#1163/1165 ●連載
★タイトル (sab ) 26/01/11 13:50 ( 81)
「ナショナリズム的誘拐事件」3 朝霧三郎
★内容
誠は熊五郎と町田と一緒に、3号館の地下へ移動した。
地下1階のカフェは、地上の貧相なキャンパスとは切り離されたような、
おしゃれで落ち着いた雰囲気。
電源席も備わっており、PC作業をしている学生も多い。
が、席の半分以上は留学生で埋まっていた。
コロンビア、ペルー、どこか東南アジアの外人。
アメリカ、ロシア、イタリアなどの白人系もいた。
言葉の断片が交錯し、笑い声だけが大きい。
誠はそれを眺めながら、コーヒーを口にした。酸味が強いが、美味しい。
「少子化で学生が減っただろ」誠は独り言のように言った。
「だから留学生を入れるんだよ。勉強なんてどうでもよくて、
出稼ぎで来てるような連中を」
熊五郎は砂糖を三袋入れ、かき混ぜながら聞いている。
町田はスマホに目を落として黙っている。
「うちの大学だけじゃない。Fランだの専門だの、料理学校、
アニメの学校……どこも半分は留学生だ。
受け入れなきゃ経営が成り立たない。
だったら潰れればいいのに、って思っちゃうけどな」
(全くどいつもこいつも目先の事しか考えない)と思いつつ、
誠はコーヒーを一口飲んで、急に別の話を始めた。
「そういえばさ、システムの話だけど」
熊が顔を上げる。
「最近、アドレス110を買ったんだよ。
前はヤマハのJOGで、50ccに乗ってたけど、あれだと二段階右折が面倒でさ。
110にしたよ」
町田が笑った。「バイクの話かよ」
「違う。システムの話だ」誠は真顔だった。
「バイクが変わると、自賠責も任意も全部変更になるんだけれども、
令和七年十月二日の午後四時から、ってきっちり時間が決まってるんだよ」
誠は指でテーブルを軽く叩いた。
「だから納車も、その時間ぴったりにしてもらったんだよ。
そこがズレると、保険が効かなくなっちゃうんだよ」
熊は呆れたように鼻を鳴らす。
「で、メーカーの盗難保険があるんだけど、条件が厳しい。
駐輪中は必ずU字ロックをしておかないと保険が効かない」
誠の目が、少しだけ輝いた。
「だから十月二日、ローソン受け取りでアマゾンにU字ロックを注文したんだよ。
最初から“その日受け取り可”って表示されてたからな」
町田が口を挟む。「普通、バイク屋で買うだろ」
「それじゃダメなんだよ」誠は即答した。「ポチって、配送状況を追っかけて、
予定通りに来るかどうかを見る。それがいい」
声が低くなる。
「ところが、配達遅延、“翌日になります”って表示が出た」
誠はコーヒーカップを置いた。音がやけに大きく響いた。
「そんなの許されないよ。アドレスを受け取ってから丸一日、
盗まれたら保険が効かない状態じゃん。下手すりゃ15万は損する」
熊は苦笑した。「大げさだな」
「だからコールセンターに電話したんだよ」
誠はその時の声色を真似るように、少し鼻にかかった調子で言った。
「“お待たせいたしました、
アマゾンコールセンターの郭がお受けいたします”ってさ。変な中国訛りで」
町田が眉を上げる。
「で、どこから電話してるのか聞いたら、“北京です”だと」
誠は肩をすくめた。
「遅れたら困る、最初からその日って書いてあった、
って強く言ったらな……遠回しに脅してきた。
住所も知ってる、日本に住んでる中国人の知り合いもいる、みたいな言い方で」
熊五郎は一瞬、笑うのをやめた。
「もちろん、はっきりは言わない。でもなんとなくそんな事を言うんだよ。
バイク泥棒は在日の中国人かも知れない、とか。
こっちは個人情報を握られてるし。
電話の向こう側に顔のない中国人がいると怖いよ」
誠は少し黙った。
「その瞬間、思ったよ。こいつ、本当にマフィアの知り合いがいるかもしれない。
俺の住所も知ってる」
町田が言った。「考えすぎだって」
「そうかもしれない」誠は認めた。「でもよお、アマゾンのシステムって、
便利だけど、怖いよな。全部が繋がってるし。金も、住所も」
熊はコーヒーを飲み干した。
「結局、U字ロックは来たのかよ」
「翌日にな」
「じゃあ問題ないじゃないか」
誠は首を振った。
「違う。システム通りに行かないっていうのは、もうアウトだよ」
留学生たちの笑い声が、カフェの天井に反射して降ってくる。
誠はそれを聞き流しながら、どこか遠くを見ていた。
「バイク屋で買えばよかったのに、って言うだろ」誠は続けた。「でもさ、
アマゾンでポチって、予定通りに来るかどうか、追いかけてる時間が一番いいんだよ。
システマティックで……生きてる感じがする」
熊五郎は黙ったまま、誠の横顔を見ていた。
町田は何も言わず、再びスマホに視線を落とした。