AWC 桜の下で   蓮見 琳人


        
#152/569 ●短編
★タイトル (hri     )  04/03/14  23:33  ( 49)
桜の下で   蓮見 琳人
★内容
 静かにその幹に触れ、ゆっくりと瞼を閉じる。
 まるでその幹から呼吸を感じ取るかのように、暫しそのまま佇んでいた。
 すると、背後から
「先生! 何してるの?」
と誰かが声を掛けて来た。
 ふと振り向くと、小学六年生という歳のわりには背の高い僕の教え子が一人、ボール
を抱えて立っていた。
「この木はね、先生の大切な人が大好きな木なんだ。この辺りでは、一番綺麗な花を咲
かせるんだよ」
 僕が答えると、彼は
「ふーん」
と目を丸くさせた。
「ほら、もうそろそろ予鈴が鳴るよ。ボールを片付けておいで」
 僕が校舎に埋め込まれた大きな時計に目を遣りながらそう言うと
「はーい!」
と彼は、元気良く返事をして体育倉庫の方へと駆けて行った。
 僕は、再びゆっくりと目を閉じて、在りし日の君の姿に思いを馳せた――

「この木はね、ここには一本だけしか無いけれど、満開になるとどんな桜並木の木より
も綺麗な花を咲かせるのよ」
 君は、そう言ってこの木の幹をそっと優しく撫でた。
 そのお腹に、誰か僕の知らない男の子を宿して。
「で、いつ発つの?」
 君を引き止めたい感情からか、僕の声は喉下を通り過ぎる時に擦れてしまっていた。
「明日の午後よ。この桜がもう見れなくなるのかと思うと名残惜しいわ」
 君は、そう言ってこの木の幹を抱き締めるように腕を回した。
 
 あの時、僕に何が出来ただろう?
 僕には、それしか君を引き止める方法が思い浮かばなかったのだ。
「ごめん」
 僕は、そう呟くとあの日の君のように目の前に立つ木の幹に腕を回した。
 まるで、この木の下に眠る君を抱き締めるかのように。
「ごめんよ。愛していたんだ」
 もう一度呟くと、瞼の奥に熱いものが込み上げて来て、うっすらと僕の目の際を濡ら
した。

 あれから一年。
 皆あらゆる方法で君を捜した。
 しかし、未だに誰一人として君の行方を知らない。
 君をこの手で亡き者にした、僕以外は。
 この木が花を付ける頃には、誰かが君を見付け出してくれるのだろうか。
 それとも君は、このままこの桜の下で永遠に眠り続けるのか。
 
 背後の校舎から、辺りに予鈴の音が響き渡った。
「もう行かなくちゃ。じゃあ、また放課後会いに来るよ、・・・・・・姉さん」
 僕は、そっと涙を拭いながら校舎の方へと歩き出した。
 未だ木枯らしが吹きすさぶ、ある冬の日の事だった。

 





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