AWC 仮タイトル PAPER LOVER (6)   NINO


        
#1394/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE     )  89/ 1/28  23: 5  (154)
仮タイトル PAPER LOVER (6)   NINO
★内容


       坂上は邸宅の最上階で、野島の秘書だったカオリを十字に縛りつけて微小
      手術用のメスを当てていた。彼女の首筋に、埋め込み端子の上に。アンドロ
      イドであるカオリの感覚遮蔽の機能を停止させるためだった。いや、アンディ
      に苦痛を、限界なしの苦痛を味あわせる為だった。
      「やめてください。お願いです」
       時折弾け飛ぶ火花があがる度、カオリは叫ぶ。
      「まさかアンディーが社に対しての裏切るとはな」
       信彦の表情は口にした言葉とは別で、明日の遠足を楽しみに待つ子供のよ
      うだった。彼の頭の中では、処刑の手順を模索し、組み立てていた。
       部屋は壁から天井から全て無色のプラスティックで、星々と谷の景色が映っ
      ている。幼い頃、彼はよくこの部屋に来たものだった。父が叱りつけた時も、
      母が死んだときも、必ずこの部屋に来て、虫けらや小動物など、生き物とい
      う生き物を殺したのだ。それは信彦の唯一の捌け口であった。だが彼は成人
      し、大学を卒業し、社のポストを順に昇ったとき、その衝動は消えていった。
      そして、信彦の秘書にアンドロイドが付いた時、再びその残虐な儀式を再開
      していたのだ。
       その処刑に掛けられたアンドロイドの名はナオミといったが、アキコやカ
      オリと違いそれは特種ではなかった。確かに外観は人間と寸分違わず、振る
      舞いも、会話能力も優れていたが、それは生きていなかった。生き物だと思っ
      てそのアンディーを処刑したのだが、その時初めて、信彦はその儀式から快
      感を得られないかったのだ。その事から、処刑に掛かるものは生き物ではな
      ければいけないと、信彦は知った。こころや魂と言った類の「「なにか生へ
      の執着心があるものでないと。
       だから、特種であるカオリというアンドロイド「「いや名前などアンディ-
      にとっては重要でない「「を処刑に掛けることはカエルやネコを殺した時以
      上に、ナオミを殺した時以上の、違った何かを期待していたのだ。
      「なにしろ、人間を愛してしまうほどのアンドロイドだからな」
       信彦は呟くように言った。
      「違います、私が愛したのは……」
       悲しげな顔だった。だが、カオリには涙が出てこなかった。
      「違う?……何が違う。それなら、愛したのは何だ。金か? アンディーが
      金を欲しがるのか」
      「お金じゃありません」
      「じゃあ、会社を裏切る理由は何だ。社を裏切ってまで欲しかったものはな
      んなのだ。アンドロイドの分際で……」
      「私は人間の愛が知りたかっただけです」
       信彦はメスを握る手を止めた。
      「アンディーに分るものか」
      「だから知りたかったのです」
      「まあいい。もうすぐフィナーレだ。見てみろ」
       邸内のモニターに二つの影が映し出され、信彦はそう呟いた。
      「アキコが来たのね」
      「お前がくだらん記憶を流したせいでな、アキコまで私に逆らうようになっ
      たのだ。アキコもお前と同じように破壊してやる。お前の目の前でな」
      「違うの。記憶は共有しても、彼女と私は別なのよ。助けてあげて……」
       ゼリー状の潤滑剤が口から垂れていて、カオリの発音は不明瞭だった。信
      彦は再びカオリに向き直り、言った。
      「私に逆らった今ではそんなことはどうでもいい事だ。社の経営に関する記
      憶だけが連関していれば、別にアキコを見逃してやってもよかったのだがな」
       カオリは力が抜けたように頭を垂らした。信彦はモニター装置で指示する。
      「私の部屋に誘導しろ。だが、殺すなよ」
       言い終わると信彦は不気味な笑みを浮かべた。
      「処分はここで止めておこう。お前が破壊される時の、アキコの反応も見た
      いからな。共感して卒倒するだろうな。その後で、アキコもお前と同様に破
      壊してやる……いや、あの男を殺してからにしよう。それまでは、お前の愛
      した田中直樹とか言う奴が死んでいく場面をここで見せてやる。気が狂い、
      自分の目を抉り出し、爆破した男の映像をな」
      「直樹を、直樹まで殺したのね……」
      「慌てるな、今からじっくりと見せてやる」
       信彦がパチンと指をならすと、直樹に仕掛けられた埋め込みが送り込んだ
      映像が、ホロ投写機から描き出された。
       藤原の相談室、直樹が自分で抉り出した目の様子、藤原に向けられる銃口、
      そしてその腕を抑えようとする直樹の手。藤原の脅えた姿が震えながら映し
      出され、首を振り目を伏せ拒絶するような仕草を見せる。しかし彼は次第に
      腕を上げて、こっちに狙いを定めた。鮮血が跳ね回り、ノイズのちらつきと
      風景の回るような映像から、激しい衝撃があったことがわかる。藤原は部屋
      を出ていく。
       カオリは目を開けていられなかった。
      「良く見るんだ」
      「いたい」
       胸の辺りが奇妙に膨らんだ。そして一瞬の光と共に画面は乱れたままにな
      り、映像は終了した。
      「直樹……」
       カオリが人間だったとしたらその頬を伝うものを涙と間違えたかもしれな
      いが、それは溶けた潤滑剤だった。


       扉の先にある建物は、時代を超越した雰囲気をもっていた。巨大な西洋の
      城のようでもあり、また、日本の城のようでもあった。上部にはクリスタル
      のキューブが幾つも縺れるように組み合せてあり、公園によくあるジャング
      ル・ジムのようである。下部の素材は乳白色のブロック材でがっちりと座っ
      ている。建物自体が巨大な富の結晶なのだ。
       私は警備員がびっしりと配置され、扉が開いたとたん撃ち殺されるのでは
      ないかという疑惑は消え、その建物に見入っていた。
       アキコは素速く敷石を外れ、白石の前庭へと進んだ。私は彼女の後をもた
      もたと追った。所々に配置された岩と、綺麗に掃き揃えられた白石を乱すこ
      とがおしかったのだ。それほど、不思議な調和がとれている邸宅だった。
      「警備員はいないのかい」
      「いるわ。建物の中に大勢いるはず」
      「なぜ扉を開けさせたんだろうか」
      「分らないわ」
       身を屈め、岩の陰に隠れては止り、様子を伺っては次の岩に走る。
      「銃はどうしたの……銃を出して」
       言われた通りに銃を出した。そして弾倉を引き出し、残りの弾数を数える。
      一発、二発……、そして弾倉を戻し、安全装置を外す。
      「あそこのドアは私たち専用になってるの。それに……ロックされてないわ」
      「なぜそうと分る」
       それは見た限りでは普通の自動ドアだった。すこし建物の陰になって見つ
      けにくいのだが。
      「分るから、アンドロイド専用なのよ」
       アキコは分ったような、分らないようなことを言う。私はどうも腑に落ち
      なかった。
      「一気に抜けないと危険だわ。走るわよ」
      「いつでもどうぞ」
       アンディー用の通用口に通じる廊下は、想像より狭く、入り組んでいた。
      大きな屋敷にそぐわない、機能的で装飾もなにもない殺風景な通路なのだ。
      本来の客ではない私たちには通れる人数が限られるため、かえってその方が
      都合が良かった。
       青白の制服の警備員はのろまで、慎重すぎた。だが、私がここぞと思って
      撃つ弾は全くあたらない。それに奴らは重装備なのだろうから、当たったと
      してもショックを与えるに過ぎないのだろう。それでも私は撃ち続けた。無
      駄だと分っていても撃たなければこっちが死んではなにもならない。
       アキコと私は先になり後になりしながら、懸命に走った。邸内を知りつく
      したアキコでさえ、坂上がどの部屋でカオリを処分しているのか見当さえつ
      かないと言う。ましてや私には判断できる分けもなかった。だから、警備員
      に追われるままに階段を昇り、角を曲がり、明かりのない走り抜けた。
       詰め込んだ弾丸を撃ちつくした時、私はアキコに訊いた。
      「なんで俺のような役たたずを連れてきたんだい」
       なんて正直なんだろう、そしてなんて馬鹿げた質問をしたのだろう、私は
      恥かしかった。
      「私たちには人を傷つけてまで目的を遂げることができないから」
       私には、その言葉が返ってくるのは分っていた。
      「でも……そういう人間だっているんだ」
      「恋人を助ける為であっても?」
      「そうさ」
       カートリッジを取り替える手を止め、そう答えた。なぜそんな事を持ち出
      すのか。このアキコというアンディーもカオリと同様に人間に近付いてしまっ
      ているのか。
      「違うわ、そんな筈がない」
      「君は人間を誤解している」
      「じゃあ、あなたがカオリに対して抱いていたのは愛じゃないのね」
       他人の事をまるで自分の事のように話すこの女「「アンドロイドは一体な
      んなのだ。
      「……違う、愛していた」
       私の素直な一言だった、カオリを目の前にしては言えなかった言葉だ。
      「それならば助けて欲しいの、『私を助けて』」
       奇妙な事を言うな……
      「『私を』って一体どういう意味だ」
       アキコは答えかけたが、跳弾が床に光ったので会話はとぎれた。私たちは
      再び変則的なリズムの中に引き戻された。撃ち返し、隠れ、撃ち返し、様子
      を伺い、走る。走り、昇り、曲がり、待つ。全てが規則的な周期を保ってい
      るようだ。
       私たちはそれらを繰り返し繰り返し、目が回るような回廊を走り続ける。
      弾が底をつき、目の前に残された道がなくなった時、私は坂上の意図に初め
      て気が付いた。奴は我々を誘導していたのだ。警備員が間抜けに思えるのも
      むりはない。
       通路の先にはタマゴ型をしたドアの縁しか見えなかった。ドアであること
      が分るのは、徐々にそこから洩れる光が広がったからだ。
       今や半開きになった入口の先にいる人物の姿は、はっきりと識別できた。







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