AWC 『Bug-EyedMonster』……パパ


        
#13/569 ●短編
★タイトル (paz     )  02/03/14  04:19  (236)
『Bug-EyedMonster』……パパ
★内容
 数十年という時間、地球と月の中間地点に異星人の巨大母船は停船している。
地球の科学技術では探知不可能な超空間に潜んでいることを人類に知る術はな
い。もし視覚で観察する者がいたならば、黒色の巨大な球体に幾つも光が点滅
したことから、覚醒状態に入ったことが推測できたかもしれない。もっとも、
緑色に淡く光った泡状バリアの内側に外部の観察者がいることなど有り得る話
ではないが。
 通常空間と超空間の通信は構造連絡通路を通り交信されている。泡状バリア
は超空間内の次元振動に拮抗し、アインシュタイン宇宙を持ち込むために機能
している為、通常空間との架け橋である構造連絡通路無くしては、物流も情報
も行き交うことができない。最初に伝わったのは母星からの覚醒パルスだった。
母船の乗員は冷凍睡眠から目覚め、活動を再開した。次いでスペースシップの
来訪を告げる報せが届く。
 
  *
 
「やってらんないわよ」
 つぶやいた女性は髪をポニーテールにまとめている。カウンターに肘をつい
たまま、グラスを傾け一気に飲み干した。
「飲み過ぎだってば。真弓一人の身体じゃないんだから……」
 カウンターに並び座った女性が、短く刈り込んだ髪を掻き上げ、真弓の肩に
手を置いた。真弓はその手を払いのけ、「だって主役とられたのよ。悔しいっ
たら無いわよ! どんどんついでちょうだい。あーもう、面倒だわ、自分でつ
くる」
 真弓がボトルにのばした手は揺れている。
「だから、飲み過ぎだって言ってるでしょう。それに……今思い出したけど、
今度テレビの企画物で面白いのがあるから回すって言ってたわよ」
「ホント、誰が?」
「井原さん」
「ディレクターの?」
「うん」
「あっ、そうなんだあ。じゃあ、帰るわ」
 真弓はカウンターに手をつき立ち上がるが、足下がおぼつかない。
「大丈夫かなあ。送ろうか?」
「いいってば。分かってるって。分かってるわよ。彼氏のところにしけ込むん
でしょう。一人で帰れるわよ。お幸せに。ほっほっほ」
 真弓の高笑いに彼女は視線をそらした。心の中で「私のほうこそやってられ
ないわよ。酔っぱらいの相手なんて」とつぶやき、真弓の後ろ姿に投げつける。
彼女が携帯を取り出したとき、真弓のことは念頭から消えていた。
 真弓は千鳥足で夜の杉並公園に足を運んだ。いつも通るその公園のベンチに
座り込み、背もたれに腕を垂れさせ、軽い寝息を立て始める。
「佐々木、見てみろよ。女が寝てるぜ」
 そういったのはホームレスの高橋だった。
「構うな、構うな。俺たちは社会から疎外されているんだ。何も見ない、聞か
ない、喋らない、そうでないと生きていけない」
「でもよう、ぐっすり眠ってるぜ。ちょっと触るくらいはいいんじゃねえの?」
 高橋はベンチに近づいていく。佐々木は目をそらし、立ち去ろうとする。
「アレ、近づけないぞ。なんだ、この壁」
 佐々木から見ると、高橋は何もない空間をさすってるようにしか見えない。
「パントマイム、壁。とかっていうわけじゃ……ないな」
 佐々木は女性から一足の間合いで、見えない壁があることを探り当てた。辺
り構わず手を伸ばして確認したのだ。
「おい、ベンチの上に浮かんでいるのは、黒い球体だよな?」と、高橋。
 佐々木の視線の先には見えていたはずの街灯が消えている。照らされていた
広葉樹の枝も見えなくなっている。空間の中に黒い穴があいているように見え
る。佐々木はベンチの周りを回って「確かに球体だな」と応えた。
「球体が降りてきてる」と高橋が言った。佐々木はうなずいた。
 球体はベンチを飲み込み、再び浮き上がったとき、女性の姿だけが消えてい
た。
「女が、女が消えたぞ!」と、高橋が叫んだ。
「俺は何も見てねえし、何も知らねえ」といって佐々木は踵を返した。
「球体も消えていく……」
 高橋は天空を見上げながら「そうだな、俺も何も見てねえ」と、つぶやく。
 佐々木は口を閉じたまま、夜の街に向かって歩き始める。高橋は後ろ髪を引
かれながらも、佐々木の影を追い始めた
 
  *
 
 母船を訪れるスペースシップは流線型の小型ジェットだった。塗装は施され
ず、ただ階級を示すシンボルマークだけが刻まれている。シンボールマークの
形は楕円状の『卵』、もっとも尊き物として異星人たちが尊重しているものだ。
ジェットは見た目の貧弱さと裏腹に重火器や防御バリアに最先端の技術が導入
されている。わずか数度のジャンプで星間を越えられるよう、エンジンはメン
テナンスの少ない特殊なものが使用されている。
 構造連絡通路の入り口は生命体の視聴覚ではとらえられない。光学探知機器
で解析できない領域をスペースシップは通過した。
 それは数光秒前のできごと。
 今、船は母船に収容されようとしている。船体表面を覆うハニカム構造のバ
リアに亀裂が走り単一分子で構築されたハッチが開く。格納庫奥から発射され
た索引ビームで船を飲み込む様子は、巨大な鯨に飲み込まれたエビのようにも
見える。ハッチが閉じると艦内の気圧が安定化する。スペースシップの着陸脚
が床に固定され、エアーロックが開く。
 スペースシップの搭乗者のうち重要な者は1名。高級将軍のフンジテービー。
グレッグ族の一員で上流階級の出身だった。彼がタラップを降りると、出迎え
のセレモニーが始まる。彼は手でそれを制し、
「指揮官はいるか?」と尋ねた。
「閣下。ようこそ我が母船へ」
 立ち並ぶ人員の群れから、一人前に出る。六つある足を器用に折り曲げ、母
船の指揮官が敬礼をする。頭部からのびた二つの触覚が盛んに揺れているのは
服従の印だった。
「プランの進み具合は?」
 将軍は閣下と呼ばれたのを否定も喜びもしない。低級将軍なら誉れに感じる
だろうが、彼は違う。装甲化した外骨格は見事に磨かれているが、着用してい
る軍服を飾るのは階級章のみで、勲章の類はない。外見ではなく機能を重視す
るタイプの軍人だった。
「疑似冬眠前に我が種族が地球人を征服する映像をメディアに流しました。そ
れらはムービーとして地球人の知るところとなり、現在にいたっております。
異生命体心理分析官によると、直接のファーストコンタクトでは地球人類全体
がショック死する可能性が高いと報告されていたからであります。映像はそれ
を和らげる処置だったわけです。いわゆる慣れというわけですな」
「それは知っている。我々のような種族は定期的な冬眠衝動を避けることはで
きない。それも繁殖を導く冬眠は特定の惑星上でしか可能ではない。地球は我
々にとって最適化されている惑星ではあるが、全ての介護者が死んでは意味が
ない。我々全員が冬眠に入った後、卵を介護するために地球人は必要不可欠な
のだ。我々にとって『卵』は優先的に守らねばならぬもの。そのため戦争法2
条が適用される」
 二人は動通路の流れに乗り、司令室へと向かう。
「プランでは疑似冬眠から目覚めた後、宣戦布告、地球侵略という流れだった
のですが、少しばかり問題が」
「悪い知らせほど聴かねばならぬものだ」
「恐れ入ります。実はすでに我が種族の恐ろしさが忘れられている模様でして、
メディアにも乗りません。映像としてはすでに過去のものとなっております。
これほど飽きやすい種族だとは想像もしていませんでした。疑似冬眠に入った
意味が……」
「ほう。我々が地球人を殺害し侵略するという映像を忘れるくらい図太いなら、
ショックで種族が死に絶えるということはあるまい。免疫ができたというだけ
で、問題なし、というわけだ。必要な数は確保できるであろう。無血で占領で
きる可能性も高い。一体何が問題なのか?」
「いえ、個人的に気になっただけで……宣戦布告文も出来上がっております」
 手渡されたペーパーを一瞥して、彼は司令室の前に立った。扉が自動で開く。
「……もう用意してあるのか。手際が良い者は長生きするものだ」
 司令室の中央に金属パイプで組まれた簡素なベッドが備えてあり、その上で
女性が一人眠っている。
「閣下に喜んでいただけて幸いでございます。戦争法2条によれば、侵略する
星の生命体を一人だけ選び、切り刻んだ後、それをさらし者にすることによっ
て宣戦布告の映像とする、と定められていますから」
「無秩序な暴力は種族のメンタリティにはない。当然の事だ。法に則り正々堂
々と侵略する。それが誇りというもの」
 閣下と呼ばれた者は両手の蟹鋏を開いては閉じた。その度にガチャガチャと
金属音が響く。赤い眼を女性に向けると、蟹鋏を上下に振りながら近づいた。
「だがこの者、一人ではないな。腹部から心音が聞こえる。お前には耳がない
のか」
 将軍が指揮官に向けた視線は紅く燃えている。
「えっ、そんな馬鹿な」
 指揮官は女性の腹部に触覚を触れた後、4本の腕で頭部を抱え、
「た、卵を抱えているとは……卵を攻撃できるのは戦争法1条による大規模無
差別破壊だけ……」といって、緑色の汗を流した。
 ベッドの上で眠る女性がうっすらと目を開ける。
「アレ、なにこれ?」
 第一声だった。指揮官は急いでトランスレーターを将軍に渡した。
「あは、昆虫目玉の化け物じゃない。アナタ誰? ここはどこ?」
 煙草ケース大のトランスレーターは、異星人と地球人の相互翻訳をする。
「将軍のフンジテービだ。遺憾ながらここへは招待という形式をとらざるを得
ない」
「そうかあ、フジテレビか……私なんで寝てたんだろう? 飲み過ぎたかなあ」
 女性は小首を傾げた。
「――戦争法2条例外項目3に従って宣告する。少しばかり予定が変わったが。
この馬鹿者のお陰でな」
「そうかあ。面白い企画があるっていってたもんね。ごめんね。ちゃんと演技
するから今までの部分カットしてね」
 女性は長い手足を伸ばし、一度目を閉じた。次いで開くとあたりを見回して
から、悲鳴をあげた。将軍は宣戦布告文を読み上げ始める。
「ワレワレハ宇宙人ダ。地球ヲ侵略スルタメ……」
 女性は吹き出した。
「指揮官!」
 将軍が大声を張り上げたが、甲高い女性の笑い声にかき消される。
「はい……」
 指揮官は小さく応えた。
「触覚切ってやろうか……」
「……」
 二人の間に流れた冷たい空気を女性は察知しない。
「ゴメンなさいネ。だって、面白いこと言うんだもん。それにしてもよく出来
た着ぐるみねぇ。感心するっていうか笑えるわ」
 女性が将軍の腹部に触れた。
「硬いのねえ」と無邪気な感想をもらす。
「そうそう、これもカットね。リテイクお願い」
 女性はまぶたを閉じた。
 悲鳴の後、将軍が宣戦布告する。将軍が「もういい」というと女性は立ち上
がった。
「それにしてもよくできたスタジオ。カメラどこなのかしら?」
 勝手に歩き回り、コンソールのスイッチを勝手に押しまくる。
「指揮官、止めろ。この者を地球に戻せ。切り刻もうにも卵持ちではそれも叶
わない……戦争法2条例外項目3によれば、この者が地球人類全体に宣戦布告
文を伝えて初めて攻撃できるのだ」
「はあ、しかし、どうやってこの女性の行動を停止させるのでしょうか? メ
ンタリティに従えば暴力は使えないですし、戦争法によっても同じ事です。パ
ラライザーの類も地球人の貧弱な肉体では死に直結します。このものが死ぬこ
とは構わぬとしても、抱えている卵を殺すことは許されません」
「あなたの着ぐるみも良くできているわねえ。チャックもない……当たり前か
……で、このスイッチは飾りかなあ」
 彼女は第一級航法オペレーターの席にもたれかかった。オペレーターは困っ
たように指揮官を見つめる。尖ったかぎ爪で払いのければ話は早いのだが、戦
争法によってそれは禁じられた行為になる可能性が高い。軍事法廷によって裁
かれれば死を免れることはできないことは誰の目にも明らかだった。オペレー
ターはただ沈黙し目を閉じて事態が過ぎ去るのを待った。
 解決法は難しい事ではない。駆けつけた医師によって催眠注射が施され、連
れてこられた時のように女性は深い眠りについたのだった。
「艦内放送されていましたから」
 医師はそういって立ち去った。
 女性は無人ロボット船によって地球に運ばれていく。構造連絡通路を通り超
空間から通常空間へと遷移する。モニターをながめながら将軍は深いためいき
をついた。
「とりあえず無事にすんでよかった」
 独り言に合わせて、蟹鋏が音をたてる。
「まことに」
 指揮官が応えると将軍は赤い目で睨みつけた。指揮官の身体が震える。触覚
が激しく振動する。
「何事か。なんだこの揺れは。スタビライザーの故障なのか!」
 将軍が叫んだ。
「それがその……悪い知らせでして」
 航法オペレーターが蒼い外骨格をさらに蒼く染めた。
「悪い知らせほど聴かねばならぬものだ」
「地球人が触ったスイッチの中に自爆装置があり、それが作動しました」
「すぐに切れ」
 将軍がベッドに蟹鋏を振り下ろすと、粉々に砕け散った。
「地球人に視聴覚表示をオフにされた為、発見が遅れてしまいました。偶然か
故意か今となっては確かめる術がありません。以上の結果、自爆は解除しまし
たが、エネルギーステーションの瞬間的な暴走は止められませんでした。
 さきほどの震動は機関が大破したためと思われます。すでに第二ブロックま
で障壁がおろされました。現在司令室だけが独立したエネルギー機関によって
生命維持されている状態です」
「つまり……」
 力の無い言葉と共に将軍の膝が折れて床に座り込んだ。
「つまりエネルギーステーションが機能しないために構造連絡通路が消滅した
わけです。非常用のエネルギーパックでは艦外泡状バリアの維持で限界です。
我々は母星との連絡手段を失ってしまいました。通常空間に戻れないことから
超空間で彷徨うものと判断されます。論理的に考えれば、生存期間は幾ばくも
ないでしょう。すでに艦内の乗員の大半は漏れたエネルギー過によって汚染さ
れ、もって数日の運命と思われます。計算上はその後にバリア崩壊、超空間内
の放電磁場、もしくは次元断裂によって消滅という運びになります」
「宣戦布告した途端に負け戦なのか?」
「それは歴史が決めることです。さて、これからどういたしましょうか?」
 オペレーターの問いに答える者はいなかった。
 
  *
 
 夜の公園に黒い球体が舞い降り、消えた。同時にベンチの上に一人の女性が
現れる。それを気にする者はいない。公園に戻った佐々木は一瞥してから、
「俺は何も見てねえ」と口にした。
 間を置いて真弓が目覚めると、大きなあくびをした。
 周囲を見渡してから、夢だったのかあ、変な夢、と細い声でつぶやく。
 彼女はそのまま自宅のマンションへと歩き始める。

 一人の女性が地球人類を救ったことを地球人は誰も知らない。
 等の女性ですら知らなかった。

−−了−−





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