AWC 詩・知らない人   池野 幸


        
#708/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (BHA     )  88/ 1/25   1:50  (167)
詩・知らない人   池野 幸
★内容

 詩集 A DAY IN THE LIFE より


知らない人

その1
私の知らない人


誰か他の人を見ている顔のままで
私達は出会う
愛してほしいからではなく
つきまとうさまざまを
そのたびに否定しながら
思いやりややさしさよりも
もっとほしいものがある
期待なのか予感なのか
言い訳は用意して
その言い訳をつかのま忘れるために
私達とは言うまい
私はそしてあなたは

かたりつくそうとはせぬままの出会いに
私はあなたに与えるものをさがさない
ほんのすこしだけなら
あなたを知っていると言ってもよい
あなたはすわったまま
あるきまわる私を見ているのだろう
私はここばかり手さぐりで歩きまわって
すれちがっても多分気がつかない

くりかえせば
どうでもよい事にも意味がある
無意味な言葉をひろっては
あなたは私に投げかえす
大切なのはそんな事ではなく
私がひとめぐりしてしまうまでに
あなたはきっと階段をのぼっている
出会いはなんの始まりではなく
他の誰かだとしたらとそんなふうに
あなたが今しようとしている事が
もしあるのだとしても
私がそこへ行くのを
あなたは待っているわけではないと
思っているのかわかってはいない

その話には多分続きがあると
ひとりごとを言ってみる
それを聞いてしまった人は私の知らない人
その人にだけ通じる
合図のつもりなのかも知れない


その2
私は鏡の上を歩く


私は鏡の上を歩く
鏡の下にたくさんの人が行く
足音は聞こえない
鏡の向うにドアがある

ひとつの場所からひとつの場所へ
私は歩く
私はそこにはいない
私は鏡の上を歩く
鏡には裏返しの私が写っている


その3
そしてその事を忘れた頃に


そしてその事を忘れた頃に
私はあなたの顔を見る
その頃には多分
私はあなたの表情がわからない

それは嘘だと
あなたは言う
私の言葉が
嘘になる
あなたは私が
話し終わるのを待っている


その4
昨日


そのまま私は眠ってしまい
めざめた時
彼女はうすぐらい天井を見つめていた。
私はほおづえをつくと
たった今見たばかりの夢を
話して聞かせた。

彼女は面白そうに耳をかたむけていた。
彼女はずっと起きていたのだと言う。
私はどれくらいの時間
眠っていたのだろう
二十分か三十分くらいか知らと
彼女は答える。
汗のにおい。
せまい部屋のなかを
ゆっくりとうずまいている
空気の流れのように
私達は体をうごかした。

窓を開けても
差し込むひかりはそとにはないのに
もうしばらくは
このままでいようと思った。

彼女は私に
つい最近別れた男の事を
話した。
私はそれを聞きながら
以前つきあっていた女を
思い出していた。

そして私達は
いろんな事をすこしづつ悲しみながら
とざされた部屋のなかで
時間が
手の届かない遠くへ行ってしまうのを
待っていた。


その5
私達はさまざまの事を話す


人は自分の望む事をするのか
望まぬ事をしないのか
どちらにしても
自分が今手にしているだけの理由では
人を納得させる事は出来ない
いやそれよりも
どうすれば自分自身を
納得させられるのか
理由はいらない
本当は人には
それをする理由はない
人と
もう一人の人と
私はなにかをしようとし
その人はなにかをしようとしている
私達は道端で石をひろい
それを投げる
石は私達の進む道に転がる
私達は
歩く
その石につまずくために
理由はいらない
その石につまずくまでの時間が
私と
もう一人とを
納得させるために
石と私達との間に
よこたわっている

                  BHA66336







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