AWC 対決の場 23   永山


        
#7/1165 ●連載
★タイトル (AZA     )  02/03/12  23:11  (200)
対決の場 23   永山
★内容
「――」
 声が出なかった。信じられなかったが、嶺澤の様子を見れば、嘘でも冗談で
もないのは明白だった。
 遠山の頭の中で、様々なことがよぎる。
(何てことだっ。また犠牲者を出すなんて! 一体、どうやって殺した? し
かし、何故、八坂なんだ? あのパズルは何だったんだ? 次は近野を狙うん
じゃなかったのか? もしや、違う人間を殺すためのフェイント?)
 疑問符だらけになって、空間が埋まってしまう。ひとまず、思考労働は小休
止とし、状況の把握に努める。
 室内を覗き、嶺澤が戸口にしゃがみ込んでいる理由が分かった。
 部屋に入ってすぐのところで、八坂信介は頭を廊下の方へ向け、仰向けに倒
れていた。靴脱ぎのスペースへ、頭を出す格好である。後頭部が段差の縁に来
ている。
 一見しただけでは、外傷の有無を判断できない。遠山は靴を脱いで上がり込
み、嶺澤の前にしゃがんだが、ちょうど自分自身の影ができてしまう。これで
は極めて観察しづらい。
 嶺澤がひょこひょこと、不自由な足取りながらも移動をする。
「警部。交代しましょう」
「あ、うむ。君の気がついた点があれば、あとで聞かせてほしい」
 今は何も言ってくれるなというシグナルである。予見を持たぬためだ。もっ
とも、嶺澤もこれくらいは心得ているに違いないが。
 改めてしゃがみ直した遠山は顔を、八坂の頭部、特に開けっ放しの口に近付
けた。姿が殺されたときの情景を思い起こし、毒の可能性をまず考えたのだが、
特徴的な匂いは感じ取れない。
「分からないな。拡散してしまったか、元々少量だったのか。それとも毒殺で
はないのか」
「私は毒殺、それも経口毒によるものだと思います。外傷を見つけられません
でしたから」
 壁に手を突いてバランスを保つ嶺澤が、背後から意見を述べる。遠山は黙っ
てうなずいてから、被害者の身体をざっと調べ、まずこの点では部下と考えの
一致を見た。
「しかし、それにしてはちょっと変だな」
 被害者の身体やその周辺から、部屋の奥へと目を走らせる。遠山は首を捻っ
た。飲み物の容器が見当たらないのだ。
 そのことを嶺澤に言うと、彼も見つけていないとの返事があった。
「毒は恐らく青酸系で、錠剤にしてあったのでしょう。錠剤なら、水がなくて
もどうにか飲み込めます」
「八坂は犯人から錠剤をもらって、うかうかと飲んじまったのかな。よほど親
密な仲ならまだしも、他人からもらった得体の知れない薬なんぞ、普通は飲み
たいと思わないがなあ」
「確かに。八坂は一人旅らしかったですしねえ」
「錠剤ではなく、何か固形の食べ物に毒が仕込まれたのかもしれない。たとえ
ば、そうだな……」
 再度、室内を見渡す。チョコレートの包み紙やスナック菓子の袋が、寝床の
枕元に無造作に放ってある。頭を動かし、視線の角度をずらすと、中身が少々
残っていると分かった。
「スナック菓子は難しいだろうが、チョコレートになら、溶かして穴を穿ち、
中に毒を仕込める」
「味も、まずまずごまかせそうです。残っている分を調べれば、はっきりする
でしょう。けど……島から出られないんじゃあ」
 すくめた首を小刻みに振る嶺澤。あきらめムードを漂わせる。
 遠山は、いざとなったらチョコを魚にでも食わせれば判定できると思ったが、
今は言い出さないでおいた。こんな夜遅くに生きた魚が手に入るかどうか、確
証を持てない。実験は明朝早くに行えばいい。
「毒を仕込むのに都合よさそうな経口物が他にないか、よく見ておいて。特に、
煙草の類が気になるんだ」
「吸い口に毒を塗るというやり方は、よほど鈍感な被害者でない限り、致死量
に達しない内に感づくケースがほとんどだとか、聞きますけどね」
「今回の殺しが、そのほとんどに当てはまらない例外かもしれない。労を厭わ
ずにチェックすればいい、簡単なことだ」
「お言葉ですが、煙草によって毒を吸い込んだのだとしたら、遺体の近くに吸
殻があってしかるべきだと思いますが」
 いささか不服そうな嶺澤の指摘の通り、床に転がる吸殻は見当たらない。灰
さえも落ちていなかった。
 それでも遠山は拘ってみた。
「吸って、灰皿でもみ消し、しばらく経ってから毒が効いたのかもしれない」
「それなら、被害者はもっと苦しんで、そこら中を転げ回るもんじゃないです
かね。その物音や呻き声が外に漏れて、生きている内に 異変を誰かに気付い
てもらってもいいのに」
 語尾の音量を小さくし、警部をちらと一瞥する嶺澤。現実にはそうなってい
ない、と言いたいらしい。
(他の部屋にも人がいたのだから、聞こえなかったはずがないよな)
 合点した遠山は、煙草説を引っ込めた。
「やはり飲食物か。身体検査をやれば、毒が出て来るかな……」
「難しいんじゃないんですか。ヂエは巧妙な奴のようですから、恐らく、とっ
くに処分しているでしょう」
「よし。この部屋を出入りした人物がいないか、聞き込みに移ろう」
 張り切ってみせた遠山だったが、結論から述べると、聞き込みは空振りに終
わった。従業員も客も、その他の面々も、八坂の部屋に人が出入りするのを見
かけていなかった。また、部屋の前に通じる廊下等で不審人物を目撃したとい
うような証言さえも得られなかった。時刻も夜遅く、姿が殺された件で事情聴
取をしたばかりとあっては、再び全員を聴取して回ることも難しかった。逆に
非難を招く有様である。
 犯人はよほど自然に振る舞ったに違いない。遠山はそう考えることで、落胆
をカバーした。
「近野のことが心配だ。一旦、戻ろう」
 頭のスイッチを切り換え、友人の心配をする。聞き込みを始めて以降は、近
野には麻宮の用意した部屋に篭もるように言っておいたのである。
「え? 近野さんがどうかしたんで?」
 怪訝がって眉を寄せる嶺澤に、遠山はクロスナンバーパズルの答に関して、
手短に教えてやった。
「近野さんまでヂエのターゲットですか……。あん? でも、その予告とは無
関係に、次々と殺人が」
「そこなんだ、奇妙なのは。ヂエの犯行の前後に付き物だったパズルも、見当
たらなくなったしな」
 近野の説を改めて口にする。
「パズルに気付いていないってことは、ありませんかね。もちろん考えたくな
い仮説ですが、我々が見落としたという見方も捨てきれない」
「確かに我々捜査側の人数が減ったせいで、パズルを見つけられないでいると
いう可能性はなきにしもあらずだろう。だが、ヂエのこれまでの行動から考え
て、奴は自己顕示欲が強い。パズルが人目に付くように手間を掛けているくら
いだ。そんな奴なら、俺達がパズルを見落としているのなら、是が非でも見つ
けさせようとするんじゃないかな」
「なるほど。……遠山警部と近野さんの口ぶり、似てますよね」
「これはまた薮から棒なことを言い出す」
「いえ、何となく。幼なじみだから似るようになったのか、それとも逆に、思
考や喋り方が似ているからこそ小さい頃に友達になったのか……興味あるテー
マだと思いませんか?」
「なくはないが、今はそれどころじゃない。パスだ」
「麻宮さんを巡って、ちょっとしたいさかいがあったとかなかったとか聞きま
したが」
「嶺澤刑事。どうしたんだい、君らしくもない。まるで中年女性の井戸端会議
だ。事件を放り出し――」
「犯人は警部に恨みを持つという条件。これに当てはまりませんかね? 恋敵
ってやつです」
「近野犯人説にまだこだわるのか」
 間延びした調子で言って、口をへの字にする遠山。怒鳴りたいところだが、
その気力もない。嶺澤の見方は、遠山にとっての現実からあまりに遊離してい
る。多少嫌味を響かせて、指摘する。
「その推理が成り立つには、現在、私が麻宮さんと結ばれていないといけない
んじゃないかね。だが、実際には私は独り者だ。付き合いのある女性すらいな
い有様なんだが」
「今は今、過去は過去。昔、一時的にせよ、警部が近野さんに勝利した時期が
あったのでは?」
「食い下がるねえ」
 遠山の表情が自然と苦笑いのそれになる。根負けした心持ちだった。近野の
いる部屋を目前にして、足を止めた。
「残念ながら、私も近野も麻宮さんと付き合った事実はないよ。それに、根本
的におかしいだろう。中学高校辺りのことを恨みに思って、今さら復讐なんて。
しかも殺人だなんて」
 これには何も言わず、軽く頭を下げた嶺澤。
 遠山はもう蒸し返さないでくれよという意味を込めて片手をかざすと、ドア
をノックした。まさかとは思うが、心持ち、力がこもる。
「近野、無事だろうな?」
「無事だよ」
 笑声混じりの応答が返って来て、しばらくしてからドアが開く。夜も遅くな
ったというのに、目は冴えているようだ。
「寝なくていいのか」入室と同時に尋ねる。
「夜更かしには慣れている。それに、おちおち寝ていられない」
「身辺警護は、俺達を信用してもらいたい。安心して眠れるように――」
「いや、身の危険云々じゃなく、パズルが気になるのさ」
「パズルなら全部解いただろう? 次の出題があるまで休め。俺達はそうなる
前の逮捕を目指す」
「全部解いたというのは、違うね。姿と八坂の両名が殺された一件とパズルと
のつながりが見えてこない。不可解極まりないってやつだよ。俺からすれば気
持ち悪くて、とてもじゃないが眠れんさ」
「厄介な性分だな。気が済むまで考えてくれていいが、無闇に出歩かないでく
れよ。夜は特に気を付けないと」
「俺だけじゃなく、他の人の安全も確保しろよ。姿と八坂の両名をむざむざ殺
されたのは、よくない兆候だぜ」
 非難されているような気がして、言葉に詰まる遠山。それを近野も察したら
しく、「ヂエがパズルによる予告なしの凶行に走り始めた可能性も、検討する
価値があるかもしれないな、やはり」と付け足した。
 遠山は相手の言った意味をよく咀嚼した後、疑問を呈する。
「それはどういうことだ。ヂエはパズルマニアで、パズルの理屈に従って動い
ているというようなことを、君は言ってなかったか?」
「さっき述べた仮説が当たったとしても、その前提は崩れない。パズルと殺し
がワンセットであるとの思い込みを我々に植え付け、その隙を衝くというのが
元々の計画だったかもしれないってことさ。ないとは言い切れまい」
 にやりと笑った近野。遠山は思考に混乱を来しそうな感覚に囚われ、強くか
ぶりを振った。
「考えるべき選択肢が多すぎる。殺しを続発されてしまった上に、若柴刑事の
行方についてもまるで手がかりなしときた。そこへ持って来て、出題パターン
の変化とは、頭がおかしくなりそうだよ。鉛直思考は苦手じゃないが、時間を
掛けることが許されない状況下では、焦っちまう」
「これまでに手がけた捜査と同じようにすればいいんじゃないのか。ヂエは特
異な犯罪者かもしれないが、捜査方法に基本的な違いはないだろうさ」
「だといいんだが。何せ、俺は実戦経験に乏しいんでね。よ、っと」
 だらだらとお喋りを続けて、時間を浪費している場合でない。長居は無用、
遠山は腰を上げた。嶺澤も従う。
「とりあえず、パズルの件は全て任せる。ただ、いざというとき寝不足で身体
の自由が利かずに襲われたなんてことになったら、笑い話にもならない」
「分かった分かった。適当に切り上げて眠る」
 何度も同じ話題を出されて、辟易した風に手を前後に振る近野。遠山達は退
散させられてしまった。
「嶺澤刑事。足の具合がまだ悪いというのにすまないんだが、君は近野の護衛
についてくれ。パズルと殺しの兼ね合いがずれてきているとは言え、ヂエの予
告では次に狙われるのは近野だ。私の友人ということを抜きにしても、危険に
さらさせる訳にはいかん」
「承知してますよ。目立たぬよう、それとなくこの通路を見張ります。なに、
根性を見せてやります。警部の方はどうなさるんで?」
「……若柴刑事のことが心配だが……打つ手が見つからない」
 苦渋に表情が歪む。しわが以前よりも深くなったかもしれない。事件が解決
する頃には、くっきり刻み込まれることだろう。
「私ももちろん心配ですが……夜の間は下手に動けませんよねえ。人手が足り
ないし、照明設備もない」
 気休めか、逃げ口上なのか、嶺澤はあきらめ気味に言った。
 遠山は多少迷ってから、やおら口を開いた。
「常に最悪の事態を想定すべきだと思うかね?」
「はあ。そ、それはどういう意味なのでしょうか」
「……本来、俺は、いや、私は縁起を担ぐ方でね。不吉なことを口にすると、
何だか実現してしまいそうで嫌なんだが」
 言葉を切り、息を吸う。
「若柴刑事がすでに命を落としている……ってことも考えておく必要があるん
だろうかな」
「――我々は警察官ですから。捜査の途中で命を落とすことはあり得ます。あ
ってはならないことではありますけど」
 遠山はしばらくノーリアクションだったが、やがて無言でうなずいた。

――続く





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