AWC ニューハーフ殺人事件4    朝霧三郎


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#1140/1158 ●連載    *** コメント #1139 ***
★タイトル (sab     )  22/09/19  12:21  (166)
ニューハーフ殺人事件4    朝霧三郎
★内容                                         22/09/25 15:19 修正 第2版
(副題:ガイシャが安っぽいのとアネロスと何か関係があるのか)

「そんで、他に所持品は」ミツは顔を上げると言った。
「こいつがガイシャのスーツのポケットに突っ込んでありましたよ」
 コバは別の証拠品袋をかざして見せた。
 ボロボロになった漫画本の漫画が裏と表に見えた。
 そこに描かれているのは、
「な、なんだ、その丹下段平は」とミツ。
「いや、似ているけれども違いますよ。原作者は梶原一騎で同じなんですが、
これは、「あしたのジョー」の丹下段平ではなく、
「愛と誠」の砂土谷という不良高校生ですよ」
「それで、高校生か」
 漫画の砂土谷はスキンヘッドに、片目にアイパッチ、
レザージャケットの上下を着ていた。
そして一本鞭をもっている。
「一体どんな漫画なんだ」とミツさん。
「そりゃあカトーちゃんが詳しいだろう。知ってる」とコバはカトーを見た。
「そりゃあ知ってますよ。超有名ですから。
 その、砂土谷っていうのは、緋桜団っていうヤングマフィアを率いて
花園実業という悪の学園の周辺で暴れているんですよ。
その花園実業に、主人公の大賀誠がいるんですが。
あと青葉台学園という名門校に、ヒロインの早乙女愛とか、
「早乙女愛よ、岩清水弘はきみのためなら死ねる!」の台詞で有名な、
岩清水弘とかもいるんですが。
そもそも、大賀誠っていうのは、子供の頃にスキー場で早乙女愛を救ったんですが、
その時に眉間に傷を負って、ついでに家族も滅茶苦茶になっちゃって、
それが原因で札付きのワルになるんですが。
愛はそれに責任を感じていて、青葉台学園に転校させて更生させようとするんです。
でも、そこでも問題を起こして、花園実業に転校するんです。
あと、問題があるのは、花園実業周辺だけではなくて、
早乙女愛の父親とかも国家レベルの汚職事件に巻き込まれていて、
悪徳高官や暴力団に母親が誘拐されたりするんです。
その母親は、大賀誠が喧嘩殺法でやっつけて救出するんですが。
あと、黒幕の前総理も検察に逮捕されて、それで一件落着ってなるんですが。
そこにまたまた砂土谷が現れて、大賀誠はナイフで背中をさされ、
その場では死なず、愛のところにいって、口づけをして、そして死ぬ、
というのが大筋ですけど。
その砂土谷の絵は、大賀誠を襲う前のページですね」
「さすがに詳しいな。こっちは?」
 コバは証拠品袋を裏返すと反対側の漫画を見せた。
 早乙女愛の後ろ姿とバイクに跨った大賀誠が描かれている。
「そのバイクのシーンは、
悪徳高官と暴力団に誘拐された愛の母親を大賀誠が助けてきた後に、
愛が母親に逆ギレして、家を出て行って浜辺に行っちゃうんですね。
そこに誠が来たシーンですね。
その後で、砂土谷が登場して、大賀誠はナイフで背中を刺されるんですが」
「こりゃあ、CB750じゃないか」とミツさんが言った。
「いや、CB500だよ」とカトーちゃん。
「750だよ」
「500ですよ」
「何れにしても、今のバイクと違って、重々しさがあるよな」とミツ。
「重々しさ?」とコバ。
「今のバイクは、ハヤブサでもニンジャでも機械で作りましたって感じで、
この漫画のナナハンみたいに、スポークでもエンジンでもマフラーでも、
手造りで作りましたという重々しさがない」
「はぁ」とコバはため息交じりに頷いた。
「バイクだけじゃなくて、昔のコカ・コーラのCMなんて見ると、
路線バスにリベットがずらーっと打ってあって、重々しさがあるんだよなぁ。
ああいうのが、街というか漫画に風情を作っているんじゃなかろうか。
今の漫画にはそんな風情はない。
1970年代と1980年代の漫画は区別出来ても、
2010年と2020年は区別出来ないだろう。
カトーちゃん、そう思わない?」
「リベットがないから時代が分からないって事?」
「それだけじゃないよ。
全てが安っぽくなっているんだよなぁ。
なんつーか。
時代劇から馬がなくなって迫力が無くなったし、
歌謡曲からストリングスが無くなって情緒というか趣が無くなったし。
昔は、そうだなあ、だるまストーブもあったし、教室の床が木だったし、
セーラー服もウールだったから、そういうのはコクがあるというか、濃かったよなあ。
それが今じゃあエアコン、リノリウムの教室、アクリルのセーラー服、
という化学繊維的なものになってしまった。
ウールのセーラー服を着ていた女子高生が本当の女子高生って感じがするな。
今のAKBみたいなのはケミカルな模造品って感じだよ。
そうだっ。そういう感じで死体もチープになった。
そうだよ。この仏さんが妙にチープなのはそういう理由だよ」
「何でそんな事が人間にも起こるんですか。
漫画やバスがシームレス構造の為に手造り感がなくなったというのは分かりますが、
そんなの人間にどうして起こるんですか」とコバ。
「それが起こるんですよ」と明子巡査が口を挟んできた。
「なにぃ」キーっとコバが睨む。
「いいですかぁ」と明子巡査。
「ああ、言いなさい言いなさい」とミツさん。
「最近、「砲艦サンパブロ」っていう映画を見たんですが。昔のハリウッド映画で。
それのオーディオコメンタリーで、キャンディス・バーゲンが言っていたんですが。
スティーブ・マックイーンの顔は動物的だって。
だから、迫力があるのだ、って。
理性的な人間だったら何もしないだろうが、
動物的だから次の瞬間に何をするか分からない。
その緊張感がオーディエンスに伝わってきて、それがいいのだ、と。
これを、キャンディス・バーゲン理論と私は名付けました。
それで、ここからは私の想像ですが、
多分、だるまストーブや教室の床が木だったりすると、
動物的な顔になるんじゃないでしょうか」
「そうだよ。その映画は俺も好きでDVDも持っているのだが、その通りだよ。
スティーブ・マックイーンもそうだが、
昔の俳優はみんな濃いよ。
濃いというか動物的だよ。ショーケンでも松田優作でも。
そういう理由からこの仏は薄いんだな」とミツは足元のガイシャを見下ろした。
「その事とアネロスとなんの関係があるんですか」とコバ。
「どうなんだ、明子君」とミツは明子巡査に水を向けた。
「そりゃあ…」と明子巡査
「関係あるのか」
「ない事もないかと」
「なんなんだ、言ってみろ」
「でもー、想像ですから」
「想像でもいいから」
「でもー…」
「あそこに監視カメラがあるー」とカトーが明後日の方向から言ってきた。
「えっ、監視カメラ? あれに映っているかな」とコバ。
 コバは黄色テープのところまで行くと、
野次馬の群集整理していた警備員の一人を手招きで呼んだ。
「おい、君、あのカメラの記録はどこにある?」とコバは警備員に言った。
「へい、地下の警備員室で録画していますが」
「そこ行ってみよう」

 ミト、コバ、カトー、啓子巡査、明子巡査の五人は地下の警備室に行った。
 ミトが警備員室の鉄扉を叩く。
 出てきたおっさんの警備員に警察手帳を見せた。
「池袋署の水戸といいますが、
アルパ1階のタリーズ前の事件の動画を見たいんだがね」
「それならこっちに」
 警備員室に入っていくと、角のフレームの上部にディスプレイがあり、
中段にデルのPC、下段にHDDが3台置いてあった。
 ディスプレイは16分割になっていたが、
その一個を指示しておっさん警備員が、
「ここが、タリーズの前ので、今、切り替えます」と言った。
 その場所だけを拡大すると、犯行現場の遺体、警官、鑑識などの
ライブ映像が映し出された。
「それ、巻き戻してもらえない? 九時とか十時とか開店前の時間に」
「はい」
 キュルキュルキュルーっと巻き戻すと、ガイシャと男がチラッと映っているシーンが
あった。
「そこだ、そこを再生して」とコバ。
 再生された映像で、ガイシャと向き合っているのは、
あの「愛と誠」に出てきた砂土谷みたいな恰好をした男だった。
 男とガイシャはしばらく向き合っていたが、男がガイシャの懐に飛び込むと刺した。
それから砂土谷はきょろきょろとあたりを見回した。
「よし、そこでストップだ」とコバ。
「あ、この人」と、明子巡査と啓子巡査が口を揃えて行った。
「知っているのか」とコバ。
「ホームレスの人だわ」と啓子巡査。
「ホームレス?」
「実は私たち炊き出しをやっているんですけれども…。明子巡査は元少年課だし、
私は元生活安全課ですから、欠食児童やホームレスが可哀そうで」と啓子巡査。
「そうだよなあ。
こんなサンシャインシティを持っている西武みたいな金持ちもいれば、
七人に一人は欠食児童だって?
 ホームレスは、ブルーシートの小屋を訪ねていったりするの」とミツ。
「今時そんなホームレスはいないんですよ。みんな夜中はサイゼかマックにいて、
そのお金を稼ぐ為に昼間はアルミ缶を拾うんです。
そうやって1日歩いているから、靴がボロボロで。
だから、ボロボロのスニーカーを履いている人を見かけたら
おにぎりを渡すんです」と啓子巡査。
「その中にこの砂土谷がいたと」とコバ。
「え、ええ」と啓子。
「あんな恰好しているのか」
「え、ええ」と啓子。
「片目にアイパッチをしていて菜っ葉服を着ていて」と明子。
「どこにいるんだ」
「多分…」と言ってから啓子巡査は口ごもった。
「お前ら、自分が世話しているホームレスを売るのが嫌だなんて思うなよ、
重要参考人なんだから」とミツ。
「60通りか、西口の芸術劇場前のサイゼリヤにいると思います。夜中は」と啓子。
「そうか。じゃあ、とりあえずそいつを確保だな」とコバが言った。




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