AWC バレンタイン・ベタ−・ハーフ(4)     COTTEN


        
#963/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YHB     )  88/ 4/ 8  19:11  ( 99)
バレンタイン・ベタ−・ハーフ(4)     COTTEN
★内容
 あたしは息を切らせながら、美知に尋ねた。
「笹川君、家に帰っちゃってたらどうする?」
「・・・彼の家のポストに入れる。」
 つくづく積極性がないのよねー。日頃の行動からはとても信じらんないわ。
 ようやく彼の教室に辿り着く。
 何の物音もしない。
 中を覗くとやはり誰もいなかった。
「あーん、どうしよう。」
「クラブかもしれないわ。彼、クラブどこだっけ?」
「確かブラバンだったと思うけど今日は練習ない筈よ。クラスの子が言ってたもん。」
 まずったなぁ・・・いや、しかしまだ望みはある!
 あたしはおもむろに美知の手首をひっつかむと駆けだした。
「奈美ったらぁ、何処いくのよぉ。」
「下駄箱!」
 これがまたなかなか距離がある。一気に階段を駆け降り、廊下の直進コースを猛ダッシュ。下足場は校舎の端っこだ。
 そして、いた!
 下駄箱の陰から覗き込むと、笹川君はちょうど靴をはきかえている所だった。
「さぁ美知! 回りには誰もいないし・・・今がチャンスよ。」
 あたしは小声でつぶやくと美知の脇腹をつっついた。
「わかってるけど・・・こわいよー。」
 見ると本当に恐がっている様子だからつくづく呆れてしまう。あたしは彼女のカバン
からチョコの包みを取り出すと、押し付ける様に彼女に手渡した。
「さぁ、GO!」
「えーん、やだー。」
 あまえるんじゃない、じゃれるんじゃないっ。えーい、これではいつまでたってもら
ちがあかない。美知、悪く思わないでよ。
 あたしはおもいきって彼女の体を下駄箱の陰から押し出した。転びかけて前へつんの
める。体勢を立て直した時には、彼は向こう側を向いているとはいえ、美知はこれで充
分彼の視界に入ることができる。
 チャンスとばかりにあたしは大声をはりあげた。
「笹川君!」
 ビクリとしてあたしの方を見る美知。あたしはにっこり笑ってウインクを返す。
 彼も美知の存在に気づいた様だ。回りには他に誰もいないことを確かめると、彼は美
知に話しかけた。
「何か用?」
 流石に美知もこれで覚悟を決めた様だった。彼の様子はまんざらでもなかったから、
たぶんうまくいったのだろう。
 あたしは美知のうれしそうな様子と彼の表情を確かめると、きびすを返した。
 帰ろう・・・。
 あたしのカバンはまだ教室に置いたままだった。人気のない校舎の中を一人で教室に
向かう。グラウンドからは運動部ーーおそらく野球部だろうーーのかけ声が聞こえてく
る。足音が響く。
 美知、よかったね・・・。
 ちょっぴり、胸がキュンとなった。

 いつしか陽も傾き、教室にもほんのり西日が差し込んでいる。あたしは一人自分の席
に座り、沈む夕日を眺めていた。
 オレンジの光がピンクのリボンを照らしている。
 もうどうだっていいよね。
 暖かい陽の光が、心の中にわだかまっていたものを、少しづつとかしていくように思
える。
 あたしは立ち上がると軽くのびをした。
 カバンを手に取り、チョコを入れようとした所でガラリと教室のドアが開いた。
「あ、村上君。」
「あれ、まだ残ってたの?」
「うんちょっとね。クラブ?」
「うん。」
 クラスの村上君だった。サッカー部のジャージを着ている。質問してから後悔した。
んなもんクラブに決まってるじゃないか。
「あ、それチョコレートだろ。」
「うん。」
 彼はカバンに入れようとしていたチョコに目を留めて言った。
「い〜な、チョコレート。それを貰う男は幸せもんだな、うん。」
 彼はおどけて言った。
「えー、村上君ならもてるんじゃないの? チョコレート何個も貰ってたりして。」
 興味半分、からかい半分。
「とーんでもない。今まで一度も貰ったことない。」
 大げさに首を振る。
「うそ−。」
「ほんとだってば。」
「ほんと?」
「マジマジ。いーなー俺も欲しいっ。」
「じゃ、あげようか?」
 自分で自分の台詞に驚いた。でもいいよね、他にあげたい人がいる訳じゃなし。
「え、いいの?」
 一瞬驚きの表情、でもすぐうれしそうな顔に。
「じゃ、貰っちゃおうかな。」
「どうぞ、どうぞ。」
 あたしはチョコの包みを差し出す。
「うれしいなぁ、ありがとう。今、開けていい?」
「うん、いいよ。」
「ようし、じゃ開けちゃお。」
 もどかしげに包みを開く。
「わぁー大きいなぁー。こんなの初めてだ。これなら一週間位もつかな。」
「そうねー。少しづつ食べて一週間。」
「うん。じゃーちょっと食べていいかな。」
「どうぞどうぞ。」
 ちょっとやりすぎじゃないかなと思うほどのはしゃぎぶり。村上君はかなり大きめの
チョコレートにかぶりつき、口いっぱいに頬張った。
「ふん、ほひひい。」
 あまりにも派手な喜び方にちょっとあきれもしたけど、でも、こんのもいいね。こん
だけ喜んでもらえればあげがいもあるというものだ。
 うれしい。
 なんだか胸の奥から熱いものがこみあげていた。あー、ヤダ。こんなことで・・・。
 そう思ったらほろりと涙が出た。
「あれ、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。」
 急いで涙をふく。




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