AWC 対決の場 25   永山


        
#105/1165 ●連載
★タイトル (AZA     )  03/01/10  23:53  (199)
対決の場 25   永山
★内容
(争った痕跡がないからと言って、角が自分の意志で部屋を出たとは限らない。
これほど殺人が続いているんだ。角はヂエに言葉巧みに誘い出されたと受け取
るのも、無理があるとは言い切れまい)
「――ん?」
 室内の様子に、異変を発見した。極小さく、緩慢な動きではあるが、カーテ
ンがはためいている。窓が開いて、そこからのすきま風が流れ込んでいるのだ
ろう。
(ここは二階だぞ、まさかな)
 窓からヂエが侵入した、もしくは角が窓から外に出た可能性を頭で否定しつ
つも、遠山は確かめずにはいられなかった。開けっ放しの窓に近付き、慎重な
手つきで開くと、首から上を出した。
 が、地上に焦点を合わすより先に、異変を見つける。
「――何でこんな物が」
 窓枠に掛ける形で、縄梯子があった。はっきりとは見えないが、地面に届い
ているのだろう。
(非常時の脱出用に備えてあったのか? いや、今はそんなことよりも、角治
子の行方だ。彼女が誰かを招き入れるために掛けたのではなく、彼女自身がこ
こを抜け出るために縄梯子を使ったと考えて間違いあるまい)
 脳細胞を働かせながら、部屋を出る。嶺澤に伝えている時間が惜しい。その
まま階下に降りて、窓の下まで走った。
 借りっ放しの懐中電灯を使い、周辺を照らす。角治子本人の姿は無論、人の
通った痕跡さえ見つけられない。
(それにしても、何故、わざわざ縄梯子を使った? 外に出たいのなら、堂々
と正面から出て行けばいい。そりゃもちろん、我々刑事に見つかれば、引き留
められるに決まっているが。我々に知られたくない行動をしようとしているの
か?)
 角治子犯人説が唐突に浮かぶが、そこから進展しない。かぶりを振った。
(余計なことは考えず、角治子の発見に全力を)
 自らに言い聞かせた刹那、風に乗って嫌な臭いが。鼻を刺激する。現場経験
の乏しい遠山だが、これは嗅いだことがある。
 焼死体の臭気。
 正確を期すなら、肉や皮の焼け焦げる臭いだ。だが、遠山は最悪のケースを
連想せざるを得ない。
 臭気の源を目指し、歩を進める。まさかとは思うが、ヂエが現場に、あるい
はその近くにいる可能性がある。拳銃を抜いた。いつでも発砲できるようにし
ておく。
 臭いは森の中から漂っていた。方角を見当づけ、懐中電灯の明かりを頼りに
さらに進むと、心なしか熱気を肌に感じた。
 思い込みでないと判明したのは、ほんの十数秒後。
 まだくすぶっていた。途切れがちながら、嫌な音が、鼓膜を刺激する。
(これは、ひどい)
 声も出ず、遠山は口を押さえた。
 黒い塊と化したひと形が、木々に囲まれた丸いスペースに横たわっていた。
最初は仰向けなのか俯せなのかすら分からず、近寄ってやっと俯せと判定でき
た。生死を云々するレベルでない。ガソリンか何かの液体燃料を掛けて燃やし
た結果、その肉体の大半は炭と化していた。周囲をざっと調べるが、身元を特
定できる物は見当たらない。性別も、科学鑑定をしたとしても、恐らく分かる
まい。歯形が頼りになるだろう。
 遺体に気を取られていた遠山は、説明しがたい悪意のようなものを突如感じ、
顔を起こした。脈拍が早くなる。銃を構える。唾を飲み込んだ。明かりを消す
べきか? 身を屈めるべきか?
 経験不足がここでも露呈して、脳内でぐるぐる考えるだけで、判断を下せず、
結果的に行動が伴わない。ただ、幸運にも、犯人が襲ってくるような事態には
ならなかった。あるいは、近くにヂエがいるということ自体、遠山が生み出し
た幻影に過ぎなかったのかもしれない。
 やっと落ち着き、次の行動を選択する。
(戻って……所在を確かめねば。角と伊盛の)
 遺体を一時的に放置するのは気が咎めるが、決断を下す。急ぎ足で引き返し
始めたものの、しっくりしない感覚が残る。
(伊盛が犯人だとしても、俺に対する恨みだけで、赤の他人をここまで残酷に
殺せるものか? 無差別殺人と変わりないじゃないか)
 西洋館に入ると、真っ先に伊盛の部屋に向かったが、依然として不在のよう
だった。念のため、角の部屋も覗く。こちらは、先ほど飛び出してきたままの
状態から変わっていない。
「とにかく、全員に知らせて、注意を喚起せねば」
 声に出すことで、自分を奮い立たせる。後手に回っているが、ヂエからのパ
ズルがストップしている今こそ、形勢を逆転するチャンスとも捉えられる。
 遠山は一階フロントに走った。

「夜分遅くに、申し訳ありません」
 日を跨いでから二時間強がすでに経っていたが、短い間に殺しが続発すると
いう異常かつ緊急の事態に、眠っていた者も含め、確認の取れた全員にギャラ
リーへ集まってもらった。遠山本人を含めて、総勢九名が揃った。
 いないのは、三人。若柴刑事はもちろんのこと、遠山が最有力容疑者と睨む
伊盛、そして絵描きの面城だ。
「面城氏はどうした? いい加減、出て来てもらいたいんだ」
「伝えたわ」
 遠山の切羽詰まった詰問に、麻宮はふてくされたような調子で返した。睡眠
不足に加え、遠山があまりにもしつこく面城を気にするので、嫌気が差したよ
うだ。だが、遠山ら警察の立場からすれば、面城の存在を気にするのは、当然
である。
「内線で知らせたから、やって来るはずよ。ただ、彼、気難しいところがあっ
てね。こんな時間に呼び付けられて、多少、気分を害しているのかも」
「他の人達だって一緒だよ。芸術家だけを特別扱いする訳にいかない」
「遅れてやって来るわよ、きっと」
 元来、麻宮に弱いところのある遠山だ。毎度のことながら、押し切られてし
まった。渋い顔をする嶺澤に、新たに起きた事件の説明を任せる。焼死体が見
つかった件も、前もって嶺澤に伝えておいた。
 その合間に、遠山は縄梯子のことを、麻宮に尋ねた。
「ああ、あれなら、あなたの言う通り、非常時のための物よ。各部屋に装備し
てあるわ」
「目に着く場所にあるんだろうね」
「もちろん。白い箱に収まっていて、赤い字ではっきり、“非常用縄梯子”と
書いてあるはすよ」
「うーん、勝手に持ち出せる物なのかい?」
「決まってるでしょ。いちいち許可がいるんだったら、火事のときなんか、役
に立たないじゃないの」
「そうだよな……」
 当たり前のことを確認しただけに終わった。進展が見られない現実に、腕組
みをして唸りたくなる。
 やがて嶺澤の説明が終わった。あとを受けて、遠山が喋り始める。
「我々がいながら、こんな事態を招いたことは、大変遺憾で、いくらお詫びし
てもしきれません。批判は甘んじて受けます。が、今はそれ以上に、犠牲を増
やさないこと、そして犯人逮捕が大事です。皆さんの一層のご協力を、改めて
お願い申し上げます」
「具体的に、どうすればいいのか、それを言ってください」
 すかさず応じたのは、支配人の布引だった。宿泊客の多くが殺されるという
現実に、間接的に責任を感じているのかもしれない。
「まず、皆さんの行動を確かめさせてください。どなたにもアリバイがあれば、
犯人は自ずと決まってきます」
 姿が食堂で死亡した事件で事情聴取をしてからの、全員の行動を把握してお
きたかった。
「アリバイを調べるには、犯行時刻ないしは死亡時刻をはっきりさせる必要が
あります。八坂さんが亡くなったのは、事情聴取が終わった午後九時過ぎから、
嶺澤刑事によって見つけられるまで」
「十一時十五分か二十分ぐらいだったと思います。警部が来たのが、十一時二
十五分頃でしたし」
 嶺澤刑事が自身の言葉で補足した。
「では、九時以降、十一時十五分以前に、八坂さんを見掛けた人がおられたら、
ぜひ話を聞かせてください。ああ、声を聞いただけというのも、結構です」
「その前に、ちょっといいか」
 近野が鋭い調子で割って入ってきた。遠山が「何だ?」と聞き返すと、相手
は嶺澤に目を向けた。
「嶺澤刑事。いつ話してくれるのか期待していたのだけれど、いつまで経って
も聞けそうにないから、こっちから尋ねさせてもらいましょう。いかなる経緯
で、八坂の遺体を発見したのですか。換言すると、何故、八坂の部屋を気にし
たのか、ということだが……」
「言われてみれば、聞いていなかったな」
 見落としを恥じて耳を赤くしつつ、遠山は部下に向き直った。
「どうなんだ?」
「麻宮さんに足の手当をしてもらったあと、五号室に戻ろうと思って、宿に引
き返して、廊下を歩いているときに、三号室のドアがゆらゆら揺れるのに気付
いたんです。何かあったかと思い、様子を見に行ったら、遺体が」
「おかしいな」
 近野がつぶやく。
「手当が終わったあと、どうして遠山警部に声を掛けなかったんです? 同じ
屋根の下にいたんだから、それくらい、当然だと思いますね」
 それもそうだな、と変に納得する遠山。部下に再び視線をやった。
 嶺澤は鼻の下をこすり、辟易したように苦笑いを浮かべた。
「特別なことなんてありません。警部が近野さんの部屋にいるとは、思いもし
なかっただけで。宿の方で、見張りをされてるんだと信じてましたからね」
「ふん、納得しました。妙なことを言い出して、失礼を。どうかお許しくださ
い」
 仰々しくお辞儀する近野に、嶺澤は「いや、別に」と困った風に、へどもど
と応じた。
 好対照に、近野は面を上げると、今度は麻宮を相手に選んだ。
「ついでに、麻宮さんは、あのあと、どうしていたんだい?」
「あのあとって?」
「刑事さんの足を治療したあとだよ。俺と遠山とで部屋を訪ねたが、留守だっ
たようだ」
「嶺澤さんを送りだしてから、しばらく一人だったわ。確か、十一時過ぎに、
面城君に会いに行ったから、ちょうどそのときじゃない?」
「俺達は、君の部屋に行ったあと、地下にも降りたんだ。でも、君も面城氏も
いなかったみたいだぜ?」
 近野の質問攻めを端で聞いて、遠山は感心しきりだった。嶺澤や麻宮に疑い
の目を向けるという発想が、遠山には希薄であった。
 麻宮レミが顔をしかめた。歯ぎしりをしたらしい。
「……しょうがないから、教えてあげるけれど、あの地下室は、二段構えにな
っているのよ」
「と言うと?」
 イニシアチブをすっかり取った近野。
「地下室の横にもう二つ、空間があるの。サイズは同じくらい。扉や壁が分厚
いから、階段の方から声を掛けられても、聞こえないわ。面城君と私は、真ん
中の部屋にいた」
「何の目的で、そんな部屋をこしらえたんだい?」
「他にも有望な画家がいれば、島に招いて、思う存分描いてもらおうと考えて
いたのよ。実際の話、何人か来たのよ。定着してくれたのが、面城君一人だっ
たという訳。納得してくれたかしら?」
「一応は理解できたが、最終結論は、あとで部屋を見てからだ。いいよな?」
「仕方がないわね」
 と、空気が弛緩し掛けたところへ、近野が再び質問を投じる。
「もう一つだけ。何故、部屋の存在を隠していたんだ? 秘密にする必要はな
いと思えるんだけどな」
「絶対に秘密ってことじゃないわ。だからこそ、今も喋ったんだし。まあ、男
の画家を何人も囲ったら、私が何て言われるか分からないからね」
 間が空くことも、淀むこともなく、麻宮は答えた。この態度により、近野の
疑念は完全に払拭されたらしい。遠山に主導権を返した。
「八坂さんのことに話を戻すとします」
 もう一度、死亡時刻の確定作業を始める。結果は芳しいものでなく、事情聴
取終了直後に見掛けたという人がいるに過ぎなかった。
「では、角さんについても、同様のことをお尋ねしたい。八坂さんが遺体で見
つかったあと、私は皆さんに、不審人物を見掛けなかったか等、話を伺いまし
た。それがだいたい、午後十一時四十五分から〇時四十分頃に掛けてのこと。
このとき、角さんを部屋に訪ねたのは一番早かったので、午後十一時五十分ま
では、存命だったと考えていいでしょう。また、遺体の炭化具合から、三十分
は燃やされたと見なし、遅くとも午前一時十五分までに殺されたものと判断し
ます。この間、彼女を見掛けた方、声を聞いた方はおられませんか」
 手振りを交え、全員を見渡す遠山だが、期待したような返事はまたもない。
真夜中という時間帯を考慮すれば、無理からぬことかもしれないが、科学捜査
に頼れない現況では、落胆が大きかった。
「それじゃあ、皆さんのアリバイを伺うことにします」
 遠山は力無い声で言った。
「繰り返しますと、八坂さんの死亡推定時刻が、昨日の午後九時から十一時十
五分。角さんの死亡推定時刻は、昨日の午後十一時五十分から今日の午前一時
十五分まで。このそれぞれの時間において、どこでどうされていたのか、順番
にお話ください。最初は、布引さんから」
 姿勢正しく座っていた女性支配人は、指名を受けて、一層背筋を伸ばした。

――続く





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