#1144/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 88/ 9/19 20:28 (101)
『Z−NETは秋の空』(2)旅烏
★内容
「美紀が可愛くて可憐ねぇ...」
田辺京子の視線は杉浦美紀の頭の先からつま先まで、素早く一往復した・・・
杉浦美紀は口をとがらせて「何か文句あんの?」
やっと暮れ掛かった西空の夕焼けを見ながら、薄い鞄をブラブラさせて、二人の
可憐な?女子高生は家路に着いた。
そのころホテルの一室では、浅野雪子の夫で浅野健三という痩せて顔色の青白い横柄な
男と冬野所長が相対している...
「俺は、私立探偵なんかに守って貰う必要はねぇぞ」
浅野健三は態度も横柄だが見た感じもヤクザじみていて、美人で評判だった雪子が、
なぜこんな男と結婚したのか、誠に不思議な事である。
ルポライターとの触れ込みだが、実際はスキャンダルを食い物にする悪質なマスコミ
ゴロであることは雪子の話の端々から感じとっていた...
「そんな事言って..脅迫電話の通りに殺されたらどうするんですか?」
「うるせぇ!脅迫が恐くて記事が書けるか!」
ホテルの室内は、非常に狭くてベッドの他にはドアで仕切られたバスルームと2畳ほど
の通路しか無い。
この事が後になって大きな鍵になるのだが、今の冬野所長には分かる由も無かった..
部屋の入口は鉄製のドアで、覗き孔も無い頑丈な造りになっており、ドアチェーンも
実にしっかりした物が取り付けられて、窓はベッドの頭の上に半間の窓が有る。
そして、窓の外はバルコニーも無く、飛び降りれば大怪我するか、死ぬ事は間違いなさ
そうだ..なにしろここは地上6階なのだから。
「分かったよ、俺だってコロシみたいな危ない事件に首を突っ込みたく無いからな..
十分注意して長生きしてくれ」
諦めたように立ち上がると、冬野所長は部屋の中を見回した。
狭い部屋の造り付けのテーブルの上には、小型のワープロが置いて有る。
冬野所長は(さすがにマスコミゴロでも、ジャーナリストの端くれだなぁ..)と妙な
感心をしたのだが、後で、このワープロも多少の意味を持つ事になる...
息詰まりそうな狭い部屋から廊下に出て、送りに出てきた雪子に質問した。
「殺しの予告電話は、どんな事を言ったのか聞かせて欲しいんだけど」
「ええ...なにかしゃがれた声で、お前の亭主を一週間以内に殺してやる!と言って
電話が切れたのよ」
「聞き覚えは無かった?」
「そう言われれば、どこかで聞いたような気もするわ..思い出せないけど」
「電話を取ったとき、他に何か言われなかった?」
「電話が鳴ったので受話器を取ると、いきなり男の声で脅迫されたの、他には何も
言われなかったわ」
小首を傾げた雪子の愁い顔は、また一段と美しい。
「うむ、分かった..また何か有ったら電話して来ればいいさ」
「ええ、今日は本当に有難う...同級生の貴方が今では探偵だなんてね...
しばらく夫とここに泊まっているから、またクラスの人と会いましょう」
雪子はにっこりと微笑んだ。
昨夜、東京の自宅に掛かってきた脅迫電話に驚いて、取るものも取りあえず浅野健三の
仕事先である岡崎に車で飛んで来た雪子だった...
きっと夫婦仲も良いのだろう。
他人には、あのような不愉快な男だが、夫婦間の事は他人には分からないと言うし..
そのままホテルのロビーから出て行こうとする冬野所長に雪子が声を掛けた。
「あの..今日の相談料金は..?」
「俺は、同級生からタクシー代まで取るほど金に困っちゃいないよ..」
昔の日活映画のヒーローのようにイイカッコしてホテルから出ると、雪子の目の前で
冬野所長はタクシーに乗り込んだ...
走りだしたタクシーが道の角を曲がると、何を思ったのか冬野所長は運転手に
「運ちゃん、そのへんでいいよ..止めてくれ」と声を掛けた。
「え、お客さん..50mと走っちゃいないですよ?」
「だから料金は半額にしてくれよ..ほとんど乗ってないから、いいだろ?」
「旦那、冗談は止めてくださいよ..メーター倒しちゃったんですよ」
「そこをなんとか、会社には間違えて倒したとかごまかして..な?いいだろ?
領収書要らないから..頼むよ」
冬野所長のサイフにはわずかに500円玉一個しか残っていない...ホテルの喫茶店
で、いいカッコして雪子のコーヒー代も持ったのがいけなかったのである。
いやがる運転手を拝み倒して、まさに土下座寸前の醜態を演じながらも、ほうほうの程
でタクシーから降りて、くしゃくしゃのハンカチで冷汗を拭いた...
「50m走って半額も貰えりゃオンの字じゃないか...ケチなタクシーだ..」
自分のケチを棚に上げて、タクシーの運転手に当たりながら近くのビルを見上げた。
大都会から見れば田舎であるが、岡崎の駅前にもネオンがまたたいている...
こんな時はビヤホールで大ジョッキをグイッとやるのが最高なのだが、冬野所長の
経済環境がそれを許す筈はない。
名鉄バスに乗って事務所に帰ると時間は夜の7時になっていて、玉井和子が帰り支度
を整えて待っていた。