#1064/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HWA ) 88/ 6/29 15:14 ( 78)
黄色い傘の女の子 その2
★内容
----------------その1からのつづき
「どうも、届けて下さってありがとう。きっとあの子も喜ぶと思うよ」
「いえ、そんなことはどうでもいいんですが。彼女が・・・・」
老婆は、僕をやさしく制した。
「あの子のことはもういいんじゃ」
「もういいって・・・彼女、本当に悲しそうでしたよ。見ている僕の方が辛
いくらい」
「あなた、やさしい人なんだねぇ。でも、本当にあの子の事は心配せんでい
いんだよ」
「どうもよく分かりません。いつものことなんですか?説明して下さい」
興奮している僕に、なだめるようにゆっくりとうなずいて見せると、老婆は
空を見上げながら言った。
「あの子は、もうこの世の人ではないんじゃ」
僕はしばらくの間、なにも言うことができなかった。この世の人ではないだ
と?では、僕が先程まで見ていた、いや、今までも毎日見てきたあの子は一
体何だったのだろうか。幽霊だったのか。
「あれはもうどの位前になるかねぇ。毎日、毎日、それこそ雨だろうが雪だ
ろうが、遠い国に残してきた好きな人に電話するのが、あの子の日課のよ
うなものでねぇ」
「・・・・・・・・」
「あの日もちょうどこんな感じの天気でねぇ。かわいそうに、電話をしにい
く途中、車にはねられて。それを知った国の人も後を追ったそうじゃ。本
当に・・・・まだ若い二人だったんじゃがのぉ」
そんな・・・・・・そんな馬鹿な。いくらなんでも彼女が・・・・・・・・
信じられない。何てことだ。あの、毎日楽しそうに話していた彼女が・・・
毎日通る道の一つの景色として存在していた彼女が、まさか。
老婆に挨拶をし、孤児院を出た僕は、暗く、沈んだ足どりで帰途についた。
まだ信じられなかった。あんなに鮮明に、あんなにくっきりと僕の目に残っ
ていた彼女がこの世に存在していなかったなんて。それに、今日は彼女が持
っていた傘を実際に持ったのだ。実在する傘を。実在しない人間が、実在す
る傘を持つことなんてできるのだろうか。分からない。頭がおかしくなりそ
うだった。
と、僕は足をとめた。
例の電話だ。
彼女が毎日電話をかけていた、それこそ彼女のためにあったような、彼女と
ならその景色に溶け込めたという、黄色い電話。
彼女は毎日、愛する、いや、愛していた人に思いを込めて、ダイヤルしてい
たのである。ずっと毎日。
僕はその電話に近づき、ポケットから10円を取り出すと投入口に入れた。
そして、彼女が毎日ダイヤルしていた番号を押す。
『・・・・・・・・あなたが、おかけになった電話番号は、現在使われてお
りません。もう一度・・・・・』
「おい。こら。だめじゃないか。あんなにもあんたを愛していた彼女を泣か
せるなんて。ひどいじゃないか。なんなら、この俺が奪っちゃうぞ。もっ
と大事にしろよな。分かったか」
僕はそう一方的に言うと受話器を置いた。
馬鹿なことをしたもんだと、自分がおかしくなった。おかしくなったが、ど
ういう訳だか悲しかった。とても、悲しかった。僕は電話から離れると、そ
の彼女が毎日かけていた電話に向かって両手を合わせた。なぜだか分からな
いが、とめどもなく涙が出てきた。情けない位、顔をくしゃくしゃにして。
梅雨の空からまた一つ、あたたかい雨滴が肩に落ちた。
DUMBO OZAKI
End of line.