#522/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 22/10/11 21:23 (109)
お嬢さま、意味コワ話を所望する 永山
★内容
「――ああ、おかしい。ほんと、怖くて面白いわ。私、気に入りましたよ、『意味が分
かると怖い話』なるものに」
「お気に召したのでしたら、幸いです」
「ねえ、船場《せんば》。もっとないの、似た感じのお話」
「またお代わりを御所望ですか。これでもう七度、続けざまでございますよ。都度、あ
れこれと思い出して、振り絞ったあとのご要望とあっては、さすが私もネタ切れと言い
ますか」
「そんなこと言って、とっておきのがあるんじゃないの? あなたってほら、準備がい
いじゃない。『こんなこともあろうかと』って、決め台詞付きで」
「いえいえ。お褒めの言葉はありがたくも嬉しい限りですが、今宵はここで正真正銘、
ネタ切れでございます」
「ふうん。そう。残念ね」
「申し訳なく存じます」
「……でも、一つくらい、何かあるんでしょう?」
「いえ、ございません」
「おかしいわね。あなたの顔を見ていると、たいていの場合は分かるつもりだったんだ
けど。嘘をついているときって」
「そのような嘘など、滅相もありません」
「ほら、今、鼻で息をしたでしょ? そのせいで船場、あなたの立派な白い髭が微かに
揺れるの。嘘をついたという証よ。他に揺れることなんてない」
「まさか。はったりはおやめください」
「うふふ、そうね、今のははったりよ。でも、あなたが嘘をついたとき身体のどこかに
サインが出ているのは、本当なの。それが何なのか、簡単には教えやしないわ。これか
らも役に立つでしょうからね。とにかく、あなたは嘘をついている。違う? 違うのな
らはっきりと答えて。認識を改めさせてもらうから」
「……はぁ……仕方がありませんね。これを嘘と呼んでいいものか、難しいところでは
ありますが、確かにあと一つだけ、『意味が分かると怖い』系の話を知っております」
「ほら、ご覧なさい。嘘をついてた」
「弁明の機会をいただけるのであれば、何ゆえ私は頑なにないないと言い張ったのか、
説明をいたします」
「……ま、退屈しのぎに聞きましょうか。あと一つしか話すネタがないのは真実みたい
だし」
「ありがとうございます。説明と申しましても、至極単純、ほんの二言三言で済んでし
まうのですが……私が最後に残しておいた話は、お嬢さまにはふさわしくない内容なの
でございます」
「……どういう風にふさわしくないの」
「察していただけませんか」
「だめ、無理。察さない」
「それではやむを得ないと解釈しまして、お耳汚しになりますが、答を述べさせていた
だきます。ずばり言って、下ネタですから」
「下ネタ」
「はい。下ネタの意味まで説明する必要はないものと存じます」
「ええ、知っている。だけど、下ネタだからって隠すのもどうかと思うわ。確かに私は
まだ成人年齢に達してはいませんけれども、それなりに分かるつもりです」
「その調子ですと、私はどうしてもお話ししなければいけないようですね」
「分かっているのなら、早く言いなさい」
「その前にお約束を。決して怒らず、恥ずかしがらず、そしてもしも意味が分からない
ときは、右手をそっとお上げください」
「恥ずかしがらないというのは難しいかもしれないけれども、がんばるとします。心構
えのための深呼吸をしますから、少しだけ待ってなさい」
「かしこまりました」
「――よし。さあ、いつでも来なさい」
「では コホン。とある王国Aの王女が、隣国Bの王子とお見合いをして、結婚に向けての
交際が始まりました。順調に関係を深めていった二人ですが、いよいよ結婚の日取りを
決めようかという段になって、悲劇が起こります。A国に向かっていたB国王子の車列
が爆弾テロに遭い、王子を筆頭に護衛の者、通訳、運転手、お付きの者らが多数命を落
としてしまったのです。しかも爆弾は不必要なほど強力な代物で、遺体はばらばらのち
りぢりに飛び散ったという惨状を来しておりました。二日後、救出活動及び遺体回収に
当たった者が、王女に報せを持って参りました。
『非常に申し上げにくいのですが、王子様のお身体は損傷が激しく、また炎上の害も被
っているため、形をとどめているパーツがほぼありませんでした。できる限りの人員を
割いて探させた結果、ようやく見付かったのがこれでございます』
報告者は部下に合図し、トレイを持って来させると、掛けられていた紫色の布を恭し
く取った。
『まあ』
『この、いわゆる“いちもつ”のみが、現場で発見されました。車の位置関係から、王
子様の物で間違いないかと』
王女は、その物体に目を凝らし、手をかざすような仕種をしてから答えました。
『ご苦労様。しかしこれは王子様の物ではなく、護衛の物です』
――以上にございます」
「……」
「お分かりいただけたでしょうか」
「分かったと思うんだけど、さすが下ネタ、確証が持てないわ」
「その『さすが』の使い方、合ってます?」
「念のため、答合わせをしましょう。王女は王子とだけでなく、護衛の人とも関係を持
っていた、という解釈でいいのかしら?」
「ご明察にございます」
「ああ、よかった。うん、悪くない下ネタでした。他の方に話しにくいのが難ですけれ
ど」
「絶対に言わないようにしてください。たとえ同性のご友人に対してでもいけませんか
らね」
「はい、分かっているわ。それにしても思ったんだけど、王女様もちょっと軽率だった
わね」
「はい?」
「だってそうじゃない? “いちもつ”を見て、『王子様の物ではありません』とだけ
言ってやめておけばよいものを、つい、護衛の人だの何だのと付け足してしまったか
ら、関係がばれちゃって」
「ま、まあ、言われてみれば確かにその通りでございますが……そもそもこれは実話と
は思えません。オチのためにわざと、脇が甘いよう描かれたのだと推測するのが妥当で
ございましょう」
「なるほどね。それならいいわ。教訓にもなるし。私も万が一、同じ立場に立たされた
とき、同じ失敗をやらかさないよう、対策を講じておかなくては」
「対策、と申しますと?」
「そうねえ、たとえばなんだけど、結婚を前提に付き合っている殿方がいるとしてよ。
その殿方のあそこには、何か特殊な工作を施していただくというのはどうかしら」
「工作……」
「ええ。今思い付いたのを言うと、蛍光色のイエローかピンクで、あそこをきれいに塗
ってもらうとかね。それなら間違いようがないし、他人とも区別が付く。加えて、ばら
ばらに吹き飛ばされても見付け易い。いいこと尽くしだわ、これ」
「……お相手の男性が亡くなるのが前提になっています、お嬢さま。決して、いいこと
尽くしではございません」
「……そうね」
おしまい
※講談社現代新書の何とかという本で、考えオチの例として挙がっていた話を基に膨ら
ませました。今、その書籍が手元になく確認できないため、このような注釈になること
をご了承ください。