AWC お題>書き出し限定/「あの部屋」の秘密(続)  已岬佳泰


        
#46/569 ●短編    *** コメント #45 ***
★タイトル (PRN     )  02/12/13  21:25  (114)
お題>書き出し限定/「あの部屋」の秘密(続)  已岬佳泰
★内容
 解決編

 仙次警部は、添田の店周辺を聞き込みに当たっていた所轄署の田中刑事を呼び戻し
た。もうそっちはいいということだろう。
「進学塾に何があるんですか」
 田中刑事の運転する車で、問題の進学塾「たまご塾」があるS町駅へと向かいなが
ら、本多は改めて尋ねてみた。どうやら、仙次警部は今度は(真面目な)謎解きをした
らしい。しかし、行く先を告げたまま、しばらくはむっつりと黙り込んでいた。
「塾の経営者の片岡修がなぜ、昼間っからあんな倉庫のようなところにいのか。そのわ
けを考えてみろ。そして彼はそこで重傷を負った。誰かに襲われたのだ。その動機には
おそらく彼の普段の行動が関係しているに違いないと睨んだ」
「つまり、仕事上のトラブルですか?」
「いや、もっとプライベートな話だろう。一応、犯人の目星はつけた」
 仙次警部があっさりとそう言った。
「え? いったいどういう?」
 田中刑事が驚いてのけぞった。本多も同様の気分である。
「片岡は犯人と一緒にあの部屋に入ったのは間違いない。南京錠の指紋から、ドアに内
側から鍵を掛けたのは片岡本人であると断定していいだろう。問題は片岡はそこで何を
しようとしたのかだ」
「何をしようとしたのか、ですか」
 本多は考えてみた。冬休みの土曜日。塾の経営者が、オフィスビルの一階駐車場に放
置された倉庫のような部屋で、いったい何をしようとしたのだろう。まったく、答えが
浮かばない、田中刑事もだめらしい。首を傾げて唸っている。
「ここからが俺の推理なんだが、片岡は犯人に危害を加えようとして反撃され、瀕死の
重傷を負ってしまったのではないかと考えた。根拠は後で分かるが、犯人と片岡の関係
からするとそういうことになる。そして犯人は逃げだそうとした。犯人には、あの部屋
を密室にするというつもりはなかった。内側の南京錠を外して、何か合図を、例えばド
アを叩くとかすれば良かったのだろう。その合図で外側の南京錠も開くハズだった」
「重田老人がグルだったと言うことですか?」
「イヤ違う。繁田老人は犯人にとっては予定外だった。繁田老人が言ったように、彼は
昼飯帰りにたまたま”あの部屋”の前を通ったのだ。そこで片岡のうめき声を聞かれて
しまう。ドアの外に繁田老人がいる。鍵屋を呼んで、南京錠を切る算段をしている。”
あの部屋”には身を隠すような場所はなにもない。そこで犯人は一計を案じた」
「それであの部屋を、まさに”あの部屋”にしたわけですか。でもいったいどうやって
……」
「それも片岡の仕事先、たまご塾に行けば分かるはずだ」
「さきほど主任は、片岡が着ていたロングコートが気になると」
「うむ」
「そこに何か秘密があると言うことでしょうか」
 仙次警部が顎をしゃくった。車の前方にS町駅のロータリーが見えている。片岡の経
営していた「たまご塾」は駅ビルにあるという。
「片岡の解剖の結果を思い出してみろ。首筋と腹部に生活反応のある大きな傷があった
という報告だったな」
「はい」
 本多と田中は同時に頷いた。
「ところが、”あの部屋”に倒れていた片岡は、ロングコートの前面ファスナーをきっ
ちりと締めていたとと繁田老人は証言した。これはどういうことだ……」

 たまご塾は、S町駅の駅ビル3階フロアの一角にあった。すでに片岡の死は伝えられ
ており、本多が案内を乞うとすぐに共同経営者だという奈良井啓介が出てきて、事務室
脇の応接室に通してくれた。奈良井は眼鏡を掛けた神経質そうな男だっ た。
「片岡さんについて、嫌な噂を聞きましてね」
 応接のソファに腰を下ろすなり、仙次警部が言った。そんな噂はまったく知らない本
多と田中だったが、そこはポーカーフェースをかろうじて保つ。奈良井が「やっぱり」
という顔になった。
「もう本人が死亡しておりますので、お話ししましょう。実は塾としてもたいそう 困っ
ておったのです」
 そうして奈良井は渋々といった具合に話し始めた。田中刑事が急いでメモを取るために
手帳を取り出した……。

 約1時間後。
 本多は仙次警部と重苦しい足取りで歩いている。車は田中に運転させて、所轄署に帰
したところだった。
「しかし、塾の子供が犯人だったなんてまったく意外でした。どうしてそういう推理に
なったのか、聞かせて欲しいですね」
 奈良井から入手した塾の生徒リストを見ながら、本多は嘆息した。
「片岡が着ていたロングコートだな」
「さっきの切り傷ですね」
「うむ。それとリバーシブルということだ。リバーシブルってことは、コートのボタン
やファスナーが表からでも裏からでも掛けられるって事だろ」
「はい」
「発見者の繁田老人は倒れている田中を見て、片岡はもっと図体が大きく見えたと言っ
た。田中だって、警察官だか相撲取りだかわからんほどのぶくぶくの体型だ。それより
も大きく見えたというには、片岡はよほどの大男であったことになる。それで、リバー
シブルのロングコートだから、その下に幼稚園児くらいの子供が刃物を持って潜むとい
うのもアリかなと気づいたんだ。内側からファスナーを引いてしまえば完全に中に隠れ
るからな。ただし、それが現実的に可能になるにはリバーシブルのロングコート以外に
もいくつかの条件が必要だった」
「例えば?」
「まず、片岡は仰向けに倒れていることだ。救急隊員は患者を担架で運んで台車に担架
ごと乗せるが、その間中、患者は仰向けだ。これが俯せなら、コートの下に隠れても体
を反転させたときにばれてしまう」
「なるほど。確かに片岡は仰向けに倒れていました」
「それと刃物だ。片岡の死体には首と腹部に生活反応のある大きな切り傷があった。と
ころがコートはファスナーがしっかりと締まっていた。犯人の子供はおそらく、瀕死の
片岡が着ていたコートの下に潜り込んだ。ところがファスナーが閉じない。コートの裏
側と体の間に子供ひとりのスペースはなかったのだ。極めて気が滅入る想像だが、犯人
はスペースを稼ぐために片岡の腹を切ってその中に潜もうとした……」
 本多は一瞬、声を失った。血まみれになったのは片岡ひとりではなかった……。その
情景を想像すると暗澹たる気持になる。そうすると……。
「救急車の中で催眠スプレーを吹いたのも、その子供ですね」
「おそらくな。催涙スプレーが片岡のポケットに入っていたと言うから、もともとは片
岡が彼の個人的な趣味のために持ち歩いていたものだろう。それを犯人が使ったのだ。
救急車の中にいつまでも隠れているわけには行かなかったろうし、腹に傷の残った片岡
を残していては、自分の細工がばれてしまうと思ったのかもしれない。それで台車ごと
片岡を救急車の外に押し出した。台車は坂道を転がって、そのまま踏切まで行ってしま
い、電車に轢かれることになった」
 仙次警部の声が低くなる。本多の脳裏をもっと恐ろしい想像が横切った。
「あるいは電車に轢かせたのは復讐だったのかもしれませんね。奈良井の話では、片岡
が常習的に塾の子供たちに性的ないたずらをしていたというじゃないですか。経営者だ
と言うだけで、塾の講師連中はそういうことを知っていながら、見過ごしてきた。それ
に対して、子供たちは自衛の手段に出たということかもしれません」
「この事件はひとりの犯行ではないだろう。片岡に性的ないたずらをされていた複数の
子供たちが”あの部屋”で片岡を殺すつもりだった。だから、犯人は刃物を用意してい
たし、片岡に対して大した抵抗もせずにあの部屋に入った。そして、ふたりが入った
後、邪魔者が入らないようにと他の子供、おそらく繁田老人の孫娘だろう、が部屋のの
鍵を外から掛けた。孫娘なら、管理人室から鍵を持ち出して、スペアを作るのも容易に
出来たろうからな」
「ううむ。そうすると、繁田老人の孫娘が老人を訪ねてきたというのは」
「おそらく、現場が気になったんだろう。それにしても、やりきれんな」
 仙次警部はそれっきり黙り込んだ。本多も言葉が出てこない。
 ふたりはこれから、たまご塾の生徒の家をしらみつぶしに訪問する予定であった。

(解決編・終わり)




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