AWC 重要書類紛失事件      永山


        
#553/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 8/ 7   8:59  (200)
重要書類紛失事件      永山
★内容
 「いいか、絶対に入っちゃだめだぞ。」
 「・・・はい・・・。」
父・句原征爾の言葉に、一範はしぶしぶうなずいた。咽が痛くて、涙が出そう
だったが、それをぐっと我慢して、やっと出した言葉だった。
 征爾はある一流企業の重役クラスの社員で、常に忙しい身である。一範は一
人っ子で、まだ小さかった。故に、一範が父親に遊んでくれるようせがんでも、
忙しいからと、相手にされないことがほとんど、いや全部であった。
 それですねた一範は、よく父の書斎に入っていたずらをした。思い切り散ら
かしたり、物を隠したり、机に傷を付けたり、落書きしたり・・・。それに腹
を立てた征爾は、書斎に鍵を付け、いつも掛けるようにした。
 いたずらはできなくなった。

 「会社の機密、としておきましょう。」
句原征爾と名乗る依頼人が、考えた後で、こう言った。立派な髭を持ち、身体
が大きい。威厳のある人物であった。
 「まあ、いいでしょう。その書類を盗まれた訳ですね?」
地天馬は関心がなさそうに言った。地天馬にとって、句原のようなタイプの人
物は、はっきりと二つに分類される。好きか嫌いか、である。どうやら句原は、
嫌いの方に分類されたようだ。
 「その通り。一般の書類なら警察に任せるところだが、今度の件の書類は特
殊でね。警察の介入は受けたくないのだ。それで君の噂を聞いて、やって来た
のだ。もちろん、引き受けてくれるね。」
地天馬も口は悪いが、この句原も相当なものである。自分の地位をかさにきて
いるといった感じだ。私もこんなタイプは苦手である。
 が、ある意味で見ものでもあった。地天馬と、このようなアクの強い人物と
の「対決」は、一見の価値がある。
 「さあて、どうしますかね。」
地天馬がはぐらかしに出ると、依頼人は怒り出したようだ。顔色で分かる。こ
んなに簡単に感情を顔に出すとは、ちょっと意外な気もした。
 「何だって?」
 「引き受けてもいいんですがね、一つ条件があるんだなあ。」
 「何だ、それは。報酬なら相応の額を払うぞ。」
 「金? そんな物、どうでもいい。」
地天馬は無理をしている、と私は思った。
 「金じゃない? では何だ。早く言ってくれ。私は忙しい身で、時間がない
のだ。」
 「解決できたら、その書類の内容を見せてもらいたいね。」
 「ば、馬鹿なことを言うな! 他の事ならともかく、それだけは絶対にいか
ん!」
 「・・・他なら何でもいいのですね?」
 「? あ、ああ。いいだろう。」
句原は疑いながらも、地天馬の質問にうなずいた。
 「では、事件解決の暁には、何か一つ、要求します。要求の内容は、事件解
決まで待ってもらう。あっと、もちろん、その時になって、<書類の内容を知
りたい>等とは言わないから、安心しなさい。」
 「本当だな? だが、そこまで言うのであれば、解決できなかった場合、何
らかの賠償をできるか、おまえが?」
 「何でもしましょう。有り得ない話だしね。」
地天馬は自信満満である。大丈夫であろうか。
 「よし、その言葉を忘れるな。今日のところは忙しいので帰る。代わりに私
の部下が来て、事件の説明をするはずだ。三十分もすれば来るだろう。」
 「結構、どうぞ、お帰りはあちらで。」
地天馬の言葉に合わせ、私はさっと入口のドアを開けた。ドアボーイではない
のだが・・・。
 句原は苦々しい表情を浮かべながらも、おとなしく帰って行った。

 「失礼します。」
下で使われる者の習性か、やけに丁寧な言葉遣いで、若い男が入ってきた。
 「句原征爾取締役から話があったと思いますが・・・。」
 「聞いてますよ。」
私が言うと、その男は安心した顔になって、椅子に腰掛けた。
 「私、句原のつかいの者ですが・・・。」
 「余計な挨拶は結構。早く事件について、話してくれませんか。」
地天馬は早口に言った。事件に関わるとなると、時間を無駄にしたくない性格
なのだ。
 「事件は句原取締役のお宅で起こりました。」
 「あの、ちょっと。」
地天馬がいきなり、話をさえぎった。
 「なんでしょう。」
 「その、<取締役>っての、やめてくれませんか。あなたにはそうかもしれ
ないが、僕に取っては無意味な呼称に過ぎない。第一、事件の中では、あなた
にとっても無意味な呼称でしょうが。」
地天馬はからかうつもりか、変なことを要求した。
 「は、はあ。で、では・・・。事件が起きたその日、私達はくっ、句原の家
に集まったのです。私達と言うのは、私と句原、それに上条部長、中田部長補
佐の四人です。あ、あの、役職名を言っちゃってすみません。」
 「初めて出て来る人物には付けてくれるのがありがたい。いいから続けて。」
 「集まった目的は、今回盗まれた書類に関することで、ちょっと言えないの
ですが、まあ、会議の延長みたいなものです。ある程度話がまとまり、もう、
する事はなかったのですが、句原が飲もうとおっしゃってくださって・・・。
四人で飲み始めました。ウィスキーとかブランディがあったと思うのですが、
私、あまりお酒には詳しくないので分かりません。」
 「それは関係ないでしょう。で、その時、書類はどこに?」
 「句原とり・・・じゃなくて、句原が書斎にしまいに行かれました。ちゃん
と鍵も掛けたと言っています。それで飲み明かした翌日、句原が書類を取りに
部屋に入ってみると、なくなっていたんです。」
 「鍵は掛かったままだった?」
 「はい。私が確かめた訳ではありませんが、句原とり・・・、句原はそうお
っしゃっていますです。」
私は聞いていて、笑い転げたくなってきた。この部下、呼び捨てにする後ろめ
たさを、他の敬語で補おうとしている。何ともまた、それが滑稽であった。
 「部屋の窓なんかは、どうでしょうかね。」
 「えっと、部屋にはベランダに出るための大きな窓がありまして、その日は
蒸し暑かったので、網戸だけ閉めて、窓そのものは開けていたという事です。
でもですね、そこから賊が侵入したとは考えられないんです。何故ならそこは、
二階でしたから。」
 「梯子等を使えば、楽に届くでしょう。」
 「いえ、確かにそうですが、句原の家の庭は、あの日、前日の雨を吸って湿
っておりましたので、梯子を使えば跡が残るはずです。跡を消したような細工
も見あたりませんでした。」
 「投げ縄を使うとか・・・。」
 「そういうのも考えましたが、無理だと思います。何にせよ、足跡が付くは
ずですから。」
 「隣の家の屋根から飛び移るとか・・・。」
 「あ、事件のあった家は、野中の一軒屋と言ってもいい所でして、隣近所に
家等はないんです。大きな木とかもありません。」
 「ふむ。一応、密室状態だった訳ですか。」
 「そう、それですよ!」
やけに興奮した様子で、使いの男は言った。
 「で、解決できますか?」
 「・・・雨樋があるのではないですか、その書斎の窓の近くに。」
 「はい、あります。あの、もしかして、その雨樋を伝って賊が侵入したとお
考えでしょうか?」
 「可能性はあるでしょう。」
 「それなら、その可能性は考えないでください。問題の雨樋は、セルロイド
か何かでできていて、簡単なネジで取締役のお宅の軒に取り付けてあるだけな
んです。賊がしがみついたら、簡単にはがれてしまいます。相当、古い物です
し。」
 「それは確認したのですかな?」
 「はい。我々で実験したのですが、危うく怪我をするところでした。もし、
成功したとしても、庭に降りることになりますから、足跡が残るはずです。」
 「なかなか面白い状況だ。事件当夜、その家にいたのはあなた達四人だけで
すか?」
 「そうですが・・・。」
 「本当に? あなたの上役の家族はどうでした?」
 「あ、句原取締役の御夫人と御子息もいました。あ、また言ってしまった。」
頭を掻く部下だったが、地天馬は既に、気にしていないようだった。
 「そうでしょう。犯人は、家の中にいた人に絞られるんだ。」
 「な、何ですって?」
 「そのままの意味しかありませんよ。家の中にいた誰かが犯人だって。」
 「わ、私は知りませんよ。他の三人とずっと一緒にいたのです!」
 「何もそんな事、言っていませんよ。それで、そのアリバイは確かですか。
四人で一緒にいたというのは。」
 「あ、はいはい。間違いありません。酒に酔ったと言っても、上役のお宅で
す。泥酔した訳ではないので、意識もはっきりしておりました。」
 「それはよかった。これで犯人は、奥さんか子供さんに絞れる訳だ。句原が
あなた達部下を試すためにやったという可能性もなきにしもあらずでしょうが、
それならば、ここまで大げさにする必要もない。」
 「なんていうことを。では、本当に、夫人かお子さんのどちらかが犯人で?」
 「まず、間違いありません。ぜひ、その家に出向いて謎解きしたいですね。」
地天馬は事件を解き終わったようだった。

 句原の家は、正しく野中の一軒屋であった。訪ねた日、もちろん、句原征爾
はいなくて、夫人と子供がいただけだった。話は通じているはずだが、念のた
め、例の部下が付いてきた。
 「一範君は、君か?」
 「・・・そうだよ。おじさん、誰? お父さんの友達?」
 「違うけど、似たようなものだ。で、早速聞くけど、君のお父さんの部屋か
ら持ち出して、隠した物を出してくれないか?」
 「・・・。」
一範は黙りこくってしまった。代わりに、部下が叫んだ。
 「え? 一範君が盗んだ?」
それには答えず、地天馬はすぐに言葉を継ぎ足す。
 「どうなのかな? 君じゃないの?」
 「知らないよっ!そんな書類なんて・・・。」
 「書類? そう、書類ね。」
 「あ・・・。」
一範は口を押さえたが、顔を見れば白状したも同然だった。
 「どうして分かったの? あの部屋には鍵が掛かっていたんだよ。」
 「君、下の部屋から外に出、雨樋を伝って上に登ったんだろう。子供の体重
なら雨樋が壊れることもない。幸い、窓が開いていたので中に入り、お父さん
の机の上にあった書類を持ち出した。」
 「そうだよ。」
 「どうしてこんな事を・・・。と、聞くのも無駄か。だいたい想像はつくよ。
お父さんに、遊んでもらえないからだろう。」
 「・・・そうだよ。」
 「お父さんが遊んでくれるようになったら、二度としないかい?」
 「もちろんだよ!」
 「ようし。僕がお父さんに言ってやる。君は言った事は守るんだぞ。」
 「うん!」
それから地天馬は、部下の方に向き直って、鋭い語調で言った。
 「君ね、素直なのも出世に必要だろうけど、子供に対して<盗んだ>等と露
骨な言い方をしない方がもっと出世するよ、きっと。」
 「・・・はあ。」

 「いやあ、よく見つけてくれた。どうやって見つけたんだ?」
句原が言った。ここは探偵事務所で、句原は事件の顛末をまだ知らないのだ。
 「それは企業秘密でしてね。あなたなら分かるでしょう。」
 「・・・よし、聞くまい。で、君の望みはなんだ?」
 「まずは基本料金。これだけは頂かないとね。」
地天馬は、明細書をテーブルの上に滑らせた。
 「何だ、この程度か。それで、君の要求は?」
 「お子さんと遊んであげなさい。それだけです。」
 「な、何だって? 他人の家庭事情に介入するのか、この探偵社では?」
 「どうとでもお取りくださって結構。でも、僕の要求は絶対に聞いてもらお
う。もし受け入れられない場合、ある手を打つことになりますが・・・。」
地天馬は、これ以上ないという目で、依頼人をにらんだ。すっ、鋭い。
 「・・・わ、分かった。最大限、努力をしよう。それだけでいいんだな?」
句原は今にも後ずさりしそうだった。そんな依頼人を無視するかのように横を
向いた地天馬は、ゆっくりと言った。
 「ああ。さ、早く帰ってくれ。もうあんたとは関係ない。それと忠告してお
くが、僕の直感的占いが、約束が守られていない場合、あなたの身の上に不幸
が起きると告げている。それをお忘れなく。」
もうそれには答えず、句原はあたふたと逃げ出すように、飛び出して行った。
 「地天馬、君にしては珍しいじゃないか。君が、子供にあんなに優しいとは
知らなかった。」
 「そりゃね、たまにはイイ事をしないとね。」
そうしていたずらっぽく笑う地天馬であった。

−この章終わり−




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