AWC 楽屋トークをするだけで   寺嶋公香


        
#451/549 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/09/22  22:06  (203)
楽屋トークをするだけで   寺嶋公香
★内容
「相羽君て、どうして最初の頃、あんなにエッチな感じだったの?」
「え?」
「だって、そうじゃない? 小学六年生のとき、ぞうきん掛けしていたらお尻見てる
し、いきなりキスしてくるし、着替え覗くし」
「ちょ、ちょっと待って」
「最初の頃じゃないけど、スケートのときは胸を触ったし、あ、廊下でぶつかって、押
し倒してきたこともあった」
「待って。ストップストップ」
「中学の林間学校では、私の裸見たし。ああっ! スカートが風でまくれたところを、
写真に撮ったのも」
「……」
「もうなかったかしら」
「ない、と思う。ねえ、わざと言ってる?」
「うん」
「よかった。ほっとしたよ」
「でも、一つだけ、あなたが自分の意志でやったことがあるでしょ。それについてわけ
を聞きたいの」
「それって、ぞうきん掛けだね」
「ええ。あのときは、何ていやらしい、また悪ガキが一人増えたわって思ったくらいだ
った」
「これまたひどいな。じゃあ、全くの逆効果だったわけか」
「逆効果って、まさか、相羽君、あれで私の気を引こうとしてたの?」
「気を引こうというのは言いすぎになるかもしれない。僕のこと、完全に忘れてたでし
ょ、あの頃の純子ちゃん」
「そ、それはまあ、しょうがないじゃない」
「もちろん僕だって、確信はなかった。だからこそ、直接言って確かめるなんてできな
くて。とにかく君の意識を僕に向けさせたくて、色々やったんだ。何度も顔を見れば、
何か思い出すんじゃないかと期待して」
「色々? 他にも何かあった?」
「それは純子ちゃんが気が付いてないだけで」
「何があったかしら……」
「まあいいじゃない。今はもう関係ないこと」
「気になる」
「じゃあ、今度は僕が聞くよ。今では関係ないことだけどね」
「何? 私にはやましいところはありませんから」
「やましいって……ま、いいや。思い出したくないかもしれないけど、これは舞台裏、
楽屋の話ってことで敢えて。香村のこと、どこまで信じてたの?」
「え? 香村……カムリンのこと?」
「うん。他に誰がいるのって話になる」
「若手の中では一番の人気を誇ったアイドルで、今は海外修行中の香村倫?」
「だいたいその通りだけど、下の名前は確か綸のはず。ていうか、どうしてそんな説明
的な台詞なのさ」
「長い間登場していないから、知らない読者や忘れた読者も大勢いるだろうと思って」
「まるで再登場して欲しいかのような言い種だね」
「悪い冗談! もう会いたくない!」
「そういえば、カムリンの話題すら作中に全く出ないのは、ちょっと不自然な気がしな
いでもないな。不祥事そのものは伏せられたままなんだから、世間的な人気はほぼ保っ
たまま、海外に渡ったことになる。修行のニュースが時折、日本に届くもんだよね」
「そこはやっぱり、情報として入って来てるけど、わざわざ書くほどでもないってこと
でしょ」
「それにしたって、いつまでも海外にいること自体、おかしくなってくるかも」
「香村君の話は、あんまりしたくないな」
「やっぱり、信じていたのを裏切られて、嫌な印象が強い?」
「だって、証拠まで用意されてたんだもの。それに、最初は、あのときの男の子が有名
芸能人だったなんて、夢みたいな成り行きだったから、ちょっとはその、ときめくって
いうか……そうなっていた自分を思い出すのが嫌」
「ふうん」
「で、でも、ほんとに最初の最初だけよ。親しくなるにつれて、何か違うっていう思い
が段々強くなって。その辺りのことは、あなたにも言った記憶があるけれども?」
「うん、聞きました。あいつが芸能人で、母さん達とも仕事のつながりがあったから、
僕もどうにか我慢していたけれども、そうじゃなかったら何をしていたか分からないか
も」
「怖いこと言わないで」
「もちろん、冗談だよ」
「もう、意地が悪い……」
「意地悪ついでにもう一つ、仮の質問を。香村が正攻法でアプローチしてきたとした
ら、君はどう反応するつもりだったんだろう?」
「全然、意地悪な質問じゃないわ。問題にならない」
「ほー、何だか自信ありげというか、堂々としているというか」
「私は一時的に、香村君が琥珀の男の子だと思っていた。けれども、香村君を好きには
ならなかった。これで充分じゃない?」
「……充分。ただ、新しく質問を思い付いた。僕が琥珀の男の子ではなかったら?」
「相羽君、あなたねえ、今までの『そばいる』シリーズの紆余曲折を読んできたなら―
―」
「読んではいない、読んでは」
「あ、そっか。でも――分かってるはず。私はあなたを琥珀の男の子だから好きになっ
たんじゃないって」
「もちろん、分かってるよ」
「じゃ、じゃあ、何よ、さっきの質問は? 私に恥ずかしい台詞を言わせたかったの
?」
「違う違う。質問の意図を全部言う前に、君が答え始めちゃったからさ」
「意図? どんな」
「僕が琥珀の男の子ではなく、あとになって格好よく成長した琥珀の男の子が目の前に
現れたとしたら、っていう仮定の質問をしたかったんだ」
「ああ、そういう……。それでも、ほとんど意味がないと思う」
「どうして?」
「琥珀の男の子は、相羽君だもの。大きくなった姿を想像しても、やっぱり相羽君。あ
なた二人を比べるようなものよ」
「それもそうだね。ううん、どう聞けばいいのかな。具体的に別人を思い描いてもらう
には、……純子ちゃんが格好いいと思う周りの男性、たとえば、鷲宇さんとか星崎さ
ん?」
「あは、格好いいと思うけれど、それ以上に頼りにしている存在ね。あと、私の周りの
格好いい男性に、唐沢君は入らないのね? うふふ」
「唐沢だと生々しくなるから、嫌だ。とにかく、仮に星崎さんが琥珀の男の子だったと
したら? もっと言うと、星崎さんのような同級生がいて、しかも琥珀の男の子だった
ら」
「うん、ひょっとしたら、ぐらつくかも」
「え、ほんとに」
「相羽君がいない世界で、その星崎さんのそっくりさんが、私の前で相羽君と同じふる
まいをしたら、ね」
「それってつまり」
「どう転んでも、私が好きなのは相羽君、あなたですってこと。もう、全部言わせない
でよねっ」
「いたた。ごめんごめん。でも、よかった。嬉しい」
「いちゃいちゃしているところ、お邪魔するわよ、悪いけど」
「白沼さん!? どうしてここに」
白沼「面白そうなことをしているのが聞こえてきたから、私も混ぜてもらおうと思っ
て。問題ないでしょ?」
純子「かまわないけれど……面白そうというからには、白沼さんも何か仮定の質問が」
白沼「当然。後ろ向きな意味で過去を振り返るのは好きじゃないけれども、こういう思
考実験的な遊びは嫌いじゃないわ」
相羽「思考実験は大げさだよ」
白沼「いいから。聞きたいのは、相羽君、あなたによ。涼原さんは言いたいことがあっ
ても、しばらく口を挟まないでちょうだいね」
純子「そんなあ」
相羽「まあ、しょうがないよ。僕らだって、この場にいない人達を話題にしていたんだ
し。それで、白沼さんの質問て?」
白沼「仮に涼原さんがいなかったとしたら、相羽君は私を選んでいた?」
相羽「……凄くストレートな設定だね。答えないとだめかな」
白沼「できれば答えてほしいわ。私、打たれ強いから、つれなくされても平気よ。色ん
な架空の設定を、今も考え付いているところだから、その内、色よい返事をしてくれる
と思ってる」
純子「まさか白沼さん、相羽君がイエスって答えるまで、質問するつもり?」
白沼「何その、げんなりした顔」
純子「だって……時間がかかりそう……」
白沼「何だかとっても失礼なことを、上から目線で言われた気がしたわ」
純子「そんなつもりは全然ない。ただ、白沼さんがさっきまで見てたのなら、その、相
羽君の気持ちが改めて固まったというか、そういう雰囲気を目の当たりにしたんじゃな
いかと思って」
白沼「愛の絆の強さを確かめ合ったと、自分で言うのは恥ずかしいわけね」
純子「わー!!」
相羽「白沼さん、もうその辺で……。昔の君に比べたら、今の君の方がずっといいと感
じている、これじゃだめかな」
白沼「だーめ、全然。……けれど、ここで昔の超意地悪な白沼絵里佳に戻っても仕方が
ないし。そうね、質問は一つだけにしてあげる。ただし、縁起でもない設定になるわ
よ。相羽君のためを思ってのことだから、勘弁してね」
相羽「ぼんやりと想像が付いた気がする」
白沼「さあ、どうかしら。あ、いっそ、二人に聞くわ。もし仮に、相手に先立たれたと
して、あなたは他の人を好きになれる? どう?」
純子「……」
相羽「……」
白沼「あら? 答は聞かせてくれないの?」
相羽「その設定は、さすがに重たすぎるよ。第一、付き合い始めてまだそれほど時間が
経っていないのに、そんな相手がいなくなる状況なんて……」
白沼「考えられない? 相羽君が言える立場なのかしら。生き死にではないけれど、い
ずれりゅ――」
相羽「待った! そ、そのことはまだ本編でも触れたばかりで、登場人物のほとんどに
行き渡っていない! ていうか、白沼さんだって知らないはずだろ!」
純子「何の話?」
白沼「あなたは知らなくていいのよ。今後のお楽しみ。――相羽君、本編の私は知らな
いけれども、今ここにいる私は、ちらっと原稿を見てしまったということになってる
の」
相羽「ややこしい。設定がメタレベルになるだけでもややこしいのに、本編と楽屋を一
緒くたにすると、収拾が付かなくなるぞ」
白沼「じゃあ、やめておきましょう」
相羽「随分あっさりしてる。その方が助かるけど」
白沼「一回貸しということにしてね」
相羽「うう、本編では無理だから、楽屋トークの機会が将来またあれば、そのときに借
りを返すよ」
白沼「それでかまわない。じゃ、短い間だったけれども、これでお暇するわ。次の人が
待っているし」
相羽「次の人って」
白沼「さっき言ったように、原稿をちらっと見たついでに、アイディアのメモ書きも見
たのよ。その中に、使えなかった分が少しあって、それをこの場を借りて実行しようと
いう流れにあるみたいよ」
相羽「いまいち、飲み込めなんだけど」
白沼「あ、ほら、涼原さんの方に」
相羽「――清水?」
清水「よう、久しぶり。でも悪いな、今俺が用事があるのは、涼原だけだから」
純子「野球、がんばってるんでしょうね? こんなところにのこのこ登場するくらいな
ら」
清水「まあな。で、没ネタというか、タイミングが悪くて使えなかったエピソードを、
今やるぞ」
純子「待って。あなたが関係するエピソードということは、中学生か小学生のときにな
るわよね」
清水「小学生だってさ」
純子「嫌な予感しかしない……」
清水「番外編で使われるよりはましだと思って、覚悟を決めろ。――涼原〜、もうス
カートめくりとか意地悪しないって誓うから、一個だけ俺の言うこと聞いて」
相羽「清水。確認だが、今の台詞は、小学生のおまえが言ってるんだよな?」
清水「お、おう」
相羽「自らのリスクの高い没ネタの蔵出しだな」
清水「いいんだよっ。さあ、涼原はうんと言っとけ」
純子「だから、嫌な予感しかしないんですけど!」
清水「大丈夫だって。スケベなことではないのは保障する」
純子「……分かった。早く終わらせたいから、OKってことにする」
清水「よし。じゃあ、こうやって両手の人差し指を、自分の口のそれぞれ端に入れて、
横に引っ張れ」
純子「ええ? 何で?」
清水「えっと、顔面の美容体操ってことで。嘘だけど」
純子「嘘と分かってて、こんな……相羽君、見ないでよ」
相羽「了解しました」
清水「俺も別に見る必要はないんだが、一応、当事者ってことで」
純子「(指を一旦離して)早くして!」
清水「ああ。指を入れて引っ張ったまま、自己紹介をしてくれ。フルネームで」
純子「名前を言えば終わるのね? (再び指を入れ、口を横に引っ張る)わらしのなま
えは、すずはらうん――」
清水「最後の『こ』まで言えよ〜。――痛っ! わ、やめろ。暴力反対! ええ、白沼
さんまで何で加勢するのさ?」
相羽「滅茶苦茶古典的ないたずらだな。すっかり、記憶の彼方になってたよ。とにもか
くにも、オチは付いたかな」

――おわり(つづく?)





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