AWC She's Leaving Home その1 ぴんちょ


        
#678/1159 ●連載
★タイトル (sab     )  09/03/17  04:24  (116)
She's Leaving Home その1 ぴんちょ
★内容
9月のある朝、
私はJR田町で降りると真っ直ぐ学校へは行かないで地下鉄赤羽橋まで歩いて来た。
ここはヒデオの降りる駅だから学校まで一緒に歩こうと思ったのだ。

赤羽駅は首都高速の高架線の下にあってガラスのレンガで出来ていて、
公衆便所の様に見える。
サラリーマンや多分慶応の大学生がぱらぱら出て来て、
時々うちの生徒も出て来るのだが、ドキッとする。
そんな事でどうする、と思う。
何故ならヒデオと一緒に学校に行きたいというのは、
一緒にいるところをみんなに見られたいという事なのだから。
それは私が勝手に計画した事だが。
ヒデオの了承を得た訳ではないが。
そういうのは鬱陶しいと思われるだろうか。

学校では公認のカップルは一緒にパンを食べたりしている。
ipodを頭をくっつけて一緒に聴いたり、
新発売のドリンクを一緒に味見したりしている。
クラスの男子が目にゴミが入ったと騒いで、
女子があかんべーして見てやっていた。
ああいうのはいいよなぁ。

そういう権利はあるでしょ。
この夏休みはかなり尽くしたし。
船橋のららぽーとからビーナスフォート辺りまでがヒデオのテリトリーで、
そこら辺に毎日行って、
帰りはヒデオの家に行って両親共稼ぎで誰もいないので、そこでやられた。
何回やられたんだろう。
それから色々具体的な行為も思い出す。
そうしたらため息が出た。
はぁーとため息をついてつま先を見る。
コインローファーの先っぽがひしゃげていてはげている。

「なにやってんの」と声を掛けられて顔を上げたらヒデオがいた。
天パーで黒人とのクォーターみたいで東幹久とかタイガーウッズみたいな感じ。
「えっ」と私は一瞬言葉に詰まったが「いいじゃない、別に」と言う。
「いいけど」とヒデオが言った。

私達は首都高速の下の舗道を歩き出した。
「メールでもくれればよかったのに」とヒデオが言った。
「あげたよ。夕べ」
「えっ」みたいな顔をしてヒデオは携帯を取り出して
パカッと開けたがすぐに閉じてポケットにしまう。「夕べはエイジといたんだ」
エイジ。眉間に皺が寄る。
エイジというのはちょっとホストみたいな感じの奴で
山本KIDとか魔裟斗みたいな雰囲気の奴だ。
家が銭湯で、映画のポスターを貼らせてあげているから大量の只券を持っている。
今時銭湯に映画のポスターなんて貼ってあるのだろうか。
とにかくその只券で女を口説くらしい。
「あいつのナンパの哲学を聞いたよ」とヒデオが言った。
一号線に出ると右に曲がって横断歩道を渡る。
「あいつはねー、なんていうかなあー、
例えば偏差値六〇の女がいてやらせてくれたとするじゃない」
下ネタかー。
「そうしたらもう偏差値五五の女がやらせてくれるっていってもやらないんだって。
そんなの意味ない、つーか、
偏差値六〇の女とやった段階でそれ以下全部クリアなんだってさぁ。
そうやってどんどんハードルを高くしていって、
最後に頂点の女とやったら世界の女は自分を愛しているとか。
それって愛じゃないよなー。
それって単なるポテンシャルの確認でしょ。
愛っていうのは、なんつーの。
あたなただけを、みたいな。
オンリーユーみたいな。
世界に一つだけの花みたいな」
薬屋が見えてきた。あそこを曲がればすぐに学校だ。
校舎の二階からみんなが見ている。
「だからさあ」とヒデオが言った。「もしアキコがね、
俺といるところをみんなに見られたいんだったら
それってポテンシャルの確認じゃん」
「えっ」私はハッとした。
「みんなに見られたいっていうのはポテンシャルの確認でしょ」
「そんな事ないよ」
「あるよ。受け入れられましたーみたいな」
「そんな事ないよ」
「それって愛じゃないと思うんだよねえ。だから俺は先に行くよ」
と言うとヒデオは走って行ってしまった。
丸いお尻をぷりぷりさせて。
「そんなぁ」

それからは丸でDVDの四倍速のような速さで時間が過ぎていった。
ハッと気が付くと窓際の席で空を眺めていた。
次の瞬間にはプールの後でシャワーを浴びていて、
次の瞬間には窓際の席から校庭の向こうの木々を眺めていた。
大きなケヤキが風に吹かれてわさわさしている。

夏休みの前の事を思い出した。
体育の授業の時に定期入れを落した事があった。
そうしたらヒデオが物凄い勢いですっ飛んで来て
「俺の写真の入っている定期入れ落としただろう。誰かに見られたらどうするんだよ」
と言った。
物凄い形相だったな。
迷惑なんだよ、みたいな。
憎しみがこもっていたな。
ははは。
そういう事ね。
笑うっきゃないでしょ。
別に玉砕したとは思わなかった。

その日の三時頃、学校の帰りに田町に向かって歩いていたら
私の前を背の高い女の人が歩いていた。
シフォンのワンピースにサンダルという格好で、
きゅーっと脚が長くてお尻の丸みがなんとなく分かって
格好いいなあ、と思った。
あの人、身長何センチぐらいだろう。
私より大きいだろうか。
聞いてみようか。そんな事できるか。
銀行のガラスに映して背比べをしてみよう、と思って
歩くスピードを上げていって並走状態になったところで銀行のガラスを見る。
彼女の方が高かった。
五センチぐらいだろうか。
でも私はローファーだし彼女はサンダルだから実際には三センチぐらいだろうか。
一六八ぐらいか。
三センチ違うと随分違うのかなあ。
あのぐらいあると存在感があるなあ。
しかし今だかつて自分の身長に不満なんていだいた事無かったのに何で。





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