AWC She's プラトン的愛(改)


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#715/1159 ●連載    *** コメント #714 ***
★タイトル (sab     )  09/04/16  06:11  (110)
She's プラトン的愛(改)
★内容                                         09/04/16 06:13 修正 第2版
(713の改訂版です。713は消しません。すみません)。
そんでしばらくしたら[泥酔ゴリ]からメッセージが届いた。
「ハロー、オラ、ボケルトフ。
いやー、ピンチョテアーナさんの書き込みを読んで
こりゃもう語り合うべき同士を見つけたり!
という心境です
オフミしませんか
ピンチョテアーナさん渋谷ですよね
明日午後8時
HMVのビートルズコーナーにいますんで
気が向いたら来て下さいな
わたしゃどっちにしてもつまりあなたが来ても来なくても
行く予定がありますんで
僕はゴリですから見ればすぐに分かります
それでは明日会えることを祈念して
see you
アスタ・マニャナ
レヒトラオート」

それからゴリの部屋を覗いてみた。「アニマルウエルフェア」以外にも、
医学部再受験、仮面浪人、原始共同体なんとか、ひっぴー村、日本のキブツ等
のコミュに参加している。
なんでこういう人が私なんかに会いたいんだろうと思った。出会い目当てなら
分かるけれども。
翌日HMVのビートルズコーナーに行ったらガレッジセールのゴリにそっくりな
人がいたんで一発で分かった。
「ゴリさんですか」
「あ、きてくれたんだ。えーっと名前は?」
「アキコです」
みたいな会話から始まって、居酒屋に行って、ウーロンハイとグレープフルー
ツサワーで乾杯して、
「なんで私なんかに会いたかったんですか?」
「おかしい? 僕、人と会うの好きだし」
みたいな会話をした。
それからゴリさんは「自分みたいなつまらない女に会いたいなんておかしい」
なんて思うのはこういうわけだと教えてくれたが、お酒も飲んでいたし要領を
得ない物言いだった。
ゴリさんはこう語った。
「…イギリスのレインという精神科医が書いているんだけれども。ある日入院
患者に看護婦が一杯の紅茶をいれてあげたら「自分の人生で紅茶をいれてくれ
たのはあなたがはじめてです」と言って泣いたんだって。その人は何か優しく
されるたびに、相手には下心があると感じて生きてきたんだよね。だけど下心
なんて無いんだよ。それになかなか気が付かないんだよねえ。だってこのレイン
を翻訳している岸田秀なる人物でさえ、自分は母親に支配されそうになったと
か言っているし。自分の母親はギターとか遊ぶものは何でも買ってくれたのに
勉強の道具は何も買ってくれなかった、それは自分を学業から引き離して家業
のサーカスを継がせる為だったとか。そんな下心は親にはなかったと思うんだ
よねえ。まあ下心はあるにはあるんだけれども。
まあそういう訳で僕はレインだの岸田秀だの精神分析に興味があったからSNS
のその手のコミュに出入りしていたんだけれども。そこで或る医師、仮にS医師
としようか、と知り合って。メールのやりとりもするようになって。或る
日飲みに行こうと誘われたんだよねえ。なんで僕なんて誘うんだろう。診察室で
医師と患者として接するならともかく友達として会うのはおかしくないか。
病院にいたら医者ばっかだからたまには下界の人間と飲みたいのかなあ。
あいつは僕を慰み者にしているのかなあ。それって一杯の紅茶だよなあ。
ところで僕には3歳になる甥っ子がいるんだけれどもとにかくママが好きで。
でもママがいない時には僕の手でもぎゅっと握るんだよ。子供って取りあえず
自分を守ってくれる人の手を握って離さないんだよねえ。これって打算でしょ。
でもそれがいじらしいし、いとおしいんだよねえ。
じゃあどうして僕はS医師には裏のない友情みたいなものを求めるんだろうと
考えた。
またその甥っ子の話だけれども、その子を生まれた時からずーっと観察してい
たんだけれども、もう6ケ月の時には、おんぶ紐を見せれば「散歩に連れていっ
てくれるんだ」と判っていたね。たった半年である種の法則を見出したんだよねえ。
1歳半にもなれば舟和のあんこ玉をじーっと見て「ブドウ?」と首をひねるし、
芋ようかんを見せれば「カボチャ?」と首をひねるんだよ。床屋と歯医者の話じゃ
ないけれども、子供ってああやって関係妄想的に物事を覚えていくんだなあ。
まあ子供に限らず人間ってそういうものだから、どんどんパターンを極めていって、
最後にはほとんどプラトン的にシステムを作り上げるんだろうなあと思ったんだよ。
それが学校とか裁判とか医療だと思うんだけれども。そこで逆転が生じるんだけれ
どもねえ。人間が経験から導き出したシステムの筈なのに人間を疎外する。でも
システムは間違っているわけないでしょう。科学的法則なんだから。万有引力み
たいなものなんだから。だからなにがなんでも給食は残さない、ムルソーは死刑、
末期癌患者は痛いだけの治療を受け続ける。
愛も同じなんだと思うよ。まあ僕はモーホーじゃないからS医師にはそういう事
は期待していないんだけれども。人間はプラトニック・ラブみたいな完璧な愛の形
を信じていて…プラトニック・ラブってなんだか分かる? 厨房の恋じゃないん
だよ。プラトン的というのはこうなんつーか、限りなく純度を上げて行くと。
人間を限りなく純度を上げていくとDNAになるでしょう? そういう感じで限り
なく純度を上げていった愛がプラトニックラブでそれは例えば聖母マリアのイエス
への愛みたいな愛だよ。
例えば或る女でそんな愛に参加したいと思っても、どうも自分は価値の無い女
だからこの愛には参加できないと思うんじゃないの。案の定男は体を求めてきた。
愛は勿論成就しない。それで女は「体目当ての嫌な男だった」と嘆くんだけれども、
こういう場合にキルケゴールだったらこう言うんだよ。「ちょうどよかったじゃ
ないか。いい人と別れるのは辛いかも知れないけれども嫌な奴と別れるんだから
ちょうどよかったじゃないか。だのに何故嘆くのか」と。それは愛が台無しになっ
てしまうからなんだよ。
愛が台無しにならない為には、愛も本物、男も本物、ただ自分が下らない女だった
から愛に参加出来なかったというパターンしか無いんだよ。
医療も同じで、医療も本物、S医師も本物、ただ僕が下らない人間だからS医師
との友情はあり得ないと思うしか。
だけれども実際にはそんなプラトン的に完璧な人間なんているわけないし、S医師
もうちの甥っ子と同じぐらい適当だったと」
「何がなんだか全然分からないよ」と私は言った。
「え、そう? 結構飲んでいるから」ゴリさんはチューハイ5、6杯飲んでいた。「
あ、もう10時50分だ」とゴリさんが言った。

井の頭通りに出ると「君んち、どっち?」とゴリさんが言った。
「あっち。漫キツに寝るの」
「ああいう所は結核菌がうじゃうじゃいるんだよ。うちに帰んなよ」
「ゴリさんちってどこなの?」
「なんで」
「泊めてよ」
「えー」

その晩彼女は家に帰った。

【完】





元文書 #714 She's ゴリの書き込み(改)
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