AWC 妄想犯   永山


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#291/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  06/01/02  18:04  (280)
妄想犯   永山
★内容                                         06/01/06 01:12 修正 第2版
「やっちまわないか」
 持ち掛けられた五十嵐正次は、しかし唐突に出て来た「やっちまう」の意味
を理解できなかった。説明を求め、相手の顔をまじまじと見返す。
 畑山貴志は机に両肘をつき、五十嵐を品定めする風な目つきになった。広い
部屋だが、只今いるのは彼ら二人だけ。それでも、会話の音量はいつの間にか
低くなっていた。
「やっちまう――二重の意味がある。生意気なあの女をひん剥いて、イイこと
をするのと、そのあとで息の根を止めるってことさ」
「何だ。馬鹿げているよ」
 真剣な表情、真剣な声で話し掛けてくるから、自分も真面目に、緊張してま
で聞いていた。だが、冗談と分かり、気が抜けた。五十嵐は鞄を手にし、腰を
上げた。
「くだらない遊びに付き合っている暇はないんだ」
「くだらない遊びなら、付き合ってくれなくていいぜ。これは大真面目な話だ
から、最後まで聞けって」
 きびすを返そうとした五十嵐を押し止め、その両肩に手を置くと、再度座ら
せた畑山。切れ長の目が、底意地の悪そうに光る。
 体格で劣る五十嵐は、仕方なく椅子に収まった。持ったままの鞄が、椅子の
背もたれを叩いて音を立てた。
「おっと、静かにしようぜ。他の奴等に聞かれちゃまずい」
「どうせ誰もいない。それで? どういうことさ?」
「おまえ、梶本にふられて、恨みに思ってるんじゃねえの?」
「……」
 絶句し、唾を飲む五十嵐。相手に表れた反応を見て、己の言葉の効果を楽し
むかのように、畑山は唇をU字にした。
 しばらくの静寂の支配。堪えきれなかった五十嵐は尋ねた。
「どうして、そのことを、知っている?」
「たまたま見た、ということにしておいてくれ。どうでもいいだろ」
 曲げた右腕の肘から先を上に向け、話を次に進めようとする畑山。
「しかし……」
「どうでもいいって言ってるだろ。聞けって」
 畑山は、机の上に尻を載せ、足を組んだ。
「おまえから告白したが、あっさりふられた。それどころか、あとになって、
女どもの間で噂にされた。おまえは笑い者にされた訳だ。梶本が喋ったんだろ
うな」
「そんなこと、分からないじゃないか。君みたいに覗いていた奴がいて、そい
つが言い触らしたのかもしれない」
「本当にそう思ってるのなら、何でこの間、あんなことしたのかな」
「あんな……?」
 思い当たる節はあっても、五十嵐はとぼけて聞き返した。まさか、あれまで
見られていたのか?
「言っていいのかねえ? 梶本の持って来た弁当をこっそり持ち出すと、箸に
何かを塗り付けてただろ。見たよ、俺。何かまでは、確認できなかったが」
「……」
「驚いたぜ。頭のよさではナンバーワンのおまえが、あんなことするとはな。
驚きのあまり、その場で声を上げそうになった」
 上げてくれりゃ気付いたのに。五十嵐はほぞを噛む思いを味わった。
「結局、あれは何だったんだい?」
 答えない五十嵐。畑山は勝手に喋る。飽くまでも小声で。
「どうせ、普通なら口に入れないような、汚い物だろうな。ま、あれがふられ
る前なら、間接キスを狙って唾を塗ったのかと思ってやれなくもなかったが。
ははは」
「そ、そんながきみたいな真似、するかっての」
「否定しなくていいんだよ。あのとき、箸に塗ったのは、絶対に唾なんかじゃ
ないね。唾とは違う、変なにおいがしたからな」
「嗅いだのかよ?」
「ああ。あんなもん、そのままにしていたら、梶本も気付くと思ってよ。俺が
丁寧に洗って、乾かして、元に戻しておいたんだ。感謝しろよ」
「口にしていなかったのか……」
 ほっとしたような、がっかりしたような。気抜けした五十嵐に、畑山はいき
なり、携帯電話を突きつけた。そのディスプレイには写真が表示されている。
「これ、何だか分かるよな。そんときのおまえを、こっそり激写させてもらい
ましたー」
 五十嵐は目を見開き、そして目を背けた。特徴のあるハンカチで包んだ梶本
の弁当から箸を抜き取り、何かしようとしている自分の姿が、予想以上に鮮明
に捉えられていた。
「俺さあ」
 携帯電話を素早く引っ込めると、畑山は天井を見上げながら言った。声の調
子が、若干、明るくなっている。
「梶本みたいに生意気なの、全然好みじゃない。ただ、あの服の下には興味あ
る。おまえは当然、興味あるだろ。告白するほどなんだもんな」
 答えず、下を向いた五十嵐。それに構う様子なしに、畑山はさらに話を続け
た。
「いい計画がある。あいつをやっちまって、殺しても、絶対にばれない。しか
もこれは、今の内にしなきゃ意味がない」
「……?」
 面を上げた五十嵐に、畑山が顔を近付けた。
「今なら、完全犯罪だぜ。乗らないか?」
「……ひ」
「ん?」
 出損なったしゃっくりみたいな声に、畑山だけでなく、五十嵐本人も多少び
っくりした。
「一人でやればいいじゃないか。そんな、完全犯罪の方法があるのなら」
「一人だと、ちょーっとしんどいんだよな。遺体を遠くに運ぶ必要があるんで。
二人なら楽にできる。それにさ、あいつを裸にしたあと、写真を撮ろうと思っ
てるんだが、二人いた方がいい絵になるぜ、きっと」
「何てことを……ま、巻き込まないでくれよ」
「何だよ、おまえだって、梶本を恨んでいる、けれどエッチはしたいだろうと
踏んだからこそ、誘ってやってるんだぜ」
「そんなことはないっ」
「いーや、あるね。自分に嘘を吐くのはよくないよ、五十嵐クン。だいたい、
おまえ、自分の立場ってものが分かってない。さっき、何のためにケータイの
写真を見せたと思ってるんだい?」
「……脅す気か」
「さすが、察しがいい。有能だな。協力してくれよ、頼むからさあ」
 机から降りると、突然、優しい口調になり、五十嵐にもたれてくる畑山。
「……」
 上体を引いて、嫌がってみせる五十嵐だが、言葉では拒否できない。
 畑山はもう一つ、付け加えてきた。
「あ、他人がいじくり回したあとが嫌だってんのなら、先にやらせてやるよ。
これで文句あるまい」
「そんな……」
「見られてちゃやれないってんのなら、俺はひっこんどいてやるからさ。さあ
さあ、どうせ引き受けるしかねえんだぜ、五十嵐クン?」
「……こ、殺すのは……やめないか」
「あんだって?」
「殺さなくても……そうだ、写真をネタに、黙らせればいい」
「おまえみたいに従順じゃねえよ、梶本は。裸の写真ぐらいじゃ、絶対に黙ら
ないね。賭けてもいい。そりゃまあ、途中、迷うかもしれないが、最後には警
察に駆け込むに違いない」
 その分析が当たっているかどうか。五十嵐に判断はできない。でも、梶本恒
美が気の強い性格であることは、よく知っている。少なくとも、泣き寝入りす
るタイプではない。
「いい加減、首を縦に振らないと、殺害役をおまえにやってもらうぞ。ふられ
たとはいえ、好きな女を殺したくないんじゃないのか」
 好きな女かどうかに拘わらず、誰も殺したくない。
 五十嵐はそう返事したつもりだったが、声になっていなかった。代わりに、
うなずいていた。
「ようし。じゃあ、決まりな」
 手を叩くポーズをすると、畑山は手帳とペンを取り出した。手帳を広げ、机
に置くとともに、ペンを五十嵐に握らせる。
「念のため、誓約してもらっとこうと思ってね」
「う……。書かなきゃ、だめか?」
「気を変えられたら困るし、全部終わったあとになって、『僕は殺人には加わ
ってないもんね。罪の意識に耐えられないから、警察に全てを話すよ』なんて
開き直られたら、俺、大ピンチじゃないか。誓約書は、いざというときの保険
てやつさ。俺も書くから、安心しろ」
「……分かった」
 畑山の言う通りに書き記しながら、どうしてこんなことになっているのだろ
う、と五十嵐は疑問を覚えた。だが、それを深く検討する間もなく、手帳を取
り上げられた。
「――よし、これでいい。俺も今、書こうじゃないの。信用してもらわないと
な。さあ、早く出せ」
「え?」
「おまえの手帳。俺の手帳に書くだけでいいのなら、そうするぜ」
「い、いや。待って、待ってくれよ」
 慌てて懐から手帳を引き抜く。と、勢いが付いたのと焦りとから、手の中で
手帳がくるくると回った。結果的に、畑山にパスする格好になる。
「ナイス。では」
 わざとらしく、ペン先をなめる仕種をしてから、畑山は書き始めた。その作
業をしながら、計画とやらの説明に掛かった。
「五日前に、殺人事件が起きたの、知ってるよな」
「それ、***町でのことを言ってる?」
「当たり前だろ。今日、朝のニュースの時点では未解決だった」
「多分、もうしばらく掛かるんじゃないかなぁ、犯人逮捕までは」
「そうでないと困るんだよ、俺達が」
「はい?」
「俺が考えたことは、専門用語では模倣犯と呼ぶらしい」
 畑山は誓約を書き終え、ペンを仕舞うと、手帳を閉じて五十嵐に返した。
「模倣犯……聞いたことあるような」
「殺人でも何でもいいが、最初に起こった犯罪を真似て、同じ犯人によるもの
と見せかけるってことさ」
「つまり、***町での殺人事件を真似る? そりゃあ、隣の隣町って感じだ
から、同一人物の犯行と思われる可能性は高そうだけど……どうやって」
「何だよ、こんなことには察しが悪いんだな、秀才クン。特徴を真似たらいい
のさ。***町の事件で特徴的なのは、死体が青色の旅行ケースに詰められて
いたことと、ケースの継目を黒のガムテープで目張りしていたこと、ケースの
中にお菓子を買ったレシートが残されていたこと、首を紐で絞められて死んで
いたこと……あ、それから、犠牲者が女で、暴行されていたってのもな」
 畑山は指折り数え上げ、最後ににやりと笑った。
「これ全部を真似すれば、警察は間違いなく、同じ犯人の仕業と考える」
「……」
「どうした?」
「いや、全部真似るっていうのは、やり過ぎって感じで……。かえって、ばれ
るんじゃないかな」
「何でだよ。理由を言ってみろよ」
 気色ばむ畑山を、五十嵐は身振りでなだめ、説明を始めた。
「たとえば、ガムテープだけれど、同じ黒のやつを使ったとしても、本当の犯
人が使ったのと同じ製品になる可能性は、物凄く低いと思うんだ。同じ犯人な
ら、同じテープを続けて使うのが普通。製品の違いっていうのは、調べたら分
かるはずだから、これはまずい」
「……なーるほど。言われてみりゃ、その通り。やっぱり、頭いいな。じゃあ、
テープは黒をやめて、違う色にしよう。そうすれば、違うメーカーの商品でも
不思議じゃない。だろ?」
「うん。旅行ケースは別の物でも構わないと思うけれど、どうやって手に入れ
るつもりだい?」
 身を乗り出した五十嵐に、畑山は笑いかけた。
「何だかんだ言って、やる気になってるじゃないか。いいねえ」
 そして、五十嵐の背中をぽんと叩くと、「続きは、場所を変えてからにしよ
うぜ。あんまり長居して、人に聞かれたらやばい」と促した。

「誰もいないし、遠慮なく上がれ」
 移った先は、畑山の自宅だった。コンビニエンスストアで買い込んだ食べ物
で腹を満たし、喉を潤してから、本題に入る。
「やるのは金曜がいい。自由に使える時間がたっぷりあるからな。どうだ?」
「こっちも、次の金曜なら大丈夫だ」
「よし。それまでに最初の犯人が捕まらないよう、祈らないとな」
 少々派手に笑ってから、畑山は真顔に戻った。
「問題は旅行ケースをどうやって用意するか、だが。実は、もう目星をつけて
る。ちょうどいい具合に、捨ててあるのを見つけたんだ。あれを見つけたから
こそ、この計画を思い付いたと言ってもいいくらいだぜ」
「どこに捨ててあるんだい?」
「ここから愛車を飛ばして、山の方へ四十分ぐらい行ったところさ。不法投棄
のごみ捨て場みたいになっている空地があって、そこに青っぽい色の旅行ケー
スが転がってたのさ。調べてみたら、どこが悪くて捨てたんだと思うくらい、
まだ使える。ちゃんと鍵も掛かるしな」
「その、それに、梶本の身体は、すっぽり収まる……?」
「心配ねえよ。念のため、健康診断のときの書類を盗み見たが、まず大丈夫だ。
何なら、ケースを見てみるか?」
「え?」
 てっきり、旅行ケースがそのごみ捨て場にまだあると思っていた五十嵐は、
面食らった。
「他の奴に取られちゃ、たまんねえからな。持って来て、物置の奥に隠してい
る」
「てことは、その、梶本をやっちゃうのは、ここで?」
「そこなんだよな」
 五十嵐を指差してから、大げさな動作で腕組みをし、首を傾げる畑山。そし
て部屋をぐるっと見回しながら言った。
「ここなら、誰にも邪魔されないし、よく知っている場所だからやりやすいと
思う。だが、あいつを連れ込むのを誰かに見られたら、元も子もない。呼び寄
せる理由も思い付かねえし」
「……森林公園がいいんじゃないかな?」
 いつの間にか、五十嵐も積極的に案を出すようになっていた。
「家とかだと、遺体を運び出すときに目立つし、隣近所に顔見知りが多い訳だ
から、注目されてしまうかもしれない。あそこの森林公園なら、彼女の通り道
だから誘い込みやすい。逆に、僕らの顔見知りは少ないはずだ」
「しかし、壁がないって言うのは、ちょっと考えもんだぜ」
「暗くなってからやれば、目撃される恐れは減るよ。森林公園と言うだけあっ
て、木の陰に隠れてやれると思うし」
「それもそうか。車道が近くて騒々しいから、多少騒がれてもかき消されるだ
ろうしな。あっ、それに、旅行ケースを拾った場所までの距離が、俺の家から
よりも近くなるぜ。終わったあと、あそこに死体を捨てるつもりでいるから、
ちょうどいい」
 このようにして、計画は徐々に形作られていった。
 決行の日に、雨が降らなければ、***町での殺人事件の犯人が逮捕されな
ければ、そして梶本恒美が休まなければという条件付きで、二人は合意した。

 迎えた金曜日の朝。
 三つの条件は満たされた。

           *           *

 今月八日、+++町の山中にて、++小学校六年梶本恒美ちゃん(十二)が、
旅行鞄に閉じ込められた状態で遺体となって発見された殺人事件について、捜
査本部のあるS署は十三日、被害者と同級生の男子児童二人が深く関与してい
るものとして、事情を聴いていることを発表した。容疑が固まり次第、適宜の
処置を速やかに行うとしている。

 男子児童A(十二)と男子児童B(十一)は、事件の発覚前後に、遺体発見
現場を度々訪れているところを目撃されていた。
 両男子児童の携帯電話が事情聴取の際に任意提出されたが、どちらかの児童
の所有する携帯電話に、被害者と見られる女子児童の写真が保存してあった。
事件後に撮られた物なのかどうかを含め、現在、慎重に調査している。

 本紙記者の取材では、遺体発見現場はごみの不法投棄場所となっており、近
隣の住人から改善を求める声が上がっていた。そのため、有志が現場近くに車
を停め、車中から不法投棄の監視が行われていた。有志の男性の一人が、男子
児童二名の往来に気付き、警察に届けておいたのが、事情聴取のきっかけとな
った。
 また、被害者が行方不明となった当日、児童Bは夜、塾に行くと母親に告げ
ていたが、その日、塾は休みだったことが分かっている。

男子児童二名を目撃した男性の話「死んだ子と同じぐらいの歳で、自転車に張
ってあった安全シールの柄から、小学校も同じとあとで気付いた。念のため届
けておいたが、まさかこんなことになるとは思わなかった」
男子児童Aの近所に住む主婦の話「両親が共働きで、一人でいることが多かっ
たのは知っていました。けれども、頑張っている様子で、とてもこんな事件を
起こす風には見えませんでした。今でも信じられません」
男子児童Bと同じクラスの子を持つ主婦の話「成績優秀で、真面目なお子さん
だと聞いています。ただ、(被害者の)女の子にふられたという話も、子供が
しておりました。まさかとは思いますが……」

           *           *

 今月八日、+++町の山中で、小学六年女児(十二)が遺体となって発見さ
れた殺人事件に関し、捜査本部のあるS署は十六日、犯行に関与したと見られ
ていた同級生男子児童二人の内、A(十二)が犯行を認める証言を始めたと発
表した。もう一人のB(十一)も、犯行をほのめかす話を始めているという。
 会見によると、犯行を認める発言をした男子児童Aは、特に興奮した様子も
なく、淡々とした口調であった。反省の様子は見られず、「自転車で四十分も
走って校区外に出たのに、学校のマークを知る人がいるとは予想できなかった」
「旅行鞄とレシートは拾った」「Bと役割分担した。殺すとき、Bは押さえて
いただけだ」等、計画的犯行であることをも匂わせている。
 動機の話になると、捜査員がいくら話し掛けても、男子児童は両名とも口を
閉ざすという。捜査本部は、Bが被害女児に告白をしてふられていたことにつ
いて、より詳しく事情を調べるとともに、男児両名の携帯電話に、脱衣した女
児を映した写真が保存されていた点を重視、背後関係の有無を慎重に当たって
いる。

――完





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