#1046/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC ) 88/ 6/12 7:12 ( 64)
葺の下の人 ひすい岳舟
★内容
いつだったか、幼少の頃にあった事をふいに思い出して、兄に尋ねたことがある。
私が『マァーチャン』と呼ばれていた頃のことだった。
マァーチャンはその日、新しく青い生地に大きな装飾された象の絵が入っている傘と
黄色い長靴を初めて使うのであった。雨合羽を着て、幼稚園の黄色いバックを下げてそれから、長靴を神妙にはく。爪先のほうに空気が溜まって変な感じが初めはしたが、そのうち抜けたのか感じられなくなった。そして、傘。マァーチャンは高々と振り上げてボタンをポチッと押す。グバァァァァン、バサッとうなって傘が見事に開いた。なんと、ワンタッチなのである。これは東京に行った父の土産であった。
これこれ、マァーチャン、それはおんもでさすものよ。ひらくんだよぉ。そうそう、
事にしなさいね、わざわざおとうさんが買ってきたのですらね。さぁ、行きましょう。あ〜い。
ザァーというノイズとともに冷たい空気が流れ込んできた。マァーチャンにはまだ分
らなかったのだけれども、雲が薄く全体的に明るい雰囲気だった。この分では幼稚園の1時間目が終わらないうちに晴れ上がってしまうだろう。
さてさて、マァーチャンは隣のさとるくんと大のなかよしだ。すぐ様、ワンタッチの
を教えた。すると、さとるくんは非常にほしそうに、母にねだり始めた。
なにわがまま言っているのよ。どうもすいません、この子が変なこと言いまして。マ
ーチャン、さとるくんに貸して上げなさい。やだぁ!やだじゃないでしょ、お友達なんだから。いいんですよ、こっちがきかん気なのですから。どうもすいませんねぇ、しかし、子供の傘までこうなるなんて。本当に、ちょっと危ないですわよねぇ………
大人達が世間話をしていても、子供達かワンタッチを廻る戦いは続いている。マァー
ャンにとってさとるくんは親友だったから、貸して上げようとも思った。しかし、今日はとても大切な日なのだ。なんといっても、最初に使う日なのだから!!
マァーチャンは駆け始めた。まてぇ〜とばかりにさとるくんも追う。もっとも、いく
所が最終的には幼稚園なので、行方が分からなくなるということはないのだが。
マァーチャンは得意のコースを行くことにした。まず、剛田さんちの垣根を潜って庭
でた所で裏木戸からマンションとの間の狭いどぶ板の道に出る。ここをまっすぐ駆けると芭蕉の木が立っている大きな家がある。ここの物置小屋にはマァーチャンの秘密基地があるのだが、今日は『基地勤務』はなし!追手であるさとるくんが迫っているからだ。
家の裏にはちょっとした森があり、その向こうには幼稚園がある。
マァーチャンはワンタッチを窄め、背中を丸くしてダァァァァァァ!とスピードを上
た。さとるくんは足がマァーチャンよりもずっと早いからだ。マァーチャンが森にさしかかる頃、やっぱりさとるくんに追い付かれた。
かしてよ。やだよ。いいじゃないか。やだよ、ぼくのだもん。ともだちだろ。やだ、
ったいにやだ!マァーチャンて、けちだな。けちじゃない。けちだよ。けちじゃない…… 幼稚園の方向に歩きながら、森を進んでいたがそのうちさとるくんが傘をもぎとって
まった。そして、今度はさとるくんが逃げ始めた。マァーチャンは必死で追うけれども、はきなれていない靴のために、すってんころりん。その隙にさとるくんはいなくなった。 マァーチャンは悲しかった。友達を失った上に傘まで取られてしまったのだ。しかも
ショビショ……。スッスッというすすりなきが始まり、小さな口が横方向にグニュと歪み始め、そして、ウワァァワァァァワァァァゥン!!
その時である。フゥ〜と、一瞬強い風がふいたかと思うと、近くの大木の下に群生し
いた葺の葉が一斉に捲れた。
なんと、その下には見たことのないような小さい人々が何千人も立っていたのである
マァーチャンはびっくりした。こんなに小さい人間がいるなんて思っても見なかった
ら。さらにびっくりしたのは、瞬きをした瞬間、一斉に彼らは飛び散って、いなくなってしまったのだ。
なんだい。あのさぁ、小人がいたらどのくらいの寿命になるのかなぁ。そうさなぁ、
ぁ在り得ないことだけれども、ちょっと考えてみるとするか。マァーチャンも5年生になった事だしな。
生物の表面の面積が多いと、その動物は冷え易い。これを耐えず冷めないように温め
ければ、死んでしまうのだ。寒いとき、縮こまるのは空気に触れない面を大きくして体温がにげないようにするためなんだよ。ふ〜ん。小人は私達と同じ形かい?そう、だいたい。よし、彼らはまず常に食べ続けなければならない。体表面積が非常に大きいためだ。そしてそれ故に、寿命も短く1年ぐらいかな?え!!なんだ、マァーチャンのはもっと長いきするのか?いや………持ってないもん!!ははは、当たり前さ。発見したら博士になれるよ。ほんとに?ああ、本当さ………
あれが本当だったか、いまだに分からない。が、今日うちの子供が何故か傘でなく、
ろだらけになって、葺の葉を傘にして元気よく返ってきたのをみると………
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