#121/598 ●長編
★タイトル (hir ) 02/12/04 01:39 (216)
南総里見八犬伝本文外資料17 伊井暇幻
★内容
八犬伝第九輯巻之三十六簡端附言
稗史小説の巧致たるやよく情態を写し得て異聞奇談人意の表に出るに在り。独軍旅攻伐
の談に至りては里巷の小児を悦するのみ、士君子の為に道に足ず。譬ば水滸伝の如きも
七十回より下に招安の事ありて宋江盧俊義等其徒一百人宋朝の為に遼を伐ち方臘を征す
るに至りては是を七十回までの新奇巧致の筆に比れば頗劣れるに似たり。こ丶をもて金
瑞は七十回までを施耐庵の作として七十回より下百二十回までを羅貫中の作とし誣て続
水滸伝とす。毛鶴山が如き善小説伝奇を見る者といへども猶金瑞が誣を信容て其七十回
より下を続水滸伝といひしはいかにぞや。吾嘗こ丶に見るよしあり。抑水滸伝一百二十
回は羅貫中が一筆に成る所其証文多くあり。然るに彼小説を評定したる李贄金瑞等いへ
ばさらなりこの他明清の文人墨客水滸をいふ者多かれども一人として彼作者の無量の隠
微あるを悟れるなし。この故に吾亦戯れに水滸の隠微を発揮国字評して命けて拈花窓談
といはまくす。然りけれども老眼年々に衰邁して今は筆硯不如意になりぬ。果すべきや
否を知ず。そは左まれ右もあれ本伝第九輯に至りては二三十回皆車旅攻伐の事ならざる
はなし。羅貫中の大筆なるすら修羅闘諍は余韵始の如くならず。況や己が如き▲(車に
全)才もて本伝力戦の談までも看官の飽なくなさんは最難しとも難かる技なり。遮莫水
滸は征伐二度に至りて百八人の義士多く戦歿して最後に宋江李遶等毒を仰ぎて死に至れ
り。看官遺憾しく思ふめれど、こは勧懲に係る所果敢なく局を結べるは則作者の用心な
り。然れば本伝は用意彼と同じからず、この力戦の故をもて里見十世の栄を開く花あり
実あり約束あり。且性情仁義の致す所、実に是大団円の歓びを尽すに足るべし。看官本
伝の水滸に模擬せし所これあるを知ども作者の用心始より水滸に因ざるを知らぬも多か
らむ。然るをこ丶にも後世金瑞に相似たる評者あらば九輯軍旅の二三十回を誣て続八犬
伝として吾筆ならずといふもあらんか。夫隠たるを求め怪を述作る小説野乗の果敢なき
も其大筆に至ては筆作者の隠微あり。是を弄ぶ者は甚多く是を悟る者の得易からぬは昔
も今も同じかるべし。この故に吾常にいふ、達者の戯墨を評する五禁あり。所謂仮をも
て真となして備らんことを求る事評者只其理論をもて好む所へ引つくる事作者の深意を
生索にして只其年紀などの合ざるを見出さまく欲するは俗に云穴捜の類なる事前に約束
ある事の久しくなるまで結び出さざるを待かねて催促しぬる事神異妖怪は始ありて終な
く出没不可思議なる者なり。然るを其出処来歴を詳にせまく欲りし其消滅して終る所の
安定ならん事を求るは惑ひのみ。作者の本意にあらざる事大凡この五禁を知りてよく吾
戯墨を評する者あらば、そは真実の知音なるべし。寔に無益の弁なれども人我泰平の余
談によりて飽まで食ひ温に被て文場にさへ遊ぶ者米銭をいはずして唔譚に春の日を銷し
ぬる。彼も一時なり此も亦一時なるべし。抑吾戯墨物の本の殊に時好に称ひしは弓張月
及南柯夢胡蝶物語小冊子は傾城水滸伝新編金瓶梅この他猶あるべし。就中本伝は世の人
いと喋々しきまでに愛覆りて弄ぶ随に江戸及浪速なる戯場にて屡是によりたる戯箪の出
しを見き。又大阪にて浄瑠璃に作れるあり。其院本は長編にて四冊ばかり出たりとか聞
にき。況錦絵には八犬士を画きたる者京江戸大阪にて年々に彫りて今も猶出すめり。只
是のみにあらずして諸神社の画額及燈籠にも犬士を画ざるは稀なり。或は箆頭店の布簾
新製の金欄鈍子或は煙包団扇紙鳶小児の肚被にすら画きしを見き。然ばにや、閭巷軍記
の岐坊講釈にも、をさをさ本伝を読てもて世渡りに做せるありとぞ、人の告るに依て知
りぬ。其時尚に称ふことかくの如きに至れるは我ながらうち驚くまでにいと怪くもある
哉。己戯墨に遊びしより無慮こ丶に五十年、客舎に盧生の枕を借らでも稍覚むべき比な
れば細字は▲(リッシンベンに頼)く不如意になりぬ。然ば本輯又五巻を稿じ果さば其
折則硯の余滴に戯墨の足を洗まく欲す。筆硯読書皆排斥して徐に余年を送るに至らば静
坐日長く思慮を省きて復少年の如くなるべし。
天保十一年肆月小満後五日
蓑笠漁隠
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八犬伝第九輯巻之三十六口絵
賢而事賢譬以魚水
賢にして賢に事(つか)えること、魚水を以て譬える。
大樟村主俊故おほくすすぐりとしふる・盾持▲杖朝経たてもちけんじやうともつね
★蜀の劉備と孔明の関係を「水魚の交わり」と謂う
鳥けものたけきはあれとぬしをしる心さかしき犬にしかめや 愚山人
上水和四郎束三うハみすわしらうつかみつ・赤熊如牛太猛勢しやぐまにょぎうだたけな
り
★試記・鳥獣、猛きはあれど、主を知る心賢しき犬に如かめや
神明有祭祀之俗 仁君無不敬之臣
神明に祭祀の俗あり。仁君に不敬の臣なし。
荒川太郎一郎清英あらかハたろいちらうきよひで・印東小六明相いんとうころくあけす
け
沖津波風をさまりてゆるきなき君か世まもるいハむろの神 ▲(敕のした鳥)斎 敕
朝寧ともやす・小幡木工頭東良をはたむくのかミはるよし・白石城介重勝しろいしぜう
のすけしげかつ・朝良ともよし・憲房のりふさ
★試記・沖津波風治まりて揺るぎなき君が世護る岩室の神
火牛勝万馬 勍風何▲(ニンベンに且)水
火牛の万馬に勝つ、勍風、何ぞ水を浅くするか
真間井樅二郎秋季ま丶のゐもミじらうあきすゑ・継橋綿四郎高梁つぎはしわたしらうた
かやな
たつになるきつが(なカ)身ふたつこ丶のつの尾上の松といつれ久しき 半閑人
木曽三介季元きそのさんすけすゑもと・狐龍精石こりやうのせいせき
★試記・龍になる絆身二つ九つの尾上の松と何れ久しき/第一回に於いて早くも里見義
実は中国・春秋期の覇者・晋文公/重耳に擬せられている。どうも「春秋左氏伝」は馬
琴の愛読書だったようだが、文公は日本でも人気のキャラクターだ。信乃と同様に自ら
の入浴シーンを仲間に見せびらかし契りを結びに至る深窓令嬢タイプの別嬪・大角の挿
話は、重耳が異人である証拠を見ようと或る者が欲情……浴場を覗く場面と無関係では
なさそうだし。重耳の各種エピソードは、江戸人士周知のものであったろう。重耳は端
的に言えば、貴公子でありながら二十年近い放浪を余儀なくされた挙げ句、故郷に戻っ
て覇者となった劇的人物だが、此の放浪を支えた者こそ、忠なるかな忠、信なるかな
信、二匹の狐であった、といぅのは冗談だけれども、狐兄弟が重耳を重耳たらしめたっ
てなぁ本当の話だ。晋の名臣・狐突の息子・狐毛と狐偃である。さて、重耳と違って義
実の〈放浪〉は結城合戦後の数日に過ぎないが、後の二十年ばかりは国主でありながら
起伏あり、〈放浪〉と同値の生涯とも言える。関東管領軍を撃退し、初めて安堵する。
重耳に擬せられる義実を支えていた者は、杉倉木曽介氏元と堀内蔵人貞行であった。こ
う考えると、登場人物設定に当たる口絵賛で「狐龍精石」政木狐/と木曽三介季元が並
べられている点は、まことに興味深い。口絵の人物評には、対称的な複数を描くもの・
対決する二人を描くもの・同類を纏めて表現するものがあるが、此の第九輯下帙下編上
の六枚のうち他五枚は何連も、同類を纏め表している。狐龍・季元も同類とすれば、共
通項は「狐」であろう。即ち、季元を狐とすれば父の氏元も狐であって、氏元は、重耳
に擬せられている義実が〈放浪〉するときに従った狐、狐毛もしくは狐偃に擬すること
が可能となる。狐毛は地味なので多分、狐偃なんだろうが……、但し、氏元を狐とし
て、木曽もしくは杉倉なる木曽の山名を「狐」に結び付けた馬琴の意図は、現時点で筆
者に妙案はない。木曽は山深く、狐の話には事欠きそうにないが、或いは、十返舎一九
が取り上げた〈木曽の狐膏薬〉あたりか。……長くなりついでだ、狐といえば犬士中、
天然自然の媚びを以て、堅物ばかりの犬士さえ誑かしたるは天晴れ至極、それもその
筈、女の変生、一億人のdesired旦開野犬阪毛野胤智、諏訪の八百八狐の、狐火
まつわる大軍師……に就いて語らねばなるまい。いや、直接に毛野の話題ではない。諏
訪の話だ。明和三年作とされる「本朝二十四孝」である。作者は、希代の浄瑠璃作家・
近松半二……だけではなくって三好松落・竹田因幡・竹田小出・竹田平七・竹本三郎兵
衛と盛り沢山だ。盛り沢山は、作者だけではない。武田信玄親子、長尾/上杉謙信親
子、山本勘助、北条氏時、足利十二代・十三代将軍、斎藤道三など戦国名士たちがウジ
ャウジャ出てくる。しかも伏線張りまくりでウカウカしてると蹴躓き、ワケが分からな
くなる代物だ。互いに化けて化かし合い、やや唐突ながらも次々に登場人物が正体を現
していって最後に川中島合戦の名場面、信玄・謙信の一騎打ちまで遣らかすが、史実な
んざ糞食らえ、「そんな話は聞いていない」って無責任なドンデンガエシ活劇なんだ
が、非常にビジュアルで、しかも目まぐるしい程にテンポが良い。夜長の友に最適な一
作だが、ネタをばらすと興味は半減、ストーリーに就いては読んでいただくとして、え
ぇっと、「本朝廿四孝」には最重要のアイテムとして「諏訪法性の兜」なる妖しいもの
が登場する。此の兜は諏訪社の宝器で、八百八の狐が守護しているって設定。狐は諏訪
の使である。一途な女性が恋人のため法性の兜を携え、まだ狐が走っていない/安全な
ほどには固まっていない、諏訪湖の氷上に月夜、裾を乱し鬢解れさせ汗ばみ喘ぎ、しか
して決然と駆け抜けていく。其の凄絶たるエロティシズムたるや、まことに秀逸であ
る。浮世絵なんかでは、此の女性・八重垣姫の腰と云わず肩と云わず、白狐がウジャウ
ジャ纏わり付いていたりするけども、文中では、「兜を取て押戴。押戴きし俤の・若し
やは人の咎んと。窺ひおりる飛石伝ひ。庭の溜の泉水に。映る月影怪しき姿。はつと驚
き。飛退しが。今のは慥に狐の姿。此泉水に映りしは。ハテめんよふな。とどきつく
胸。撫おろし撫でおろし。怖々ながらそろそろと。差覗く池水に。映るは己が影計。た
つた今此水に映つた影は狐の姿。今又見れば我俤。幻といふ物か。但迷ひの空目とやら
か。ハテあやしや。と右つ左つ。兜をそつと手に捧げ覗けば又も白狐の形。水にありあ
り有明月。不思議に胸も濁江の。池の汀にすつくりと。眺入て立たりしが。誠や当国諏
訪明神は。狐を以て使はしめと聞きつるが。明神の神体に等しき兜なれば。八百八狐付
添て。守護する奇瑞に疑なし。ヲ丶夫れよ。思ひ出したり。湖に氷張結むれば。渡初す
る神の狐。其足跡をしるべにて心安ふ行来ふ人馬。狐渡らぬ其先に渡れば氷に溺る丶と
は。人も知つたる諏訪の湖。たとへ狐は渡らず共。夫を思ふ念力に。神の力の加はる
兜。勝頼様に返せと有る。諏訪明神の御教。ハア丶忝なや。有難や。と兜を取て頭にか
つげば。忽姿狐火の。爰に燃え立ち彼所にも。乱る丶姿は法性の。兜を守護する不思議
の有様……後略」巻四。諏訪神と狐の関係のみならず、水の不可思議な鏡が憑依したモ
ノの姿を暴き映し出す様など、なかなか参考になる
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第百六十二回
「悌順慈善生口を流す 荘介信義三舎を避く」
荘介対陣して射て旌の緒を断つ
さうすけ・かげしげ・のぶしげ・つまありまた六・よりミつ・をぎの井三郎
★荘介の幟は雪篠
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第百六十三回
「荘介伏を設て夜将衡を擒にす 小文吾勇を奮て鷲熊を撃つ」
今井の夜戦に寄隊敗績す
よしゆき・まさひら・としふる・ともつね・まさつね・むらとり
鷲▲(周に鳥)非不強羆熊非不猛惟不如是犬之真勇
鷲▲(周に鳥)は強からずにはあらず。羆熊は猛からざるにはあらず。惟(た)だ是
(これ)犬の真勇に如(し)かざるなり。
赤熊によぎう太・小文吾・上水和四郎
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第百六十四回
「残兵刃を奪ふて窮君を売る 水軍艦を寄せて敗将を載す」
小文吾小梅に自胤を破る
としふる・ともつね・小文吾・よしゆき・たるぬき・ざん兵・よりたね・ざん兵・ざん
兵・とも久・もろのり
一歩を譲りて小文吾旧恩を復す
小文吾・しげとき・よりみつ・ともよし
荘介鎗をもて撻て且憲重を生拘る
荘介・のりしげ・のぶしげ・かげしげ・いるまの九郎・まつ山五六・つじ七・きと介
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第百六十五回
「一虜を挟て現八橋梁を断つ 火豬を放て信乃戦車を焼く」
顕定駢馬三連車を作る
たかさき八九・ぎよしや・きりふの五六・ぎよしや・もりさね
〈英泉画〉
長阪橋に現八単騎にて大敵四万を懲退す
げん八・もとゆき・しげかつ・なりうじ・ありむら・あき定・のりふさ
〈英泉〉
(現八の旗指物は「犬」字)
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第百六十五回下
「既出」
岡山の囲に顕定戦車を連ねてもて軍威を振ふ
あきさだ・しげかつ・げん八・ぐきやう二・なほもと・しの・はや友
摩利支天河原に西妙流猪を憐む
しづのをとめ・たじ兵衛・さいミやう・むら人
火猪の大功信乃現八双で寄隊を破る
現八・しの・あきすゑ・たかやな・あき定
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第百六十六回
「衆侠を以孝嗣源公子を援く 西使を果し来て仁景春を敗走らしむ」
義通善射勍敵を斃す
白はま十浪・よしミち・あさひなさん弥・白井の兵・白井の兵・白井の兵・白井の兵・
白井の兵・しらゐの兵〈・七らう二郎〉
孝嗣大に景春と戦ふ
じだん次・たかつぐ・ふなざう・すて吉・いさん太・白井の兵・白井の兵・白井の兵・
かげはる・白井の兵・白井の兵・白井の兵
犬江親兵衛騎馬大河を渉す
きかん太・しん兵衛・よ四郎・きじ六・めぬ九郎・だん五・きしや五郎