#1049/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF ) 88/ 6/12 17:41 (100)
真リレーA>第12回 救世主カップルの目覚め 三笑魚
★内容
地下牢に落ちた衝撃で啓介は気を失った。頭は打たなかったが、背骨が何本
か折れ、体内の血液が紫色に変色した。可愛そうに僕は死んでしまったのだろ
うか、という疑問が混濁した啓介の意識に浮かんだ。そ、それは困る、と啓介
は声にならない声で叫んだ。死にたくない、今月の給料もまだ貰っていないん
だ、誰か助けてくれ。
一方、真紀は啓介の体の上に落ちたので、衝撃は少なく、ほとんど痛みも感
じなかった。従って、気を失う筈がないのであるが、やはり同じように気を失
った。何日も風呂に入っていない啓介の体のあまりのくささに鼻がびっくりし
そのショックで失神してしまったのである。ああ、くさい、とてもたまらない
このくささ、誰か助けてェ。
助けを求める二人の叫び声は、高野山から大和、飛鳥の山々にこだまし、柳
生の里にまで届いた。
「どうやらまたドジをふんだらしいのぅ」。いろりの前であぐらをくんでい
るセーラー服姿の少女がしゃがれ声で言った。
「お二人ともまだ真の力に目覚めていないのでございましょう」。もう一人
の少女が鈴のように美しい声で言った。こちらは一糸まとわぬ素裸である。古
色蒼然たる庵の中で語り合っているセーラー服姿の少女と素裸の少女の組合わ
せは、まるで出来そこないの劇画のシーンのように非現実的だった。
「自然に目覚めてくれるのを待っていたが、やはり外意識注入の儀式をして
やらなければダメか」
「ではこれから儀式にかかりましょうか」
「そうじゃな。気を失っている今がチャンスじゃ」
「<デバガメ三世>に気をつけないと・・・」
「大丈夫じゃ。<デバガメ三世>は、ワシらの行動までモニターすることは
出来ぬ」
マーチン西崎は、イライラしていた。地下牢に閉じ込めた啓介と真紀の様子
を<デバガメ三世>のスクリーンで見ているのだが、あれから一昼夜たっても
二人は折り重なったままで起き上がらないのである。死んでいる筈はなかっ
た。時々ムニャムニャ寝言を言ったり、よだれをたらしているから生きているに違いない。
西崎の読みによれば、啓介と真紀は、地下牢の中でさんざん泣いたり、わめ
いたりしたあげく、錯乱のセックスをしようとする筈だった。啓介のことだか
ら、どうあがいても逃げられないと観念すると、ヤケを起こして真紀を抱こう
とするだろう。真紀には自制心が残っているかもしれないが、狭い地下牢の中
では抵抗しきれまい。そして二人が本能のおもむくままにまさに結ばれようと
する瞬間、西崎は<スケーラー作動装置>のボタンを押し、啓介にとどめをさ
すつもりだった。
西崎は、3カ月ほど前、口実をもうけて啓介に近づき、こっそり<粉末スケ
ーラー>をお茶に混ぜて飲ませている。その薬を飲んだ男性は、一番好きな女
性の肌が鱗に見えるような錯覚を覚えるという。西崎は、啓介のスケベ心を刺
激し、<デバガメ三世>で恋人の麻衣子の入浴シーンをのぞかせた。啓介は、
愛する麻衣子の肌が鱗におおわれていることを知ってショックを覚え、それ以
後、麻衣子のことを思い出すたびにジンマシンが出るようになった。西崎の思
うつぼである。
しかし、悪らつな西崎はそれだけでは満足しなかった。次のステップとして
啓介が欲望にかられて女性を抱こうとする決定的瞬間に<スケーラー作動装
置>を作動させて相手の女性の全身を鱗だらけにしてしまおう、と企んだので
ある。まともな神経の持ち主なら、それをやられると、発狂するに違いなかっ
た。事実、西崎はその手口で今までに何百人もの男を破滅させている。
おかしいな、あの二人はもう24時間も気を失ったままだ。とっくに目を覚
ましていい筈だが、と西崎は、つぶやいた。ひょっとしたら誰か守護霊のよう
な存在が二人を助けに来ているのかもしれない。麻衣子か。しかし、麻衣子は
衣類消去装置<クローデル>で裸にしてやったから、まともに外を出歩くこと
は出来ないし、能力も大したことはない。麻衣子でないとしたら、誰だ。まさ
か、商売敵の十兵衛では。うーん、西崎は、腕をくんで、瞑目した。
啓介の体は眠っていたが、意識は活発に動いていた。まるで奔流のように無
数の力強いエネルギーが押し寄せ、脳が今にも爆発しそうだ。啓介の意識は、
難しそうな書物をひもといたり、滝にうたれて修業したり、山野や渓谷をかけ
めぐった。やがて船に乗り、見知らぬ国を訪問した。驚いたことに啓介は、そ
の国の言葉をやすやすと話すことが出来た。彼は、国王に拝謁し、その国の言
葉で即興の詩をつくってみせた。
日本に帰ってから、啓介は真理の言葉をのべ伝えた。山の奥に寺を建て、弟
子たちに心のエネルギーを集中する訓練をほどこした。山は女人禁制とした。
待てよ、これは自分ではない、弘法大師空海のことではないか。不思議だ、空
海の意識が僕の意識と一致しょうとしている。こんなことってあるだろうか。
真紀の意識もまためまぐるしく活動していた。戦国時代の高貴な女性の顔が
何人か浮かび、やがて淀君の顔が大きくクローズアップされた。淀君は、寝所
に臥しており、裸の麻子が真紀を淀君の側に連れていった。そして、何だかわ
からないうちに真紀の心の中に淀君の意識が入り込んだ。ちょっと待ってよ。
私は淀君になってもいいけど、東京を飛ばすような怨念は持ちたくないわ。
「えらい、流石は真紀じゃ。柳生の古文書にある伝説の救世者カップルの片
われだけあって、心のエネルギーの正しい使い方を知っている」。セーラー服
姿の十兵衛が裸の麻子と並んで真紀+淀君を見おろしている。
「いったいこれはどういうことなの」と真紀は麻子に聞いた。
「あなたは淀君以上の強い心のエネルギーを持つようになりました。淀君の
怨念をはねかえし、東京をもとのように戻す力がついたのです。そして、啓介
さんには、真言密教の開祖空海の強力な心のエネルギーが加わりました。これ
で、西崎の<ひるこの会>のような邪教はひとたまりもないでしょう」
「おまえたちは新しく生まれ変わるのじゃ」と十兵衛が口をはさんだ。「空
海と淀君と言えば、日本の歴史でも最も心のエネルギーの強い男女ーーーその
二人のエネルギーがおまえたちの意識に注入されたのじゃ。力を合わせて、こ
の乱れた世の中を立て直してくれ」
啓介+空海と真紀+淀君は、ほとんど同時に目覚めた。そして今までよりは
はるかに稟々しく、気高く、魅力的な異性が側にいることを発見した。二人は
しばらく身じろぎもせずに、お互いの姿を見つめ合い、どちらからともなく近
寄って、しっかりと手を握りしめた。(音楽)。 (つづく)