#178/569 ●短編
★タイトル (AZA ) 04/09/23 19:49 (279)
お題>不幸な偶然 永山
★内容 04/09/26 14:22 修正 第4版
「で、そっちはどんな具合だい?」
山口の奴は、昼間から分厚いステーキをぱくぱく食い、百パーセント野菜ジ
ュースをがぶがぶ飲んだ。喉仏の動きが止まらない。それでいて、私との会話
を続け、なおかつ質問までしてくるのだから、ある意味、感心させられる。
「説明しなくても、報道されてるんじゃないのか」
私はそう応じてから、パスタをフォークに絡ませ、口に運んだ。チーズがや
けに濃く感じる。
「いやあ、この頃はそうでもないぞ。おまえは有名人気取りかもしれんが、世
間の関心はうつろいやすい。十ヶ月前のフィーバーが嘘のようだ、とは言わな
いが」
ナイフとフォークを持つ手を止め、レストランのフロアをぐるりと見渡す山
口。つられて、私も同じように視線を巡らせる。
客はまばらもまばら。遠くの窓際の席に、商談らしい中年男性二人がいる程
度だった。
「マスコミの追っかけ、いないだろ。それだけ関心が薄れたってことさ」
「そのようだ。まあ、静かな方が私は好きだから、ちょうどいい」
それに今日、マスコミに限らず、誰かにつけ回されては困る。何しろ、たっ
た一日の自由なのだから。
「二十年も眠るんだから、嫌でも静かさを味わうってのに、奇特な奴だよ。あ
あ、それにしても二十年間の別れか」
「再会したときは、おまえは五十を越えたおじさんだな。若いままの私を見て、
せいぜい悔しがってくれ」
私の言葉は、半ば本心だった。もしも今夜、私が翻意するようなことがあれ
ばの話だが。
「そんなことを言うかよ。無事成功を祈ってやるつもりだったが、やめようか
ね。それどころか逆に……」
「よしてくれ。さっきのは冗談だよ」
「俺も冗談だ。でもな、おまえが四年前、コールドスリープ実験に志願すると
言い出したときは、本当に驚いた」
「だろうな、山口の性格からすれば」
「いや、常識人だったら、まずは躊躇するぜ。不治の病を抱えている奴が、治
療法が確立されることを期待してっていうのなら分かるが、あの募集は健康体
という条件付きだったしな」
そうなのだ。健康面や年齢、身体能力その他、なかなか厳しい条件が揃って
いたが、私にはぴたりと当てはまった。まるで、運命のように。
「他の連中より二十年分、未来を生きられるってだけさ。それも、今からの二
十年を犠牲にしてな。大したことじゃない」
「そうじゃなく、成功するかどうか分からんてとこがさ」
「十年までの実験は、全て成功してきている。近年になって、成功率は限りな
く百パーセントに近付いた。動物実験なら、五十年、六十年にも成功例がたく
さんある。何を不安がる必要がある?」
必要なら具体的にデータで示そうか、とまで言ってやった。山口はナイフと
フォークを片手に持ち、空いた手で額をつるりと撫でた。
「まあ……おまえがそう言うのなら、俺が口出しすることじゃない。今更言っ
て、止められるもんでもなかろう」
「分かっているのなら、笑顔で送り出してくれ。子守唄はいらないからな」
「……」
「ん? どうしたんだ。急に食べるのをやめて。喉に詰まらせたんじゃないだ
ろうね。君は慌て者のところがあるから……」
「何故、俺を指名した?」
山口の語調が、多少の真剣味を帯びる。私は気安く応じた。
「それはまあ、山口が一番気さくに話せると思ったからかな」
「……コールドスリープの被験者になろうと決意した理由は、やはり、俺か?
そのことを言いたくて、俺を指名したんじゃないのか」
「――片桐さんのことは、関係ないよ」
声を絞り出す。山口は食いついてきた。
「嘘だな。二十年の眠りに就こうっていう前日に、自由な時間を貰って、一人
だけ会いたい人間を指名できるってのに、何で男の俺を選ぶ? 俺がおまえの
立場なら、絶世の美女をオーダーするぞ」
「生憎、世情に疎くてね。今、人気の美人女優っていうのが誰なのか、さっぱ
り思い浮かばない」
十ヶ月間、外界から隔離された環境で、生活を送ってきた。身体をコールド
スリープ状態に慣れさせるための簡単な適応試験と、精神の安定を保つべく、
外からの刺激をシャットアウトするという目的で。
それ故、今日もテレビや新聞等から余計な情報を得ないようにと、釘を差さ
れている。無論、研究所の見張りが着いている訳でなし、決め事を破ってもば
れはしないだろう。だが、そんなことで精神の乱れを発見され、コールドスリ
ープの延期もしくは中止などという事態を招くのは、私にとってまずいのだ。
「面白くないジョークだ。その上、俺を指名する理由になってない」
「ご所望なら、答えよう。片桐さんを君に奪われたこと自体は、私にとって非
常に苦しい体験だった。もし彼女を奪われず、私が彼女と結ばれるようなこと
になっていたとしたら、確かに、コールドスリープなんて志願しなかったかも
しれないよ。そういう意味でなら、山口、君の言う通りだな」
「……」
山口は口をもごもごと、何やら言いたげに動かしたが、結局黙ったままだっ
た。コップの水を煽るのを見届けながら、私は続きを切り出した。
「だけど、ふられたことが原因ではない。私は私の純粋なる意志で、コールド
スリープの被験者を望んだんだ。二十年先を見てみるのも、若さを保つのも悪
くない。そう思った。幸か不幸か、家族も近い血縁者もいないしな」
「本心からの言葉と信じて……いいんだな?」
「もちろん。そんな深刻な顔をするなよ。ここのステーキが不味いみたいじゃ
ないか。店の人間が、気を揉んでるぜ」
私が軽口を叩くと、ようやく山口は安心できたらしく、大げさな安堵の息を
ついた。実に分かり易い。
そう、分かり易かったはずなんだ。こいつは昔から、感情を隠すのが上手で
はなかった。
なのに、私は……一番肝心なときに、山口の感情の動きに気付かず、片桐奈
津子を奪われた。
忘れられるはずがない。
山口は、色恋沙汰に関してだけは、面を被ったかのように己の感情をコント
ロールできるのだ。
いや、本当は恋愛に限らず、他のことでもコントロールできるんじゃないか
と思う。ただ、敢えて表情に出すことで、相手の同情を買ったり、関心を喚ん
だりする、その手段にしているのかもしれない。
そう考えると、俺の目に山口は、改めて狡賢い奴に映った。
「いや、ここの肉は旨いよ」
再び肉片を頬張る山口。どことなく無理をしたような彼に、私は言った。
「片桐さんのことも、だから、遠慮なく話題に出してくれ。むしろ、聞きたい
な。今現在の彼女を思い描きながら、カプセルに入りたいものだ」
「ん。分かった。だが、話すのにまだふさわしい時間帯じゃない」
山口は時計を見た。午後一時にもなっていない。
「夜だな。酒を酌み交わしながら、彼女のことも含め、色々と語り合おう。思
い出をたっぷり持って行ってくれ」
「ありがとう」
私は機械的に受け答えしていた。
夜、港の見える公園で、山口を絞め殺した私は、定められた刻限までに、研
究所に引き返した。
心身のチェックを受けたが、異状は検出されなかった。この日のために、山
口を殺害するシミュレーションをそれこそ何千回、何万回と繰り返した成果が
出たようだ。これで予定通り、明日朝六時ジャストに、私はコールドスリープ
に入る。
イコール、完全犯罪の成立。
殺人の公訴時効は十五年であることは、世間に広く知られていよう。
さて。私は殺人を犯した翌日から二十年間、冷凍睡眠状態に置かれる。先に
も記したように、いかなる理由があっても、これは中断できない。命に関わる
からだ。中断が即、死につながるとは限らないが、非常な危険を伴う。
たとえ殺人事件の捜査という名目でも、決定的な証拠なしに、私を眠りから
起こすことは許されない。私が目覚めるのは二十年後。時効がとうに成立して
いる。国外に逃亡した訳でもないから、時効の停止条件にも当てはまらない。
山口の遺体が見つかれば、警察は当然、私を容疑者の一人に数えるだろう。
その日、彼が私と会っていたのは公的な記録に残る。
だが、それでも警察は私を取り調べることはできない。
私の勝利だ。
よい夢が見られるに違いない。二十年間、たっぷりと。
〜 〜 〜
かちり、という音を聞いたような気がした。遠いような、近いような音だっ
た。
私は瞼を開いた。何の違和感もなく、目を開けてから、ああ、これは二十年
ぶりの行為なんだなと思い出す。二十年ぶりだというのに、瞼は重くなく、目
も腫れぼったくない。清々しいほどだ。
上半身を起こし、左右を見る。右手にあるデジタルカレンダーに目をとめた。
赤い数字は、私が二十年間、眠り続けたことを認定している。正確を期すなら、
二十年間経過した後に、解凍作業に時間を要するため、半日ほど余計に眠って
いた訳だ。
充分に広いカプセル内で、私は大きく、いっぱいに伸びをした。様々な薬で
対策が採られているものの、さすがに筋肉の強張った感じを激しく覚える。思
わず、「ああ」という声が漏れる。
しかし、身体のどこにも異状はないようだ。手足を楽に動かせる。気分は悪
くないし、目も口も耳も問題なく機能している。マッサージをしてもらったら、
すぐにでも通常の生活を送れそうだ。
「**君。目覚めたかい? 目覚めたのなら、返事をしてほしい」
突然、アナウンスがあった。同時に、天井と前方に、アナウンスと同じメッ
セージが文字で表示された。
私は段取りを思い起こし、マイクに顔を近付けた。聞き覚えのあるようなな
いような声の主に向かい、「はい。おはようございます」と答える。
「おはよう。と言っても、すでに夕方なのだが。気分はどうだろう? 優れな
いようであれば知らせてほしい。あと、身体の異状も。なるべく具体的に」
私は、筋肉の強張り以外、自覚できる異状は特にない旨を伝えた。
「――ああ、それから、腹ぺこですね。栄養は充分いただいても、実際に食べ
てないせいでしょうか。今、とても空腹を覚えてますよ」
「空腹感はこれまでの被験者と同じだから、安心してくれていい。それじゃあ、
カプセルを開くから、出てみようか。自分のペースで無理をせずにね」
「ええ」
カプセルの蓋が、上にゆっくりと開いた。
私はベッドから降りるような動作で、カプセルを出た。
二十年も経つと、研究所の面々が若干、入れ替わっていた。人事異動かもし
れないし、亡くなった人もいるに違いない。私は適応行為や健康診断を受けつ
つ、初めて見る人達に簡単な挨拶をしていった。
だが……見覚えのない顔ぶれの中にいたスーツ姿の厳つい男二人組だけは、
私に近付こうともしなければ、特段、仕事をしている風にも見えなかった。検
査を受けている間中、私は研究所に似つかわしくない彼らの存在が気になって
たまらなかった。
と、様々なチェックが終わると同時ぐらいに、二人組の内の年長者の方が動
いた。
「先生。そろそろ?」
研究所の長に尋ねる彼。許可を得ると、二人組は互いに顔を見合わせ、深く
うなずいた。
こいつら、刑事だと直感する。
多少、動揺したのは認めねばなるまい。だが、すぐに落ち着きを取り戻した。
なるほど、たとえ時効成立後でも、未解決事件の関係者に話を聞きたいとい
うのは当然だろう。参考人聴取というやつだ。
なあに、時効は成立しているのだ。決定的な証拠がある訳でなし、民事的に
も問題あるまい。突っ込んで聞かれても、二十年も前のことだし、コールドス
リープをしていたため、頭がぼーっとして思い出せないとでも言い抜けられよ
う。
「お疲れさんでした、**さん」
座ったままの私に、彼らは上から薄気味の悪い笑顔を向けてきた。
私は迂闊な台詞を口走らないよう意識しながら、真顔で聞き返す。
「いえ……あの、あなた方は? 何の専門の?」
「ああ、私らはここの者ではありません。その、刑事なんです」
「刑事さん、ですか。警察の方が何の御用で」
「えっと、ですねえ。起きたばかりでいきなりショックなことを申し上げるの
は、申し訳ないのですが」
妙な言い回しを使い、勿体ぶる年長の刑事。私が上目遣いに見やると、彼は
パートナーの比較的若い男に視線を流した。部下であろうその刑事が、話を引
き継ぐ。
「山口建男さんをご存知ですね?」
「……知り合いです、高校の頃からずっと付き合いがあって。ああ、いや、こ
の二十年間は除いて、ですが。そうそう、コールドスリープに入る前に、最後
に個人的にあったのが、彼でした。奴が何か?」
「殺されました。二十年前に」
「……まさか」
実感が湧かないとばかりに、首を小刻みに横に振ってみせた。
私の手からは、本当に実感が消え失せていた。この手で紐を握り、山口を絞
殺したのは、夢だったのではないかと思えた。
「嘘ではありません。二十年前の昨日、山口さんは絞め殺されました。で……
あなたからお話を伺おうと思い、こうして足を運んだ次第です」
「回復したら、是非、あなたの方から警察に足を運んでいただきたいですな」
若い刑事のあとを受けて、年配者が言い、にやりと笑った。
「何故です? ここで簡単に済むと思いますが……」
ふと気付くと、研究所のメンバーはきれいにいなくなっていた。広く白いこ
の部屋に、刑事二人と私だけだ。
「とぼけるんじゃないよ」
年配者の口調に、若干だが凄みが加わった。
「あんたが事件当日、山口さんと会っていたからってだけで、私らは二十年も
待って、ここに来たんじゃない。被害者の首の締め痕から、あんたのDNAが
出たんだ」
「はあ? そんな馬鹿な」
つい、言ってしまったが、これは失言には当たるまい。
私は紐で絞殺したのである。素手や腕を使って、扼殺したのではない。山口
の首に、私の汗や皮膚の断片が付着したとは考えられない。
刑事の仕掛けたはったりだ。そう判断した。時効が成立し、打つ手がない彼
らは、せめて私に一泡吹かせようと、こんな姑息な策を弄してきたに違いない。
「私は知りませんよ」
「ロープ状の凶器で締めたんだから、DNAが出る訳がない、と思っています
ねえ? ところがおっとどっこい、あんたが二十年間、ぐーすか寝てる間に、
科学は進歩した」
二十年未来の刑事とは思えないほど、古めかしい言葉遣いをする彼だが、私
は笑えなかった。科学の進歩……。
「もちろん、捜査もな。凶器のロープか何かは、布でできてたんじゃないか?」
言われて思い出した。糸を拠り合わせた白っぽい紐だった。犯行後、私は凶
器をきちんと始末し、この世から消滅させたから、発見される恐れはない。だ
としたら、一体どんな進歩があったというのだ……?
「殺害直前、恐らくあんたはとても緊張して、普段以上に汗をかいていたんだ
ろう。凶器に染み込んだ汗、そいつが被害者の首にしっかり残ったんだ。そこ
からDNAを得ることができた。かつては無理だったが、頭のいい人達の努力
によって可能になったのさ」
得意げかつ、面白おかしく語る刑事。私は恐らく、目を見開いていただろう。
動揺を隠そうと努めるが、うまく行かない。そもそも、DNAが検出されたと
いうのなら、動揺を隠しても無意味である。
私は斜め下に顔を向け、タイルを見つめながら考えた。唇を舐め、歯がみし
つつも、最適な行動を選択すべく、脳細胞をフル回転させる。
三十秒ほど経って、決断する。DNAを証拠に掴まれているのでは、こちら
も早々に切り札を出すしかあるまい。時効成立という切り札を。
「刑事さん」
面を起こし、二人組を見据える。ここで震えてはならない。自信を持って、
淡々と述べるのがよかろう。
「DNAは何かの間違いとしか思えない。仮に、仮にですよ。私が山口を殺害
したのが事実だとしても、犯行日から何年が経過しているんです?」
「ちょうど二十年、ですな」
そう答えた刑事の顔つきは、苦虫を噛み潰したような表情に見えた。
私は自信を深め、敢えて堂々と言い放った。
「ですよね。殺人の時効は、確か……」
「二十五年です」
「そう、十五――はあっ!?」
目覚めてから一番のボリュームで、私は叫んでいた。続けて、どもりながら
も聞き返す。
「何と言いました、今? 十五年ですよね?」
「いいえ。二十五年と言いました。に・じゅうご、ですよ」
「ははは。刑事さん、嘘は困るな。腹立ち紛れですか。間違えたにしてもひど
いが……。殺人の時効が二十五年ではなく、十五年であることは、一般常識で
しょう。映画やドラマのおかげで、浸透している」
「進歩したのは、科学だけじゃないってこってす、**さん」
年長の刑事は私の後ろに立ち、肩を揉んだ。
「おお、こりゃあ凝ってますな。二十年で硬直してしまいましたか」
正直言って、心地よかった。刑事のやり方が上手なのではなく、私の身体が
それだけ凝り固まっているのだろう。
「凶悪犯罪の増加、科学捜査技術の進歩等の事情を考慮し、殺人の時効は十五
年から二十五年に引き上げられたんですよ」
「……し、しかし。私には適用されないだろう? 法律が変わった場合、よほ
ど特別なケースでないと、遡って適用されることはない」
「よくご存知で。犯行に当たって、調べられたんですかな」
「まさか、時効期間の延長が、その特例ではないだろ?」
「ええ。でもね」
彼は手帳を開き、何かを取り出した。こちらに向けられたそれは、新聞の切
り抜き記事。サイズは、大人が手のひらを広げた程度か。随分、黄ばんでいる。
だが、日付は読み取れた。私がコールドスリープに入った、まさにその日であ
る。
ということは。
「見出しにあるでしょう。殺人の時効二十五年に、と。この法律はね、あなた
が山口さんを殺した日から施行されたんです」
「……」
規則を破ってでも、ニュースを見ておくべきだった。
――完