#315/566 ●短編
★タイトル (RAD ) 07/05/28 20:49 (320)
『星のお祭り』 悠歩
★内容
たいくつな授業。歴史の時間。
どうしてそんなものを勉強しなければいけないのか、ぼくには分からない。
だってぜんぶ遠い星でおこったできごと。どうしてオゾンホールに穴があいて
しまったのか、CO2がふえすぎた原因とか、環境汚染の進行とか、いまのぼく
たちの生活とは、なんにも関係ないことばかり。
それよりも上手な木のきりかたや、それからどうやって木材を作るのか。井戸
を掘るための水みゃくの探し方、美味しいジャガイモを育てる方法を教わったほ
うが、よっぽど役に立つのに。
ぼくだけじゃない。みんなおなじことを思ってる。だから特に歴史の授業は、
みんな落ちつきがない。
だけど今日はぼくたちよりも、先生のほうがそわそわとしていた。
村で一番年上の先生。はしっこにちょっとだけ白い髪の毛をのこして、あとは
すっかりはげ上がった頭を何度も何度もかいている。そして、一言なにかを説明
するたびに窓の外や廊下を気にしているみたい。
からんからんからん。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴らされた。
おなじ鐘が授業の始まりを知らせてから、ずっとぼくらが待ち続けていた音。
いつもなら「きりのいいところまで、やってしまおう」と、少し授業をのばし
てしまう先生なのに、今日はぼくよりも早く本を閉じてしまった。
「はい、今日の授業はここまでです。みなさん、おうちに帰ったら、お父さんお
母さんのお手伝いをきちんとするように。それでは月曜日、また元気に会いまし
ょう」
そう言って、先生は教室をでて行った。
べつに月曜日、なんて言わなくったって、こんな小さな村のこと。どうせ月曜
日になる前に、三回は会ってしまうのに。
「ねえねえ、トキオは今夜のお祭りに行くの?」
声をかけて来たのは、ぼくのすぐ後ろの席の女の子、ロスだ。
本当はロサンゼルスって名前なんだけど、言いにくいからみなロスって呼んで
る。ぼくの名前はトウキョウなのに、みんながトキオって呼ぶのとおんなじ。
「うーん、今日のお祭りは夜店もでないんだろう。つまんないから、あんまり行
きたくないけど………お父さんたちがなあ」
「うちもおんなじよ」
ふう、とため息をついてロスはきんいろの髪の毛を、手でかき上げた。ロスの
白い肌に、きんいろの髪の毛ってよく似合ってるなあ、ってぼくは思った。
「おれんちもさ」
隣りの席の、黒い肌のギニアが言った。
「私の家もそうよ」
これはマニラ。もう一人の女の子、シドニーは帰り支度を終え、「じゃあね」
と言って教室をでてしまった。
この五人がいまのところ、この学校の生徒のすべて。ときどき大人たちがスペ
ース・チャイルドなんて呼ぶぼくらの名前は、みんな遠い星にあった街や国の名
前がついている。それぞれのお父さんとお母さんが出会ったりした、思い出の場
所なんだって。
街、なんて言ってもぼくにはピンと来ないけど。村の何十倍も何百倍も大きく
て、数え切れない人たちが暮らして場所なんだって。国っていうのは、その街が
何百個も集まったものなんだって。だけどここには、この村しかないんだもの。
街なんてぼくには想像もつかないや。
「じゃあ、また夜に会おうな」
「うん、ばいばい」
そう言ってぼくらは別れた。それぞれのうちに帰るため。
帰り道、ぼくは製材所のおじさんに声をかけられた。頼まれていた木の製材が
できているから、あとで取りに来るようお父さんに知らせてくれ、って言われた。
やったね、これでやっとぼくの部屋が作ってもらえる。いまのぼくの家はそん
なに大きくないんだ。だからお父さんとお母さんとぼくとでおんなじ部屋に寝て
いる。やっぱりお父さんたちに見られていると勉強だってやりにくい。ベッドだ
って二つしかないんだ。ぼく、この一年で七センチ身長が伸びたからきゅうくつ
になっていたし。そうじゃなくても、ぼくももう大人だもの。一人になれる部屋
がほしい。
「ただいま、お母さん」
「お帰り、トキオ」
家に帰ったぼくを、いつも通りやさしいお母さんの笑顔と、いつもとはちがう
ご馳走の匂いが迎えてくれた。
お母さんはちょうど、薪を使ったオーブンから、焼き上がったばかりのパンを
だしているところだった。この香ばしい匂いが、ぼくはとても好きだ。村の中で
も、ぼくのお母さんが一番おいしいパンを焼く。それなのにお父さんはときどき、
「おこめのご飯がたべたいなあ」なんて言う。おこめっていうのは、お父さんた
ちの生まれた国でパンよりも食べられていたものらしい。お母さんのパンよりお
いしいのかな。ぼくも一度食べてみたいけど、ここにはないんだからしかたない。
だけどロスに聞いたみたら、おこめなんて知らない。お父さんやお母さんから聞
いたこともない、って言ってた。
「ただいま。お、帰っていたのか、トキオ」
お父さんが帰ってきた。畑仕事でいっぱいかいた汗を、首にかけたタオルでふ
きながら。お父さんが帰ってくると、ごちそうの匂いでいっぱいだった家の中が、
今度は汗の匂いに変わってしまう。もちろん、いい匂いじゃない。汗なんだもの。
だけどぼくは、お父さんの汗の匂いって、そんなにきらいでもない。
「あっ、お父さん。製材所のおじさんがね、頼まれてた木材ができたから、取り
にきてくれって」
「ああ、そうか。それじゃあ早速、夕飯の前に取りに行くか」
そう言ってお父さんが笑った。
今日はお祭りに行くためだって、いつもより早い夕ご飯になった。
生まれてから十年間。はっきりと物ごとが記憶できるようになって何年だろう。
そんな記憶の中で、今夜が一番楽しい食事だった。
だってテーブルにはおたんじょう日よりごうかなご馳走。それにお父さんが言
ったんだ。お父さんを手伝って運んできた木材で、明日から新しい部屋を作って
くれるって。ぼくはうきうきしてた。だからいつもより、たくさんおしゃべりを
した。
でもお父さんとお母さんは、いつもとちがっていた。ううん、ふたりともぼく
の話をちゃんと聞いてくれてたし、笑ったりもしてくれた。お父さんからだって、
お母さんからだって話をしたりもする。だけどちがうんだ。ふたりともなんか寂
しそうで。やっぱり今夜のお祭りのせいなのかな。
たくさんのご馳走がなくなるまで、そんなに時間はかからなかった。一番にた
くさん食べたのはぼく。半分くらい、食べたかな。お母さんはそんなに食べなか
ったみたい。いつもはぼくより、ずっとたくさん食べるお父さんも、今日はそん
なに食べなかった。
食事が終わって、お父さんはコーヒー。ぼくとお母さんはあたたかいミルクを
飲んでいた。いつの間にか、外はもうだいぶくらくなっていた。
とんとん、とんつくとんとん。とん、ととん、とんつくとととん。
「そろそろ時間だな」
聞こえてきたタイコの音で、お父さんが立ち上がった。
あれはギニアのお父さんのたたく、タイコの音。お祭りの合図の音だ。
カンテラの黄色いあかりが、足もとをてらす。まあるい光が、でこぼこ道にあ
わせてゆがむ。カンテラを傾けて、あかりをとおくにやると、まあるい光はなが
まるになる。お父さんたちといっしょに、お祭りの会場、学校にむかって歩きな
がら、ぼくはそんなことをして遊んでいた。だって、こんなことをするくらいし
か、楽しみがないんだもの。昼間学校でロスやギニアたちと話していたけど、今
夜のお祭りには、大人の人たちが交代でやる夜店がでない。きれいな山車も、飾
りもなんにもない。ぼくら子どもたちには、ちっともお祭りらしくないお祭り。
でもお父さんとお母さん、村の大人の人たちは、みんな楽しみにしている。う
うん、ちょっとちがうな。楽しみにしているっていうのは。だってお父さんと、
お母さん、こんなに寂しそうなんだもん。二人とも、家をでてからぜんぜんしゃ
べっていない。いつもなら、ぼくがこんなふうにカンテラをおもちゃにしていた
ら、すぐに注意されるのに。
「こんばんは、船長。いや、失礼、村長さん」
「こんばんは、村長さん」
お父さんとお母さんが、初めてしゃべった。ぼくはおもちゃにしていたカンテ
ラの光から、顔をあげる。
「こんばんは、フジサキさん」
「あっ、こんばんは、先生」
「こんばんは、トキオくん」
そこにいたのは、先生だった。村で一番の年上で、村長でもある先生。いまの
お父さんみたいに、船長って呼ぶ大人の人もいる。
「いよいよですね」
「ええ、いよいよです」
それだけで通じてしまう。先生も昼間学校で会った時とはちがって、ずいぶん
寂しそうな顔をしていた。先生をいれて四人になったぼくたちだけど、やっぱり
みんなそれ以上なにも話さないまま、学校へとむかった。
とんつくとんとん、とんくつとん。
ぴぃ、ぴぴぴぃぴ、ぴいぴいぴ。
きゅうきゅきゅ、きゅきゅ、きゅうきゅうきゅ。
学校の校庭には、もうずいぶんたくさんの人たちが集まっていた。家をでると
きにはタイコの音しか聞こえなかったけど、いまはフルートを吹く人や、バイオ
リンを弾く人、ほかにもいろんな楽器を演奏する人たちがいる。でもぜんぶばら
ばら。みんなであわせて、おんなじ曲を弾いてるんじゃない。みんなそれぞれ、
自分の好きな曲を勝手に弾いているんだ。そんなところも、いつものお祭りとは
ちがう。
「きゃはははっ!」
子どもの笑い声がした。それから、
「もう、待ちなさいって言ってるでしょ」
そんな声も聞こえた。あ、ロスの声だ。
「うわっ!」
今度はぼくの声。
急になにかが足にぶつかって、ぼくはバランスをくずしてしまい、あぶなく転
びそうになってしまう。でもぼくは、運動神経がいい。自慢じゃないけどね。前
かがみになって、足にぶつかったものを受けとめた。
「なんだ、リックか」
ぼくが受けとめたのは、きんいろの髪をした、ちっちゃな男の子。その子にぼ
くは少し大人ぶって、「走ったらあぶないよ、気をつけないと」なんて言って、
笑って見せようとした。けど、言い終わるよりさきにふんばりきれずに、しりも
ちをついてしまった。
あーあ、かっこう悪い。でもリックのことは守ったよ。
「だから言ったでしょう、リック! ごめんね、トキオ」
しりもちをついたぼくの前に、ロスが立っていた。リックはロスの弟なんだ。
だけどリックの名前は、ぼくやロスとはちがって遠い星の地名じゃない。
お父さんたちが、この村に住むようになってから生まれた子には、ぼくとはち
がう名前のつけかたがされている。ぼくと、ロスと、ギニアと、マニラと、シド
ニーの五人だけ。遠い星の地名がついているのは。
ぼくたち五人は、お父さんたちがその星をはなれるときに乗っていた、宇宙船
って乗り物の中で生まれたんだって。ぼくは三歳くらいまでしか、その中にいな
かったから、ほとんど覚えていないけど。お父さんやお母さんは、だんだん遠く
なる星のことを、忘れないようにって、宇宙船の中で生まれたぼくたちに、こん
な名前をつけたんだ。
だけど、リックみたいにこの村で生まれた子たちは、ぼくたちみたいな名前の
つけかたはやめたらしい。そんな話を聞くと、なんかぼくたち五人ってふるい時
代の人間みたいな気分になるけどね。でもぼくは、自分の名前がきらいじゃない
よ。
「へいき、ちょっとしりもち、ついちゃったけど」
ぼくは笑いながら立ち上がった。本当はおしりが痛かったけど、ロスの前でこ
れ以上、かっこう悪いところを見せたくないからね。
「だめだぞ、リック。ちゃあんと、お姉ちゃんの言うことをきかないと」
「ごめね、トキオ」
ちっちゃなリックが、舌ったらずにあやまった。たぶん、本気であやまってい
ないけどね。にこにこしている顔を見れば分かるよ。まあでも、ぼくだって怒っ
てるわけじゃない。それどころか、かわいいリックの顔を見ていると、なんだか
うれしい気分になってくるんだ。
ぼくも弟か妹がほしいな、なんて思う。あ、でもそうしたら、新しくできるぼ
くの部屋、二人で使わなくちゃいけないのかな。
「みんなは、ギニアたちは、もう来てるのかな?」
「うん、さっき向こうで会ったわ。三人で遊んでたよ」
「そっか。じゃあ、ぼくらもみんなのところに行かない?」
「だめえ、私、行けないの。リックのこと、見てなきゃならないんですもの。ほ
ら、今日のお祭りは、パパやママたちが主役みたいなものでしょ? だから二人
がゆっくりできるようにね」
「そっか、そうだね」
ぼくとロスがそんなことを話していると、またリックがきゃあきゃあって声を
上げて、走りだす。
「あん、またあ………じゃ、トキオ」
「あ、うん」
リックを追いかけて、ロスは行ってしまった。ぼくは、どうしよう? ギニア
たちのところへ行こうかな。
「さて、みなさん揃われたようですね。うん、時間もそろそろ頃合いか」
そう言いながら、先生が校庭の真ん中へと歩いて行く。もう遊んでる時間はな
さそうだ。
「あと、十分です」
先生の声が響くと、楽器の音がいっせいにやんだ。みんな手にしていたあかり
を消してしまう。
「空を見上げましょう」
お父さんとお母さんは、先生に言われる前から空を見上げてた。なんか二人、
いいふんいきで手をつないじゃってさ。だからさっき、ぼくとリックがぶつかっ
たときも、全然気がつかなかったみたい。
あんまり興味はなかったけど、ぼくも空を見上げる。
星、星、星。
ほしほしほしほしほし。
いったい、いくつあるのか、とても数え切れないほどたくさんの星。
星が見えるだけ。べつにめずらしくもない。夜になれば、たくさんの星が空に
でてるのはあたりまえのこと。明日の天気を知るため、たねまきの時期を知るた
め、方角を知るため、ぼくたちは星を見る。何度も見てきてる。いまさら、とく
に目的もなく星を見たってしかたないと思うけど。
大人の人たちの見ているのは、一つの星。西の方向、カマキリ座のはしっこの
ほう。かすかに見える星。ちっちゃな星の光は弱々しくて、カマキリ座のほかの
星の光にかくれて、ちょっと見づらい。
あれはお父さんやお母さん、先生やほかの大人の人たち生まれた星、「ちきゅ
う」って名前の星。ほんとうは、見えているのは、地球がそのまわりをまわって
る太陽の光らしいけれど。
「私たちの星は、もうこの世にはありません」
先生の声が、響く。なんだかとっても寂しい声だった。
つまらない、なんて思っちゃいけない。理由は分からないけど、ぼくはそんな
気がしてきた。ぼくよりちっちゃな子たちも、それを感じたみたいだ。リックみ
たいな子たちの、さわぐ声も聞こえなくなったから。
「その星の寿命の終わりを知った私たちは、あの日ふるさとを捨てました」
泣いているみたいな先生の声。ぼくは先生のほうを見た。暗くてよく分からな
いけど、先生はふるえていた。手でごしごしと、目をふいていた。
それから先生の話は続いた。お父さんやお母さん、ほかの大人の人たちから何
度も聞かされて、あきあきしていた話。でも今夜は、なぜだか素直に聞ける。
お父さんとお母さんが結婚する前、まだ恋人同士だったころ、二人のすんでい
た星はぼろぼろになっていた。そこに住んでいた人たちが、星を大事にしなかっ
たせいらしい。その星には、百億人近い人が住んでいたんだって。ちょっと信じ
られないよ。だってこの星、この村には大人と子どもを、ぜんぶあわせたって五
十人しかいないんだよ。百億人って、その何倍なんだろう。
そんなたくさんの人たちが星を汚したら、ひとたまりもないだろうな。その星
が住めない星になるまで、時間はかからないだろうと思う。だけど、まだ少し、
住めなくなるまでは時間があったらしい。でも、太陽はそうじゃなかった。ぼう
ちょうをはじめた太陽のせいで、その星の人たちは「ちきゅう」から逃げだした
んだ。その星が太陽に飲み込まれたのは、お父さんたちの乗った船が、太陽系を
はなれたすぐ後だった。
百億の人が、なん十億の船に乗っていたんだ。でもこの星には五十人しかいな
い。その後で生まれた、ぼくたちをいれてだよ。
ほかの船に乗ってた人がどうなったか、分からないらしい。星から逃げだした
のはいいけれど、べつに行くあてはなかったんだ。宇宙はひろい。ぼくはちっち
ゃかったから、覚えてないけど。適当に飛んで、人の住める星につく可能性は、
ものすごく低いんだって。
だから、みんなちがう方向へわかれて行ったんだって。その中の一つでも、人
の住める星をみつけられるようにって。
最初のうちは、「つうしん」でほかの船と連絡できてたんだって。知ってる?
遠くはなれた場所から、自分の声や姿を送れる道具なんだ。でもお互いの距離
がはなれすぎて、そのうち連絡もできなくなった。ぼくが生まれたのはその頃さ。
何年も宇宙を飛んでて、食べ物もなくなってきて、でも住めそうな星がなくて。
その間に、たくさんの人が死んだらしい。みんなもうだめだ、ってあきらめかけ
てたとき、この星を見つけたんだって。
本当にぎりぎり。宇宙船も壊れかけてて、着陸する途中でも死んだ人がいた。
この星におりたときには、もう三十人ちょっとしかいなかったんだって。この数
が多いのか少ないのか、ぼくには分からない。だっていまの村の五十人より、た
くさんの人なんて見たことがないんだもの。
森ばかりの土地に村を作るのはたいへんだった。だって三十人ちょっとのうち、
五人は三歳の子どもだもの。だけど、ぼくだってちゃんとお手伝いはしたよ。な
んとなくそれは覚えている。
こわいけものや、病気と戦いながら木をきって、畑をつくって、家を建てて、
村を作った。とってもつらいことだったけど、お父さんたちは弱音なんてはかな
かった。心の支えがあったんだ。それがいま、みんなで見ている星。
お父さんやお母さんの生まれた星は、もうなくなった。だけど、この星と「ち
きゅう」って、光が届くのに何年もかかるほど、はなれていたんだ。だから、も
うなくなってしまった星の輝きが、ここではまだ見れるんだ。
どんなにつらい時でも、お父さんやお母さんは、夜になると星を見上げるんだ。
自分の生まれた星の瞬きを見ながら、楽しかったことや、会えなくなってしまっ
た友だちのことを思いだして、いま生きていることに感謝したんだって。そして
明日もがんばろうって、ちかいあった。
「時間です」
先生が言った。もうその声は、先生が泣いているんだな、ってはっきり分かる。
そしてぼくたちの見ていた星、お父さんとお母さんと先生とほかの大人の人た
ちの生まれた星、その太陽の光がちょっとだけ強くなったような気がした。
そして、消えてしまった。
お母さんのすすり泣く声が聞こえた。
お父さんとお母さんの生まれた星は、ぼくが生まれる前になくなってしまった。
でもこの星では、その光がまだ見えていた。
だけどそれも今夜まで。
遠く遠くはなれた星の、最後のしゅんかん。その光が、いまこの星に届いた。
弱い光のちっちゃな星。ぼくの知らない星。あまり興味のなかった星。
それが今夜、ほんとうになくなってしまった。
よく分からない。悲しいのかどうか、ぼくにはよく分からない。でも、寂しそ
うなお父さん、泣いているお母さんを見ていたら、なんだかぼくも悲しいような
気がしてくる。
「この星も、いつかなくなっちゃうのかな」
そう言ったら、お父さんの大きな手のひらが、ぼくの頭をつつみこんだ。
「心配いらないよ」
お父さんが言ったのは、それだけだった。
また楽器の音が聞こえてきた。なんだか泣いているみたいな音だ。
本当に泣いている人たちもいる。お母さんも、お父さんに抱かれるようにして、
泣いている。
ぷう。
少し外した音。
お父さんが、胸のポケットからだした、ハーモニカの音だった。
お父さんはめったにハーモニカを吹かない。ぼくがねだっても、なかなか吹い
てくれない。あんまり得意じゃないから、って笑うだけ。
そのお父さんが、ハーモニカを吹いた。やっぱり少し、音を外しながら。
ぼくの知らない曲だ。胸のところが苦しくなるような、そんな曲だ。
お母さんは知っているみたい。お父さんのハーモニカにあわせるように、歌っ
ているもの。
うさぎ、こぶな、ぼくの知らない生き物の名前。いつかお父さんが話してくれ
た、遠い星に住んでいた生き物の名前。
山、川、ぼくも知っている。この星で毎日見ているもの。それが出てくる歌。
こまかい意味は、ぼくにはよく分からなかった。
「ねえ、お父さん。その歌、ぼくにも教えてよ。ぼくも、ハーモニカを吹けるよ
うになりたいんだ」
そう言ったら、やっぱりお父さんは笑っているだけだった。
【完】