#222/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 04/06/23 00:00 (345)
失楽浄土 4 永山
★内容
* *
やれやれ。
内心だけにとどめておくつもりだったのに、ため息は外にこぼれ出た。気疲
れを覚えるのと同時に、少々奮発してインタネット接続サービスのあるホテル
に泊まってよかったとも思う。デスク上には、今し方までアいあイのホームペ
ージを見ていた自前のノートパソコンが載る。
操っていたのは、皐。彼女は形のいい細く尖った顎に手を当て、しばらく考
える仕種をした。沈思黙考が続き、やがて突然、しなやかな指がマウスを走ら
せ、キーを叩く。
ネット検索を重ね、その都度、メモ帳に書き付けていく。速くて荒っぽい筆
致だが、紙に残る文字はなかなか綺麗だった。
皐はチェックアウトの上限時間から逆算し、ぎりぎりまで作業を続け、どう
にか取っ掛かりを掴み得た。
「止めてあげなきゃね」
決意を自ら示すかのように独語すると、彼女は複数個の荷物を一度に担ぎ、
部屋のドアに向かった。
五月十八日、午前九時五十五分のことだ。
* *
放課後、校門を一歩外に出た刹那、手塚はその人物達を真正面に捉えた。
車道を挟んで向こう側にいるのは二人。ともに女性。髪をひっつめにした小
さな方については、知っている顔だ。何しろ、同じ小学校の同学年の女の子な
のだから。かつて同級生になったこともある。
(六本木さん、学校に来てたんだ)
手塚が最初に抱いた感想だった。
六本木真由(ろっぽんぎまゆ)は小学四年の二学期以降、休みがちになった。
無責任な噂によると、夏休み、父親の田舎を家族揃って訪ねた際に、何らかの
大きな事件に巻き込まれ、精神的ショックを受けたためだと云われている。
(隣にいる若い女の人は、付き添いか何かかな)
そんな風に考えてみたが、その女性はどう見ても付き添いというタイプでは
なく、どこでも主役を張れそうな押しの強さを発散している。パステルカラー
の迷彩服の上に、グレーのコートを羽織る奇抜さに加えて、美人かつモデル体
型。美人だからこそ、奇抜さが許されるのかもしれない。
(それとも、絵の先生?)
二年前の夏以来、六本木には変化が見られた。彼女はそれまで全く興味を示
さなかった絵を、突如として描くようになった。基本的に水彩画らしいが、手
塚がかつて見掛けた三度は、いずれも鉛筆だった。河原や公園、道端といった
ところに腰を下ろし、景色をデッサンしているだけなのだが、コピー機で写し
取ったみたいに精緻な絵に、舌を巻かされたのを覚えている。にも関わらず、
六本木は、絵に余計なものを必ず付け加える。ビルが天使の環っかを戴いてい
たり、行き交う車の鼻先が髑髏だったり、卵形の大きな物体が鉄橋を渡ってい
たり、そこには存在しない塔だったり。想像力溢れる構図だが、整ったタッチ
故、観る者に多少の息苦しさを強いる絵と云えた。
少し昔のことを思い出しながら、手塚は歩道を右に折れ、家路を急ぐ。女性
の正体に関して、これ以上詮索するつもりはない。
だが、微かに聞こえた六本木の声に、足を止めた。
「あの子。手塚君ていうの」
何だろう?と振り返る。ちょうど車の往来が途切れ、短い静けさが場に訪れ
ている。
「やはり。この絵があったから、私でもすぐに分かった」
女の人の声も聞こえた。しっかりした、何かしら強そうな声だ。
彼女達二人は手近の横断歩道を渡り、手塚のいる側にやって来た。
動けないでいる彼に、大人の方が更に一歩、ずいと前に進み出た。
「手塚君。私は一ノ瀬(いちのせ)メイという。忙しいので挨拶はこれだけに
して、君の隣の席の女の子は、まだ何も起こしていないか?」
「え? は?」
理解不能な出だしに、手塚はおたおたした。身体の内では大人びた思考もす
るが、喋るとなると全くの不得手だ。
「怪しく見えるかもしれないが、私は怪しくない。この小学校の――」
出て来たばかりの学校の方を指差す一ノ瀬。
「――六年三組で、小説が好きで、書くこともある、イニシャルTの人物と云
えば、君しかいないだろ?」
「え、ええ。まあ」
「市松さんは今、どこ?」
「家に帰ったみたいです。あの……一ノ瀬さん? もしかして、市松さんのホ
ームページを見ておられる人ですか」
市松の名前を知っていることは不思議だが、六本木が教えたと解釈すれば筋
が通る。
「よく分かったね。私は皐と名乗ってるよ。ん、そうか。イニシャルTでぴん
と来たってことか」
驚きの欠片も見せず、ただ微笑した一ノ瀬。彼女の口から質問が発せられる。
「ということは手塚君も、あのサイトを見てるんだな」
「は、はい、一応。まだ書き込んだことはないですが」
「話が早い。アいあイこと市松さんは、ミレイという子を本気で殺すつもりか
もしれない」
ボリュームを落とし、どきりとするようなことをさらっと云う。
「ま、まさか」
「ミレイって子の名前を聞いておこう」
「三田村さん、です。下の名が令子(れいこ)か何かで」
「OK。最近二人の仲は、学校でも険悪?」
「二人って、三田村さんと市松さんですか? はい……ホームページと同じよ
うに仲悪いです。話をする分、掲示板の方がましかも」
「分かった。五月頭頃から、市松さんにおかしなところはないか?」
「……おかしいのかどうか分からないけど、僕に小説のことを根ほり葉ほり聞
いてくるようになった」
「どこがどうおかしいんだろう?」
下校する児童が横をすり抜けていく。手塚は気になった。一ノ瀬も気になっ
ているようだ。ただ一人、六本木はぼんやりと周囲を眺め、何も持たない手を
動かしてあたかもスケッチをしているかのように、自分の太股の表面に指先を
走らせている。
「前は、一つか二つで話が途切れてたのに、今はいくつも聞いてくるんだ」
「それは君と市松さんが親しくなっただけじゃないのかい?」
「うん、でも、内容が……。毒物ってどうやって手に入れたらいいのかしらと
か、頭をどれくらいの力で殴ったら人は死ぬのかなあとか。僕が推理小説を書
き始めたからって、そんなこと知りたがるなんて、おかしいなって」
「なるほど。手塚君はどう答えたの?」
「毒は知らないから、知らないって。殴る方は、昔読んだ小説に、ハンマーを
高い建物から落として、それが下を歩いていた人の頭を直撃し、死なせたって
いうのがあったから、話したよ」
「ふ、む」
息をついた一ノ瀬。
「手塚君は、あの掲示板なり日記なりを読んで、何か気付かなかったかな」
「? 何にもないです。どういう意味で聞かれてるのかも、分かんないし」
「それならこれからいいことを教える。そして、君が市松さんに云うんだ。い
いわね?」
「いいわねと云われても」
またもや意味不明な話になってきた。困惑を露にした表情で、手塚が見つめ
ると、相手の一ノ瀬はにっこりと微笑んだ。
「市松さんのボーイフレンドは強くなきゃ駄目なんだから、そんな頼りない顔
をしない」
「で、ですけど、云って、ど、どうなるんですか」
「うーん、彼女に約束を破らせる、かな」
子供めいた悪戯っぽさを表情に覗かせ、一ノ瀬は答えた。
「次に書く話では、トンカチを凶器にしようと思ってるんだ」
金曜の放課後、一人急いで帰ろうとする市松を呼び止め、小説の話がしたい
んだと、図書室に誘う。すると彼女の方も、それを待っていた、願っていたか
のように、すんなりと了解した。
放課後、それも週末の図書室はいつにもまして静かで、しんとしている。そ
れも道理で、時間的にもう誰も残っていない。司書室に司書の先生がいるだけ
だ。日本茶を湯飲みですすりながら、読書と書き込みを一遍にしている姿が、
ガラス窓越しに確認できた。
まず、市松に進み具合を尋ねると、「書けたことは書けたけれども没にする
かもしれない」という返事があった。理由は話してくれなかった。
次いで、手塚は自分の小説について話題にした。
いや。実際は、一ノ瀬メイから知らされた話をするのだ。
そうして、凶器のことを持ち出すと――。
隣に座る市松は凄い勢いで、両手で口を覆った。悲鳴を上げそうなのを堪え
ているみたいだった。
「ど、どうかした? 血生臭い話で、恐かったとか」
「う……ううん」
ゆっくりと口から手を離す市松。急に乱れた呼吸。荒い息を整えようと、肩
を上下させている。
「く、くしゃみが。出そうになって。図書室では静かにしないといけないもの
ね」
「他に誰もいないんだから、いいんじゃないか?」
「先生がいる」
深呼吸を交えて答える市松。
「窓、締めてあるから、聞こえないよ。くしゃみは生理現象なんだし」
「そ、そんなことないわ。静かにした方が」
「だったら、このひそひそ話もやめる?」
「……続けてよ」
ひとときの逡巡を垣間見せてから、市松は先を求めた。そらしていた視線を、
思い切った風に手塚に合わせてくる。勝ち気な一面が表れていた。
「僕の書く小説の話だっけ。えっと、犯人は殺人の予告を、新聞の尋ね人欄や、
インターネットの掲示板に載せるんだ。勿論、そのままの予告文だとばればれ
だから、暗号にして」
「――手塚、くん」
顔色が見る間に白っぽくなった。
手塚は自分の右腕に痛みを感じた。気付くと、市松の手が彼の右腕を掴んで
いる。爪がじわっと食い込みつつあった。
「もしかして」
喉がからからに渇いた状態で絞り出したような声。元々ハスキーなだけに、
聞き取りづらいレベルに達している。
「分かってくれたの?」
「い」
手塚はとりあえず、腕を引こうとする。
「痛いよ、市松さん」
市松ははっとしたように目を見開き、素早い動作で手を引っ込めた。机の下
の空間で、両手の指を絡み合わせながら、落ち着きなく、もじもじする。初め
て目の当たりにする姿だった。
手塚は深呼吸を挟んでから、云った。
「ごめん。市松さんには黙っていたけれど、僕も君のホームページ、たまに見
てたんだ」
「そう……だったの」
「それで……あの暗号、僕の教えてあげた暗号だから、僕が気付いても、いい
よね?」
「……」
五月十七日の日記。
各行の一番初めの文字(漢字や数字は平仮名に直して最初の字)を順に抜き
出し、並べると、「みれいころすきらアあいあいきようきはとんかち」となる。
読み易いように変換すると、「ミレイ殺す キラー アいあイ 凶器はトンカチ」
という文章が浮かび上がるのだ。紛れもない、殺害予告。
真実を述べるのなら、手塚は気付くことができなかった。気付いたのは、あ
くまでも一ノ瀬だ。参考までに、一ノ瀬が気付いたのは、「まわし蹴り」とす
べき箇所が「まあし蹴り」となっていたため、作為を感じたという。
「本気じゃないよね」
手塚は同意を求める調子で問うたが、いつまで待っても、返答が聞こえない。
声を出せていないのかもしれない。
“ばーか。冗談に決まってるじゃない”そんな答を期待していた手塚もまた、
しばらく黙った。奥歯を噛みしめ、喉の奥に痛みを感じ、脈が速まる。
云わなければ。
「本気だとしたらの話だけど。市松さんにそんな莫迦な真似、してほしくない。
……絶対にさせるもんか」
手塚は言葉を切り、市松を見つめた。
(本気じゃないと云ってくれ)
祈った。
だが、彼女は唇を噛みしめ、再び目をそらすのみ。事実がどうであろうと、
本気じゃなかったと笑い飛ばせば、なかったことにできるのに。
『約束』の意識が極端に肥大化しているに違いない。手塚は一ノ瀬メイの推
測を思い返した。
(本気で殺すつもりなんてなかったのに、約束を守る守らないの議論を挟んだ
がために、殺すという約束を守らなければならないと自ら決め付けてしまった。
殺す行為自体が目的化した……)
小学生には難しい話だったが、そのときの手塚は懸命に理解した。
「市松さん。守らなくていい約束もあるよ」
「……」
優しい口調で呼び掛けると、市松はみたび、こちらを向いた。
「こんなさあ、くだらない約束よりも、市松さんにはもっと大事な約束をして
るじゃないか」
「……何のこと?」
首を横に振り、全く分からないという風に市松は聞き返してきた。
手塚は思いを込めて云った。
「忘れてないよね。ホームページに小説を載せること」
「――」
息を飲む音が聞こえた気がした。
市松はさっきよりも一層強く目を見開くと、しがみついてきた。椅子から落
ちないよう、手塚は机の縁を慌てて掴んだ。
どうしたの?と問い返すいとまも貰えなかった。
彼のすぐ前で、彼女はわんわん泣いた。
〜 〜 〜
六月一日。手塚はいつものように昇降口で市松が来るのを待ち、並んで教室
に向かった。
「えーっと。お誕生日、おめでとう」
途中、小さな声で伝える。
市松がくすりと笑った。左手には、普段は持って来ない紙袋を提げている。
「ありがとう。プレゼントは?」
「“約束”通り、君宛にメールでショートショートを送りました」
「帰ってからのお楽しみ、かぁ」
六年三組の教室が見えた。後ろのドアより入ると、これまた恒例になった、
三田村からの口撃が。
「今朝もまたお熱いことで。うらやましい」
最後尾の席に座る三田村は冷やかし終わると、前を向いた。
市松も手塚も昨日までならこのまま通り過ぎていたのだが、今日は特別。何
しろ、市松の誕生日なのだ。
市松は紙袋の口を両手で開くと、中から大きなハンマーを取り出した。
その気配を感じ取ったか、三田村が再度、ゆっくりと向き直る。
そこへ、間髪入れず、一撃を食らわした。
ぴこっ!
「な……何の真似?」
額を押さえながら、呆気に取られた顔をする三田村。
「けりをつけたの。昨日までの自分に」
赤と黄色の派手な色をしたハンマー――ぴこぴこハンマーを肩に担ぎ、市松
は笑って答えた。
「それと私を叩くのと、どういう関係があるって……しかもわざわざそんな物
まで持って来て」
意外さのあまりだろうか、怒ることもなく、三田村はただただ、理由を気に
している様子。市松はハンマーを元通りに仕舞い、頭を下げた。
「ミレイにもお礼を云わないと。ありがと」
「訳分かんないんですけど。また頭を打ったとか」
「ホームページに載せた小説、割と好評なのよ」
得意げに、市松。三田村は首を竦め、嘆息した。
「知ってる。私だって掲示板読んでるもの」
「お世辞混じりなのは分かってるけれど、でも、誉められると楽しい。それで
ね、あのとき、ミレイがネタバレしてくれたからだなと思ったの。最初の筋の
ままじゃあ、ただ憎しみ合って殺し合うだけの話になってたわ」
「そう云って貰えると……。あのときは、ごめんね」
安堵したあと、殊勝な態度になり、肩を縮こまらせるようにして三田村は頭
を下げた。
「もう、何遍も謝らなくていいって。こっちも同じ回数、謝らなくちゃいけな
いのに」
「分かった。――アいあイの小説の次は、手塚君のも読んでみたいわね」
照れ隠しなんだろうか。急に話題を換えて、三田村は手塚を指差した。
「まあ、その内に。ひょっとしたら、僕もホームページを持つかもしれないし」
「へえ! やっぱりそれって、“彼女”に影響されたのかしら」
この軽口に、市松は敏感に反応した。「ち、が、う〜!」
と、そこへ、新たに教室に入ってきた女の子が、急ぎ足で駆け付けた。
「何なに? 盛り上がってるけど、仲間外れはひどいよー」
「おっはよ、パシャ吉」
ハンドルネームで呼ばれた女児は、林葉頼歌(はやしばらいか)。家がカメ
ラ店をやっているせいもあって、このハンドルも案外気に入っているらしい。
「いよいよ手塚君もネットデビューだってさ」
三田村が伝えると、林葉は「わっ。おめでと」と妙な祝福をした。
手塚は苦笑を浮かべ、密かに眉根を寄せた。
(こんな風にされると、ますます云えなくなるなあ。君達のホームページをず
っと覗いていたんだって)
* *
@一ノ瀬メイから手塚真二への電子メール
手塚君、久しぶり。市松さんとは順調に行っているようで、おめでとさん。
いきなり質問メールを受け取って、びっくりしたわよ。そんなこと気にして
るのかと。まあ、推理小説を書こうっていうんだから、気になるのも当然かな。
さて。
何で、君達の学校が分かったかって? そんなもの、分かるよ。簡単じゃな
かったが、手がかりは市松さんのホームページにいくつもあったんだからね。
まず、黄砂だ。四月一日、黄砂が降ったのは、市松さんの住むところだけと
分かる。調べれば都市の名前は楽に特定できる。
次に……と云っても、ここから先は、そんなに順序立てて説明できるものじ
ゃないわ。いくつかの手がかりから、複合的かつ総合的に判断したってこと。
ブルマと牛乳とクラス分け。これでどうにか特定できた。
今時、体操着にブルマを使っている学校は少ない。しかも色はえんじと分か
っている。こーゆーことを趣味にしてる人のサイトに行けば、数校に絞り込め
る。
それから、例の五月十七日の日記に、給食の時間に、一人で牛乳を七個飲ん
だとかどうとか、書いてあっただろ。七個だぜ、七個。七本じゃなく、七個。
小説を書くような人間が、本と個を誤るとは思いたくない。つまり、この学校
の給食では、牛乳は瓶ではなく、四面体のパック型のを採用してると推定でき
る。
さらに、五年生から六年生になるとき、クラス替えを行ったという。これも
手がかりになった。
ついでに説明しておくと、学校が特定できてからあとの方が、手間取った。
いや、手詰まりだったのよ。
彼女を正気に戻せて止めるには、手塚君、君が適任だと思ったからね。
何故かというと、これまたあの日記暗号が理由。あれの最後の方は、彼女か
ら君へのコールサイン。気付いてほしいって気持ちが、潤むくらいに滲み出て
るよ。
だから、私が直接学校に行って、六年三組の女子一人一人を掴まえて、アい
あイを見つけてやめさせる、なんてことはしたくない。
Tという男子を見つける必要があった。でも、これまた学校に行って男子一
人一人を掴まえてって訳にいかないわな、当然。第一、見ず知らずの人間が学
校に乗り込むなんて、現実的なやり方じゃないしね。
暗号の予告は、六月一日までと期限を切ってあったが、いつやろうとするか
が明確じゃない。二、三日は焦るだけで、とにかく学校の回りをぐるぐるして
たよ。でもそのおかげで、六本木さんと巡り会えたんだな、これが。
ああ、それと、私自身の美貌のおかげ。笑うとこじゃないよ。
最初、小学生くらいの女の子が、絵に描かせてくださいって云ってきたとき
は、面食らったね。真っ昼間、道を歩いていたら、いきなりだし。
さっきも云ったように手詰まりだったこともあって、モデルを引き受け、適
当にポーズを取っていたときに、私は抜け目なく気が付いた。六本木さんが同
じ学校の児童だとね。小学校の帽子を被っていたんだから、自慢には値しない
が。
聞いてみると、六本木さんも六年生。不登校気味だと云うけれど、Tを知っ
ているかもしれない。Tはエイプリルフールとはいえ、アいあイに告白したん
だから、噂の的になっていてもおかしくないと踏んだ。
それにヒントもあったしね。次郎長の子分みたいで、模様と来れば、石松か
市松だよな。市松がビンゴ!だったと。
幸いにも、六本木さんは君を知っていたので、お願いして校門前で一緒に待
って貰った。あの子の描いた似顔絵は確かに上手だが、当人とどれほど似てい
るかとはまた別の話。だから、確実を期すためにね。
とまあ、こういういきさつで、手塚君を突き止めることができ、ひいては市
松さんに約束を破らせることもできた訳だ。皐の推理、これにて一巻の終わり。
ところで、お土産の件だけれども。
……
* *
一ノ瀬メイからの返事を、途中まで読んだ手塚は、カーソルを動かす手を止
めて、ふっと呟いた。
「疑問は解けたけれど、ここは言葉が足りないよ、一ノ瀬のおねえさん」
と、画面にある文面の一点を指差す。
「市松さんに約束を破らせただけじゃない。もう一つ、もっとずっと大事な約
束を市松さんが守ることに、僕らは協力したんだ」
――終