#973/1850 CFM「空中分解」
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リレーB>第24回 決戦の予感 COTTEN
★内容
空を切るような悲鳴でババは我に帰った。
彼女は田中の姿を捕えようとして、一瞬目を疑った。激しい閃光が実験室を包んでい
る。そして雷鳴にも似た大音響が耳をつんざく。眩しい、目も開けていられない程だ。
それにこの莫大なエナジー・・・。流石だ、田中健司。苦労して見つけてきただけの事
はある。史上稀に見る逸材だ。すばらしい! すばらしい!
技術者達の多くは予想し得ぬ事態にただただ腰をぬかすばかりであった。辛うじて平
静を保っている者も茫然自失し立ち尽くすのが精一杯だった。そんな中でもババは溢れ
でる歓喜を殺しつつ、冷静に事の成り行きを見守っていた。長年の研究の成果がむくわ
れる。道が開ける。そう考えるだけで激しい胸の高鳴りを感じることができる。
やがて、ラップ音が消え潮が引くように彼を取り巻く光がその姿を隠して行く。
そして光の中から現われたそれ。青白く生気のない、その青は心の臓の奥底までも一
瞬にして凍らさんばかりの不気味さを湛えていたーーそれは、ムックリと起き上がり、
その体に付けられていたコードを無造作に引きちぎった。
周りにいた技術者達が悲鳴ともつかぬ声をあげた。
「騒ぐな! 見苦しい!」
愚かな奴等よ。何をそんなに恐れる必要がある。ことの偉大さに気付かぬ訳もあるま
いに。
はやる心を押さえながら彼女はそれに向き直る。「田中・・・健司・・だな?」
「イカニモ、オレハ、タナカ・・・ケンジ・・・ダ。」
「よろしい。私はお前の”能力”を開発したババ=チビルという者だ。早速だか、お前
と芳岡の関係についてきかせてもらおう。」
それは微動だにしなかった。表情一つ浮かべず、ババの顔を見据えている。
「言え。」絶望の二文字が彼女の頭をかすめた。またボンクラを作ってしまったのか?
期待が大きかったぶんだけその絶望の深さにははかりしれぬものがある。彼女は強烈な
怒りをそれに叩き付ける。
「言えというのがわからんのか!」
それは平然と言い放った。「オマエニハナスコトハナニモナイ。」
その言葉を口にするや否や、それは両目から一筋の光を放つ。光はババの頭を直撃す
る。刹那、彼女の体は粉々に砕かれ飛び散った。
完璧だ・・・あまりにも・・・。
そんな言葉が凄惨とした情景を漂う。そしてそれが彼女の最後の言葉となった。
ひぃぃ!
彼女の鮮血、肉片を浴びた男達は、口々に恐怖を口走りながら部屋の入口へと殺到し
た。しかし、そんな行動もそれにとってはまったく無意味であった。それが一睨みした
だけで、彼らはババとまったく同じ運命を辿ることになったのである。
彼はもう”田中健司”などではなかった。それは能力に目覚めた「意識」、理性を失
った意識体そのものであった。
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果たして二人は光の中へと踏み出した。長年の呪縛が一瞬にして解けるかのような快
感が彼らを包む。
不思議と恐怖は感じられなかった。そこに何が潜んでいるのやら、まったく見当もつ
かないのに・・・である。
むしろそれは優しさ。無限の優しさ。妙なつかしさに捕われ、望郷の念をかき立てら
れる。このほろ苦い感情は・・・。
そこで初めて彼らは気付く。彼らはまったく重さ、重力というものを感じていなかっ
た。それどころか今彼らは自らの体すら持ってはいなかったのだ。
彼らは完全に気と同化していた。二人は気そのものだった。
「ジャンさん・・・これはいったい・・・?」
「わからん・・・まさか夢でもみているのではあるまいな?」
しかし、頬をつねることなどできよう筈もない。二人はお互いの姿すら見ることがで
きないのだ。
「どうも・・・俺達は”幽体離脱”を起こしているようだ・・。」
ジャンはおそるおそる呟いた。
「幽体離脱?!」ふいに、二人は気配を感じた。
「ふふ・・・幽体離脱とはよくいったものだ・・・。」
そこには巨大な何かがいた。姿が見えなくとも彼らが互いの存在を認識できるように
その存在は、その気の強さではっきりと認めることができた。
「お前は・・・「影」か?!」声は出すことができない。芳岡は必死で気を送る。
「私に名前などない。しかし私がお前達が探していたものの一つであることは間違いな
いだろう。」
「教えてくれ! 啓子はどこにいるんだ?!」
「私にとって啓子という存在はなんの意味も持たない。たとえ、彼女がパームと同じ運
命を辿ろうともな・・・。」
「なんてことを・・・。」
「芳岡・・・お前は啓子というもののために自らの”精神”すら投げ出せるのか? た
とえ、それがお前を受け入れないとしても?」
「どうしてそのことを・・・パームのことだって・・・。」
「私はすべてを見通せる。そしてすべてを導くことができる。」
不吉な想像が彼を取り囲む。
「まさか・・・お前が啓子を・・・パームを・・・。」
「私は導くことはできても司ることはできぬ。直接の原因ではないが、啓子・・・は言
うまでもなく、お前達すべてを導いたのは私だ。」
「糞っ。」
当然怒りが起こるべき所である。しかし、「影」の痛烈な言葉と裏腹にその気は限り
なく優しかった。
「答えよ。お前は啓子のために”精神”すら投げ出せるか?」
今までになく強い気であった。
「ああ、もちろんだ。」
自信を持ってつきかえす。
「よろしい。・・・しかし敵は手強い。そう・・・奴なら、私を消し去ってくれるだろ
う。」
「消し去る?」
「いずれ私はお前達を食い尽くさねばなるまい。それが私の消滅の時だ。いや・・・。
消えるのが怖いのではない。食い尽くした時、奴と対気した時、万が一にも消滅でき
ないのが怖いのだ。永遠の時を失意のうちに過ごすのが・・・。」
「・・・。」
「芳岡・・・真の精神の力を見せてくれ。枯れ切ったこの私に・・・。いや・・・、む
しろお前達が負けてくれた方が、私自ら手をくださず、お前達と消えれるかもしれぬ
・・・・。」
影の姿は哀れでさえあった。精神を失い未来永劫精神を玩ぶしか能のなかった彼。消
滅を望みながらも、恐れ、苦しんでいたのだ。
「よく聞け、芳岡。この敵さえ倒せば、すべてお前の望む通りになるはずだ。その敵と
は・・・お前のライバル・・・”田中健司”だ。」
<つづく>