AWC 『ベッドの中の安子』ー秋本 88・4・25


        
#978/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FXG     )  88/ 4/26  20: 4  ( 80)
『ベッドの中の安子』ー秋本 88・4・25
★内容
安子は今、目を覚ましたばかりだった。
隣に寝ている筈の正彦はいない。
(ちぇっ)
今日は会社休もう。
マブタが重い。飲み過ぎだということは分かっていた。昨夜、ハイオクの真由
美と渋谷の「門番」でしこたまハイボールをあおってしまった。男が誰も声を
かけてこなかったからだ。真由美の話では、あたし達二人の美貌ならそれこそ
5分もしたら整理券が必要よネ!ということだったのだが。「ふん!何さ」
 カウンターで二人して煙草バカバカ吸って喉痛めて、そいでアルコールかぽ
かぽ飲んで喉痛めて。いうことなしの成果を収めての御帰還だった訳だ。
 このハイオクの真由美というのが早婚でもって、早、亭主に愛想をつかし、
そいでもって昔の会社のポン友である安子を呼び出しては、何やかやと遊び回
る。要するに、ろくでもない女なんだが、その亭主もろくでもない。真由美も
玉の輿に乗ったはいいが、亭主には肝腎な方の玉がなかったというくらい淡白
な男で、せいぜいが月イチ。子供もまだない。
「あたし25なのヨウ」そう云っては泣き崩れるのを常としている真由美であ
った。聞かされる方もハイハイと肩を叩いてやることさえ、とうの昔に止めて
しまったくらいの常套句になっている。
「渋谷はだめよ。渋谷は。ショセンさあ。ガキの幼稚園、お砂場よね」
帰りのタクシーの中で真由美が吐き捨てた台詞も、しかしそのお砂場に付き合
わされた安子にしてみれば、それが慰めの言葉なんぞになろう筈もなく、ただ
ヒタスラ腹が立ち「あんたはいいわよ。亭主持ちなんだから」と皮肉の一つも
云わしてもらわねば道理が通らないというもので。しかし。
「安子さん。御免あそばせ。わたくし満たされてますの。ホホホ」なんて、切
り返しを受けてしまったため、さらに腹立ちが増すばかり。でも、見るとそう
云った真由美はホウケタような顔をして、どうやら自分の台詞に逆スクロール
をかけられてしまったようだった。

 頭はそれほど痛くないわね。
枕の上に乗っかったままの頭を左右に振ってみる。でも気分だけは二日酔いの
それであった。目覚まし時計が鳴った。
 ジジジーン ジジジーン ジジジーン
三回鳴ったところで手を伸ばして黙らせた。
 いつもなら、なんとか起きて階下のバスルームに向かうのだが、今朝は動く
気が起きない。起きないと10分後には「やすこー!」と母親の声がして、そ
こで返事をしないと、もう・・幾つになっても世話ばかりかけて・・ぶつぶつ
ぶつぶつ云う独り言とともに生活のしみついた足音が階段を昇ってくることに
なっている。
(おかあさん、あたし起きてるから。起こしに来ないでいいよお。起きてるか
らねえ)
 心の中で叫んでみるが、無駄なこと。足音は今から10分以内にやってくる。
(あああ、今日はナンテ云って休もうかなア)
 親との朝一番の不快な戦いのことを思うと、よっぽど起きて会社に行った方
が楽なくらいなのだが今朝は心がハれない。マブタだけはハれている。
 それにしてもイイことはいつだって夢なんだから。
壁に貼ってあるアイドル歌手のポスターを見る。(正彦ーっ)
 天宮正彦といって歌はヘタだが足の長い歌手である。安子より3つも年下の
まだあどけなさが残っている青年なのだが、いわゆるミーハーのファンは多い。
安子もその一人だ。あの歌う時の腰の動きがいいのよねえーなんてつい口が滑
って「えええっ、あなたアンナノが好きなのぉ」とマジで云い返され、「莫迦
ね。冗談よ」と鼻で笑ってみせて以来、人前では話していない。その天宮とノ
ーコーなる一夜を過ごしたのが夢と分かったこともあって、今朝の気分はサイ
テーなのであった。
 このポスターは魔よけとしても役立つ。いきなり友達が来たときなど、慌て
て剥がさなくてはならなかったが、母親はこれを見ると「まだ、こんなもん貼
ってんの、あんた」と情けない顔つきをする。しかし、内心ではあまりこの道
で成長して欲しいとは思っていないのだ。父親など「ほう、こりゃ。だれだ。
歌手か?」とロコツに安心する。「父さんは近頃の歌はさっぱりだ」歯歯歯!
なんて声をあげて笑ったりもした。
 そう云えば随分になるわけよねー。ベッドの隣に男がいない。
 不健康だわよ。そうよ。真由美じゃないけど、こんなんじゃ身体中、皺ができる
 じゃんか。オエッ、オエッ!
ガキでもいいんだからさ。声かける勇気がなくったって、それらしい態度くら
い見してもいいじゃないの。まったく。
昨夜の渋谷での不当たりが、またしても脳裏をよぎる。
また、エアロビクスでも始めようか。
「やすこー!」
どうやら10分たったらしい。
足音がひとつひとつ近づいてくる。
憂鬱が憂鬱が憂鬱がー
ベッドから半身を起こす。
ウーと伸びをする両手で髪をかきあげてやる。そのままストンと脱力。
ガチャリ!
「あっ、お母さん。オハヨ」
 安子は会社に行くことにした。     【終】

〔あとがき〕
ひさしぶりにエッセイ以外のお話を書いてみた。
推敲に耐える時間が3時間なので、これくらいの行数のものしか書けない。
今度は「美幸」でいこうと思っている。   秋本




前のメッセージ 次のメッセージ 
「CFM「空中分解」」一覧 秋本の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE