#519/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 22/08/05 20:09 (112)
計算と新基準:20−2+3 永山
★内容
クラスメートの白井《しらい》さんは、言葉遊びが好きであると広言している――な
んて風に書くと、彼女からすかさず、
「広言ではなく、公言よ」
と訂正が入るに違いない。
言葉遊び好きであると同時に、言葉や文章、そしてそれらの意味するところをこねく
り回すのが好きなんだと思う。
一方、僕は彼女とは幼馴染みで、それ故なのか、男子勢の中では言葉遊びに付き合わ
されることが多いようだ。
たとえばこの間も、こんなことがあった。
「如月《きさらぎ》君は当然、これまでに留年したことはありませんよね?」
放課後、掃除当番の役目を終えたところで、白井さんが急に聞いてきた。
「何なに、白井さん。藪から棒に」
僕は掃除道具を仕舞いながら聞き返す。彼女の方はゴミ箱が空っぽなのを再確認して
いるようだった。
「私と同じ年度に生まれているのか、確かめようと思ったんです」
「何だ。それなら誕生日を聞いてくれたらいいのに。年月日で答える」
「いえ、それは配慮のつもりでやめておきました」
教室の鍵を手に取り、廊下に出る白井さん。僕も続いた。
「配慮って、何で。女性に年齢を聞くのは失礼だとか言うけどさ。僕は男だし、そもそ
も同じ学年なんだから誕生日ぐらい気軽に」
「もしそんな質問をしたら、如月君にいらぬ期待をさせてしまうのではないかと」
いらぬ期待……これはすぐに分かった。プレゼントのことだ。白井さんは教室の鍵を
掛けた。
「そしてそういう想像をした私もまた、だったら誕生日プレゼントを何か用意しなくて
はいけないのではないかとプレッシャーに感じてしまいかねません」
「深読みっていうか、考えすぎだよ」
「では如月君は私から誕生日を聞かれても、何も感じないと」
「そんなことはないけど」
「だったら、そういうことです。それで、間違いなく二〇〇三年度生まれ?」
「あ、ああ。ていうか、小学生のときからずっと同じ学校なんだから、分かるだろう
に。最初の設問が成り立ってないぞ」
「ようやく気付いてくれましたね。これで安心して、話題を振れます」
先を行く白井さんの隣に追い付くと、彼女が微笑しているのが分かった。この表情
は、言葉遊び的な何かを僕に仕掛けてくるときの顔だ。せいぜい警戒しておこう。
「来年の四月が来れば、みんな揃って大人になる訳です」
「大人……ああ、成人年齢の話か」
日本の法律では二十歳が成人の証と定められていたけれども、ちょっと前に変更され
た。ちょうど僕らに関わることだったので、当時から割と話題にしたっけ。二〇二二年
の四月からは、十八歳が成人と見なされるのだ。
僕らの年度は、これから先のおよそ一年でみんな十八歳を迎える。だから二〇二二年
の三月三十一日までは未成年だったのが、その翌日には全員が一斉に成人になる。ちょ
っと面白い。
白井さんもその辺りのことに触れ、「私達にとってはそれが当たり前ではあるけれど
も、やっぱり特別感はありますね」と続けた。
「ところで、特別な成人と言えるかどうか分かりませんが、次みたいなことがあるのを
如月君は知っていますか?」
来た。この切り出し方はクイズ方式だな。僕は心の中で身構えた。
「ある日本人家族が故郷である中国地方に帰って、一人息子の誕生日をお祝いしていま
す。父親が息子にビールを注いでやりながら、『これでやっとおまえとも酒を酌み交わ
せるな』と言いました」
僕は聞きながら、関係しそうなことを頭に浮かべる。十八歳成人になっても、お酒や
たばこ、公営ギャンブルは二十歳になるのを待つ必要があるってね。だから白井さんの
話に登場する“息子”は二十歳になったばかりのはず。
「息子はビールを一口、ぐいっとやってから何とも言えない顔をして応じます。『夏の
方が間違いなく合うね、これ』と感想を述べた彼の前に、母親が唐揚げとおでんを持っ
て来ました。――ところがよくよく聞いてみると、この息子はこの日、二十一回目の誕
生日を迎えたんだそうです。こんなことがあるでしょうか?」
「えっ? 二十一回目の誕生日?」
廊下の角で立ち止まる僕。聞き違いじゃないと分かっていても、つい、おうむ返しを
してしまった。数歩先から戻って来た白井さんは「そうですよ」と澄まし顔で肯定し
た。
「息子は二十一歳になってる。なのに、これでやっと親子で酒を飲める? おかしい
よ。日本の話だよね?」
「はい」
国によって飲酒できる年齢が異なる&日本人でも外国にいるときはその国の法律に従
う、という話ではないようだ。
また、白井さんの出題だから、父親の勘違いとかでは絶対にない。
「父親がどこか遠くに赴任していて、息子が二十歳になってからずっと会えないでい
た?」
苦しいのは承知の上で、捻り出してみた。当然、白井さんは首を左右に振る。
「違います。逆に息子が遠くにいたというのもありません、念のため」
穴を塞いでくるなあ。
「だめ元で言うけど、父子のどちらかが病気でお酒を飲めなかったのが、完治したって
いうのは?」
「ユニークな発想だとは思います。でも、スマートじゃない。息子の誕生日と病気が治
る日がぴたりと一致したなんて。もっとスマートな解釈、ありません?」
うーむ。これが米国なら、禁酒法施行時代に絡めて、答っぽいのができそうなんだけ
ど、外国じゃないんだよな……。あ、待てよ。
「中国地方というのは実は中国という国だった、どう?」
「だめです。如月君は国としての中国を言い表すのに、中国地方という表現を使います
か? 使わないでしょう」
「だめか」
そもそも、中国での飲酒年齢がいくつなのか知らないんだけどね。
「日付変更線を超えた、なんてのも違うし。うー、分からん」
「あきらめます? 中国地方と言ったのが実は中国ではないかというアプローチ自体
は、悪くないです。私の言葉遊び好きを理解してくれてますね」
「言葉遊び……うーむ。息子の誕生日が実は特殊な日だとかでもないだろ?」
たとえば二月二十九日だったとして、それが何なんだってことになる。
「何日だろうと、誰であろうと関係ないですね。如月君でも同じです。《《二十一回目
の誕生日》》を迎える前に、飲酒しちゃだめです」
「僕も?」
僕は自分自身を指差してちょっとびっくりしつつも、最前の白井さんの言い方が傍点
を打たれでもしたかのように強調されて聞こえた。
「――あ。分かった。ばかばかしい」
僕は両手の平を合わせた。ようやく職員室に向かって再び歩き出し、答を口にする。
「生まれた時点で一回目の誕生日と数えてるんだ?」
「はい、ご名答です」
表情をほころばせ、首をやや傾けてにっこりする白井さん。
なるほど。思い込みは恐ろしい。生まれてから一年間は零歳で過ごすけど、誕生日そ
のものはすでに一度体験している。そうじゃなきゃ生まれてないことになる。人生二度
目の誕生日が来て、やっと一歳だ。二十一回目の誕生日で二十歳。不思議なことなんて
何もない。
「ということで、私達も二十一回目の誕生日を迎えたあと、会う機会があれば一緒に飲
みましょうか」
「え?」
何だ何だ。これは“予約”と受け取っていいのかな? どきどきして職員室の手前で
足が再び止まった。そんな僕を振り返り、白井さんは当たり前のように続けて言った。
「成人式は前倒しになるかもしれないけれども、小学生のときのタイムカプセル、掘り
出すために集まるのは二十歳のままですよね?」
終わり