#1177/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XKG ) 88/10/ 9 13:56 ( 74)
K&D>「グリーングリーン」 クエスト
★内容
「ひえー、遅刻、遅刻!」
俺はいつものようにぎりぎりまで惰眠を貪ったあげく、洗顔もそこそこに1DKの賃
貸マンションを飛び出し駅へ急ごうとした。
「なぬ!」
俺は思わず目を剥いた。そこら中巨大な植物が生えている!
アスファルトを突き破り、ビルを抱くようにそれらは天空へ向かい、優に20メート
ルは超す大きさ。でかい葉っぱが風にそよいでざわざわと音を立て、こうして見ている
間にもどうやら少しずつ成長しているようだ。
俺が惚けたようにその光景を見ていると、俺を呼ぶ声がした。
「米沢さーーん」
声のする方を見ると、会社で同じ部に勤めている萩尾純子が挨拶をした。
彼女とは住所が近くで普段でも駅で出くわしたりするのだが、顔見知り程度の間柄な
ので挨拶もろくにしていなかった。本当は挨拶したり一緒に話たりしながら通勤したか
ったのだが、妙に意識してしまって。俺は彼女のことが好きだったのだ。
「いやー、これは大変なことになりましたね。取り敢えずどうしたものでしょうか。ほ
ら、線路も植物で覆われていて電車も通れませんよ」
彼女に声をかけられた嬉しさで、俺は近づいてきた彼女に愛想よく話かけた。
彼女も途方に暮れていて、いつになく俺を頼りにしている素振りである。
俺達はともかく近くの喫茶店へ入って、会社に電話をした。しかし、会社には話中で
つながらない。仕方なく俺達はコーヒーを頼みTVのニュースを見た。
TVによると、この植物は東京を始め日本中の大都市に一夜にして生えたそうで、交
通網は全て不通になってしまったらしい。
政府は緊急対策本部を設置して、巨大植物の急激な出現の原因及び撲滅方法を探ると
のことである。しかし、こういきなり状況が変化してはとてもじゃないがお役所にうま
い対応は期待できないだろう。
俺達は会社を休むことにして、二人で巨大植物を見物して歩くことにした。
街は俺達のような連中で結構賑わっていて、何となくのんびりとした雰囲気である。
巨大植物はどうやら成長を終えたらしく日差しを受けて静かにそよいでいる。
俺達は直径2メートルはあろうかという幹の回りをぐるぐる回ったり、隠れんぼをし
たりして遊んだ。なんだかとっても自由になったような気がする。時間に追われ書類の
山と格闘する普段の生活が本当に馬鹿みたいに思えてくる。
「何だかおとぎ話みたいね」遊び疲れてハアハア息を切らせながら萩尾さんが言った。
植物が分泌する爽やかな芳香の中、木漏れ日が彼女をくっきりと浮き立たせ、俺は
「本当にこれは童話の森の精だな」と思ったりする。
「そうですね。でも、たまにはこんな事があってもいいような気がするなー。植物に誰
か殺されたりした訳じゃないし。何かこう、毎日慌ただしく過ごしている間にし損なっ
ていることなんか思い出したりして...」俺は意味深に彼女を見つめた。
そっと彼女に近づき、キュッと締まった柔らかそうな唇にキスしようと...
ドスン
「きやー!」純子が俺に抱きついた。何かが俺達をかすめて地面にぶつかったのだ。
100キロはあろうかという巨大植物の実だった。実は次から次へ爆弾のように降り
注いでくる。俺達は必死に逃げ惑い、かろうじて俺のマンションに転がり込んだ。
ドッスーン、ドドドという音と地響きの中で彼女はひしと俺にしがみつく。
俺は以前から君のことが好きだったと囁きながら彼女に接吻しそして...
政府は巨大植物撲滅のため、農薬の散布を始めあらゆる方法を試みたが全て失敗に終
わった。日本の大都市部は完全に機能が麻痺してしまったが、巨大植物の実は食用とな
り、しかもとても美味しかったので、大きな混乱は起きなかった。
どうも巨大植物は酸性の土壌と都会の汚れた空気を好み、それらを浄化する機能があ
るようだった。東京を始め大都市は必然的に解体し、人々は日本中にまんべんなく分散
して暮らすことになった。大都市の地価はガタ落ちとなり、日本は却って暮らしやすく
なってしまった。巨大植物を神の使いとして崇拝する人々も出る始末である。
しかし、俺が巨大植物に感謝する理由はそんなことじゃなく、植物が俺と純子の仲を
取り持ってくれたことである。今では彼女は俺の妻となって、毎日やさしく送り迎えし
てくれている。子供も二人できた。
俺はその子達に「緑」と「大樹」という名前をつけて可愛がっている。
二人はすくすくと育ち...しかし、どうもこの子達の成長が普通よりも早いような
気がする。どうやら、例の植物の実を俺達が食べ続けていたせいのようだ。
表向きは有害性について研究発表があるまで食べてはいけないということになってい
たが、生協も閉まっていたし、皆食べていたし...
ドスドスドスドス
子供達が帰ってきた。巨大植物に登って遊び、その実を食べてきたのだろう。
今では身長は3メートルを超している。
俺と女房は顔を見合わせると、自分達のやったことに少し後ろめたさを感じながらに
っこりと子供達に向かって微笑んだ。
Fin.