#993/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (WYF ) 88/ 5/ 7 15:32 ( 58)
「母と子と精霊のために」 No.3 本多
★内容
空腹で目が醒めた。カーテンは開けられていたが、外は雨が降っているらしくどんより
としていた。ベッドサイドのテーブルから煙草を取ろうとテーブルの上を見るとF.
からのメモが置いてあった。煙草に、火を付けてからメモを読んだ。
Mから電話があって逢いに出かけて来る、帰りの時間はわからない、と書いてあった。
電話を取り上げてルーム・サービスに珈琲を頼んだ。珈琲が来る迄私はベッドで灰色の
雲を見ながら煙草を吸っていた。
ボーイが運んで来た珈琲を飲みながらもう一度メモを読んだ。私は、メモを元通りに折
りたたんで置いてあった場所に戻した。Mは、F.Aの恋人だった男だ。
私は、妻から手紙が来ていたことを思い出した。
私はベッドから抜け出してバスルームに行き、便座に座って排尿した。バスタブに入っ
て蛇口を開けた。お湯が身体を包みこんで行く。充分に身体が沈んだところで湯を止め
目を閉じた。
M、F.A、妻、・・。一体誰のことを思い出そうと、考えようとしているのだろう
新聞の三面記事に出ていた、あの母親に捨てられた子供。 強盗に入り、若い母親と
幼児を殺した少年だろうか? 彼を二度捨てた母親だろうか?
あの少年は、本当は誰を殺したのだろう。母親と子供。自分を捨てた母親と捨てられた
子供としての自分をだろうか?
人は、ビリヤードの玉のように・・・・・。思いもかけない方向から、思いもかけない
玉によってポケットに落とされる。
汗が目に入って来た、私は疲労しきってバス・タブから出た。バス・タオルを腰に
苦労して髭を剃った。 途中で何度止めようとしただろう、何箇所か切ってしまった。
身体に疲れが蓄積されていた。
バス・ルームから出るとF.Aがオーダーしておいたのだろう、食事が運ばれてい
ライティング・ディスクの上に投げ出して置いた妻からの手紙を取って、食事のセッ
されたテーブルについた。
ちぎったパンをカフェオレに浸し、それを食べながら手紙を読んだ。
今日は、あなたにお知らせすることが在ります。もう、私はあなたを待つことを止めま
す。私は、人生をやり直そうと思います。そう出来ると思います。私は初めて人を愛す
ることを知りました。私の恋人はあなたもよくご存じの人・・・・・・。
やめましょう。あなたには関係のないことですものね。お元気で。
写真が1枚入っていた。息子の写真だった。どこか寂しげな顔をしている。
妻の恋人、私の友人のA.Nは、きっと良い父親になるだろう。A.Nは善良な男
A.Nとは、大学時代からの友人だった。同じゼミで妻といつも3人一緒だった。
しかし私がA.Nが妻のことを愛していることを知ったのは、妻と結婚した後でだっ
私は、A.Nの気持ちを察することが出来なかったことを随分と悔やんだものだった
妻と、A.Nと私のことは、これで良かったのだ。
煙草に火を付けバルコニーに出ようとして扉のノブを廻すと、人の気配に驚いた鳩が
二羽バルコニーから雨の中へ飛び立って行った。
私は、テーブルに戻り息子の写真を手にした。何処かの建物の前で一人で立って居る。
息子は、未だ1才3ヶ月だ。
つづく