#746/1159 ●連載
★タイトル (sab ) 09/10/19 16:28 ( 98)
She's Leaving Home(7&8)改訂版ぴんちょ
★内容
しかし黒豆を食べきらない内におじいちゃんが骨折して入院してしまった。私
のせいだ、と思った。私が肉を食べさせないから骨粗しょう症が悪化したんだ。
もうこれ以上迷惑かけられないなぁ。もう出て行くしかしょうがないよなぁ。
10月15日の午前5時。寝巻きの中に入れておいた携帯のバイブが震えた。
私はベッドから出るとナップに下着や、通帳、キャッシュカード、ティッシュ
や化粧品、それから植物性のアミノタブレットなどを詰める。GパンにGジャ
ンにキャップといういでたちで鏡を見た。ダメだこりゃ。これじゃあ「プリズ
ン・ブレイク」だ。駅に着く前に補導されちゃう。持っている服の中で一番大
人っぽいニットのカーディガンにバギーパンツに着替える。カバンもショルダー
バックにした。それからベッドに座るとメールを打った。「お父さん、お母さ
ん ごめんなさい おじいちゃんの件は私の責任です しばらく家を出ます
さがさないで下さい 必ずメールしますからさがさないで下さい 本当に色々
すみません」送信を押すと電源を切った。玄関に行って鍵をそっと開ける。マ
ンションの外に出ると駅まで走って行った。
渋谷で降りてセンター街に入って行ったのだけれども、時間が早かったので人
は疎らだった。歩いていると通りの両側に、ファーストキッチンとか、すき家、
ロッテリア、松屋、牛角、ちりとり鍋、立喰い寿司だの、食べ物屋が一杯並ん
でいる。歩道の隅っこにはポリバケツが5、6個出してあって、カラス避けの
グリーンのネットが被せてあるのだが、ゴミが溢れて蓋が閉まらないでいる。
何だろうと思って見てみたら、加熱して白くなっている、まだタレの付いてい
ない焼き鳥が大量に捨ててあった。それからタレが付いて焦げているものも。
串も。バケツの隣の排水溝にはゲロ。とか言うといかにも食べ物を粗末にして
いますって感じだが、ヨシコによればマックではポテトの欠片もムダにしない
ように日々の売上をグラフにしてあって時間に合わせて揚げるんだって。それ
どころかマックのナゲットなんて卵の産みすぎでぼろぼろになって肉にもなれ
ない鶏を潰して小麦粉で固めたものなんだって。
「その鶏、可哀想」
「そんな事言ったら沖縄じゃあ人間がうんちをすると石の溝をころころ転がっ
て行って豚小屋に落下して、豚はそれを食べるんだよー。一生人間のうんちを
食べて最後には殺されて耳まで刻まれてミミガーになるんだよー」
センター街にゴミ清掃車が到着した。ゴミバケツを片付ける。ゲロも排水溝に
流して綺麗にする。それからコンビニの前にトラックが横付されて新しい食品
がガラガラと搬入される。コカコーラのお兄さんが自販機にドリンクを補充す
る。
井の頭通りを越えて公園通りに出るとチャコットの前に行った。ショーウィン
ドーのバレエシューズを見ていたら「白鳥の湖」の「オデットと王子」が脳内
自動再生された。ハープの伴奏にバイオリンを奏でる曲。私は中学校までバレ
エを習っていて「白鳥の湖」を観に連れていってもらったのだけれども、この
曲が気に入ってバイオリンに興味を持って神田の楽器屋まで見に行った。バイ
オリンの弓って馬の尻尾で出来ているんだよね。考えてみればオーケストラの
音ってみんな動物の死体から出ている様なものだよね。弦楽器は馬の尻尾の擦
れる音だし、ティンパニーには獣の皮が張ってあるし。管楽器だって元々は動
物の骨で作られていたんだから。そんな事言ったら街のほとんど全ては生物の
死骸なんじゃなかろうか、と思って私は街を見回した。通りの反対側に山手教
会が建っている。壁はコンクリートだが白いペンキが塗ってある。あれは石油
から出来ているからプランクトンの死骸だ。隣のGAPは壁一面ガラスだから
大丈夫。ガードレールは鉄だけれどもペンキが塗ってあるから死骸。道路のア
スファルトも石油製品だから死骸。手前に止まっている車を覗いてみる。シー
トやドアの内張りが皮だったら動物の痛みを伴っているし、合皮でも石油製品
だからプランクトンの死骸。ハンドルとかダッシュボードとかみんなプランク
トンの死骸。助手席に木製のCD入れが置いてあるがあれは木の死骸。中身は
プランクトンの死骸。東京ウォーカーやミシュランは木の死骸。丸めてあるシャ
ツは綿の死骸だったり絹なら蚕の死を伴う。そう思うと街の全ては生物の死骸
だよなあ。どうしてみんなこの魑魅魍魎に平気でいられるのだろうか。そうい
えば私のバレエシューズのつま先にも牛皮が縫い付けてあった。
「オデットと王子」が聴きたくなって私はタワーレコードへ行った。着うたに
は無いだろうし、あっても今は電源を入れたくないから。もっともタワーレコー
ドに行ってもお金が無いから買わない。買っても再生出来ないし。PCがあれ
ば再生出来るのか。PCがあればyoutubeで見られるのか。
タワーレコードのエレベーターに乗ると高い所から通りが見下ろせた。丸井シ
ティの所の信号と、郵便局前の信号と電力館前の信号が一斉に赤になる。車が
止まって人々が横断歩道を渡りだす。何千人だろうか。何万人だろうか。又信
号が替わって車が動き出す。1台のトラックが車道の脇に縦列駐車するのが見
えた。多分商品を降ろすのだろう。食べ物屋には食べ物やドリンクが、洋服屋
には洋服が運び込まれる。ああやって人々が汗をかいて世の中を回している、
ああやって世の中は網の目の様に結びついている、とは思えなかった。何か難
民キャンプに国連の援助物資が運び込まれる様な感じで、みんなはあの商品が
どこからどうやって来たかなんて興味がないんじゃないのか。だから焼き鳥が
大量に捨ててあっても平気なんじゃないのか。そういう無関心がいけない、と
かじゃなくて元々世の中そうなんだよ、きっと。「ローソクの科学」とか「白
鯨」とか読んだけれども、鯨に関する事が事細かに書いてあったけれども、傘
の骨になるとか、帽子の骨、コルセットの材料、ローソク、機械の油等々にば
らばらになっていくのだ。馬を殺せば、肉は肉屋に、尻尾は楽器屋に、馬油は
薬屋に、皮は多分生地屋に行って絹や綿の布と一緒に売られるのだろう。この
前手芸品屋にボタンを買いに行ったら貝のボタン、牙のボタン、木のボタンと
色々あった。それぞれ生き物として生きていたものが殺されてバラバラにされ
て素材になって目的別のお店に集まってくるのだ。だから焼き鳥も殺されてば
らばらになって素材になったものだ。色々考えている内に口の中が酸っぱくなっ
てきた。朝から何にも食べていないからかも。どっかにサイゼリヤが無いかな
あ。あそこだったらフォッカチオがある。どっかにPC無いかなあ。
通りに出ると電力館の方に行く。あそこだったらPCがあるかも知れない。で
もその手前にスタバがあった。スターバックスって「白鯨」の登場人物なんだ
よね。スタバのレモンあんパンは卵も牛乳も使っていないので食べられるのだ。
でも売り切れだった。でもインターネット端末があった。それで東急ハンズの
前にサイゼリヤを見付けた。その近所にまん喫も見付けた。
サイゼリヤに行ってフォッカチオを食べて、アイスコーヒーでアミノタブレッ
トを飲んだ。コンビニで歯磨きセットを買ってからまん喫へ。
地下一階のフロントで「会員証お持ちですか」と男の店員が言った。
「はじめてなんですけど」
「身分証明書お持ちですか」
「キャッシュカードじゃあダメですか?」
「どちらのコースにしますか?」
「とりあえず3時間パックで」
「780円になります。喫煙席禁煙席のご希望はございますでしょうか。フラ
イドチキン、ハンバーガーをご用意しておりますがいかがでしょうか。ドリン
クはフリーサービスとなっておりますがいかがでしょうか。お客様の個室は61
番になります。他のお客様の迷惑になる行為はお控え下さい」