角を言えば島の東側から順に、展望塔、蔵、無角館本館、風車が並んで
いる。水車が見えないのは、一段低い所にあるのだろう。
「いかにも<何とか館>という雰囲気だ。これからあそこで一週間暮らす訳か。
虚実の皮膜を行き交うような、幻想的で楽しい生活ならば最高なのだがね」
地天馬がやたらと感嘆している内に、船は島に着岸した。私は急に嫌な予感
を覚えた。よく考えると、島に滞在するのは全部で十三名なのだ。
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