AWC 【“最愛”は我身に……】《1》L92 ひすい岳舟


        
#1407/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  89/ 2/ 5   8:50  ( 92)
【“最愛”は我身に……】《1》L92  ひすい岳舟
★内容


                              『“最愛”は私に……』
                    Author:Gakusyuu  Hisui
          「うん、新境地といったところかな。まだまだ、書けそうな気分よ」
                                    1989



  青年期の男というものはチャレンジ精神に溢れている。それが羨ましいときもあるし
鼻について嫌な時もある。この世にあるものは全て両刃の剣なのだから仕方がない。そ
の特徴を認めてやることが倫理的にいえば望ましいのであろうが、なかなかそれも難し
い。子供と大人の境界線は大人にとって子供が理解出来なくなるときであり、子供にと
って大人が理解出来ないという最後の瞬間である。どちらか一方だけの時間帯は境界線
とはいえない、あいまいな時間なのである。
  人それぞれそのあいまい期には賭けるものがあったが、ここに登場する彼ら2人は山
にその場を求めていた。彼らはそれぞれ中学・高校と山岳部に所属し百戦錬磨のヤマヤ
だ。双方とも平均身長を秀でていて、がっしりした感じである。髪を7:3に分けてい
る方が僅かばかり低かったが、さほどの差はない。スポーツ刈りの男の方が筋肉質とい
う感じがある。現在彼らは浪人中であったが、くさくさした生活から逃れ出ようという
ことからこの10日間山脈縦走の旅に出たのだ。
  彼らが賭けたと思われた受験が幻であったことは、彼ら自身うすうす勘づいていた。
1年ぶりに登山をすることによってそれはいよいよをもって確信へと変わっていった。
大学に落ちた言い訳かもしれなかった。しかしながら、なんの邪心なくそう感じたこと
は事実だった。その証拠に、彼らの瞳はここ1年間見られなかった輝きがらんらんと燈
っていた。きっとこの山行きが彼らの人生を大きく変えることだろう。

  旅も終わりに近付いてきた。流石に10日間ともなると物理的にも精神的にも凄いエ
ネルギーが必要だった。ことに気力。ザックの限界ぎりぎりにパッキングされた荷は容
赦なく肩に食い込み、1年間運動を怠けていたため筋肉がきしむ。荷によって後方に引
かれきった胸では肺がキリリッと悲鳴を上げている。こんな中、尾根を目差すのだ。山
は稜線に出てしまえばある程度楽になるのだが、それまでのグネグネと折りまがった道
が、体が慣れないせいもあってきつく感じられる。もっとも、直線の登山路なんてあっ
らそれこそきつくって登れたもんじゃないが。
  彼らの縦走計画は初めは人のワンサと来る高山を通り、中間で山地の中のくぼみを通
りそこからマイナーコースに踏みいれるものだった。ピークハントもしたいし、人のい
ないところでの力だめしもしてみたい。欲張りといえば欲張りだった。が、興味のある
ことにネガティブでどうする。彼らがそういう計画をたてたのももっとな話なのだ。
  2日後に最終日を控えた彼らは今、最後のピークのツメにかかっているところだった
それはまで樹林帯だった山々から秀でたそのガレ山の向こう側には小さな非難小屋があ
るはずだった。このコースは人が入っていないためにもしかすると荒れてしまっている
かも知れなかったが。
  足下の石をガラガラ言わせながら彼らは体を持ち上げていった。道の脇にはハイ松が
苦しげに地面に張っている。苦しい思いをして高地に憧れるのは煙や登山者だけじゃな
さそうだ、彼らは笑った。ズイーッと時々吹き抜ける風が、夏の日差しによって熱を持
った彼らを冷やす。真に快い。汗がツルゥと顎から垂れ、それが登山靴に当たって飛び
散る。黒々と日焼けした彼らの体にはそうやって落ちようと、幾千もの水滴が次々と噴
き出していた。
  稜線のテーブル上になったところで昼食をとることにした。風はここで吹き上がって
反対側へと落下してゆくので凄い勢いである。凄いのは風の勢いだけでなく、眺めもだ
った。360度大パノラマに展開する風景は青い空と地平まで続く山々だけだった。こ
この眺めには人工物はひとつとして有り得なかった。小屋や山荘はちょうど隠れてしま
っていたし、ここには人間が滅多に入ってきていなかったからだ。
  30分程して出発する。まもなく急勾配の登りが一直線にあり、それをのり越えると
ピークだった。そこで頂上の石を広いながら見下ろす。そこには先程登ってきた道がこ
の世のものと思えないような視像で走っていた。角度は30度ということだったが、60度といっても彼らは納得しただろう。それからは下り一方だった。ハイ松の間を鹿のよ
うにピョンピョン跳ねながら下ってゆく。今日は珍しく、日が高いうちに付きそうだっ
た。事実、1時間後には非難小屋の赤い屋根を木々のあいまから発見していた。が、そ
れからが長く感じられた。樹林帯に突入すると道はピークの横っ腹を回るようにして小
屋に向かっていた為、近付けば近付くほど視野から消える、ということになったのだ。
さしてガックリするものほどのことではないのだが、以外にも彼らの心理に作用してい
た。もっとも、それを補うかのように、ピークを廻り込むと小屋が待ってましたよ!と
ばかりに大きな姿をやって来た登山者の前にさらけ出す。感動的であり、なにやらこれ
を配置した県の管理局の意図するところではないか、とまで疑いたくもなる演出である。  小屋は横に平べったい小さなものだった。脇を登山路が貫いていて、周囲にはこれを
建てるときに伐採した木が積まれていた。日は山の影で屋根の一部しか当たっていなか
った。頼りなげな外壁は皮が剥がれきっていて周囲に散乱している。トイレはその脇に
あったが、あまり利用したくないような代物だ。
  うすっぺらいトタンの戸をわなわなうならせて開け中に入ると、真っ暗で何もみえや
しない。しかし彼らの瞳孔が外の爆発的な夏の日差しからこの涼しげな空間になれてく
ると次第に様子が窺えるようになった。小屋の入ったすぐが小さい土間で、10畳程度
の板の間があった。窓は使いものにならないために封鎖されていた。その代わり、壁の
穴がさながらプラネタリウムの星のように外光をさしこまさせていた。板の間には赤い
ザックと青いザックが並んで置かれており、寝袋がそれに沿って1つあった。
  どうやら、先客さんらしいぞ。
  こんなルート知っているなんてツウかな。
  彼らはそう言って笑ったが、思えば当然である。日本全国にすれば彼らと同じような
考えのヤマヤが至って別に可笑しくない。だからこそ、道が消えないで存在しているの
だから。山道の中では開拓されたはいいが、通る人がいないために元の野に戻るものだ
ってあるのだ。そういう点で道は生きている、と言える。
  彼らは愛用のザックを板の間に降ろすと、靴紐を弛め足をもみ解した。ザックの横に
ストラップで止めてあったビーチサンダルを代わりにつっかけると、再び外へ出る。夏
の日を浴びて木々が本当に嬉しそうだ。彼らはこもれ火をまぶしそうに見上げた。
  地図には登山路から別れ出た細道を下ること10程のところに水場があると書いてあ
ったが、事実白い糸のようなものが走っているのを彼らは見ることが出来た。今、そこ
を白いTシャツを来て灰色のニッカズボンを履いたどうやら女らしい人間が上がってき
ていた。多分、あのザックの持主だろう。ここからはよく見えないが、手に持っている
のはポリタンクかそれに相当する物だろう。しかし、もう一つのザックの持主は見えな
かった。

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