#93/598 ●長編
★タイトル (CWM ) 02/08/23 02:03 (313)
お題>虫 (上) 憑木影
★内容
ジジ、ジジジ
ジ、ジジ
ジジ、ジ
ジ、ジ
ジ
ジ
虫の羽音。
微かな振動、ノイズ。
仄暗い世界での吐息のような。
ジ、ジジ、ジジ
ジジ、ジ
それは、生有るものの囁きと、自然の風が紡ぐ音との中間に位置するもの。
それは私の中から聞こえてくる。
それは私の手から。
胸の奥から。
頭の中から。
ジジ、ジジ
ジ、ジジ
ジジ、ジジジ
ジジ
ジジジ、ジ
ジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジジジ、ジジ
ジジジジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジ、ジジジ
ジジ
ジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジ
ジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジ、ジジ
ジジジジジジジ、ジ、ジジジジジジ
ジジ
ジジ、ジジ
ジ
ジ
闇の中で怜悧な輝きが放たれる。
私の両腕は、刃。
強靭な鋼のような、二つの刃。
それは、闇に覆われた空を切り裂く三日月のよう。
私の顎にも、巨大な牙のような刃がある。
私は刃で闇を切り裂く。
闇はねっとりとした、濃厚な果汁にも似た血を流す。
地面が濡れる。
どろりとした。
紅い。
ジ、ジジジ
ジジ、ジ
ジジジ、ジジ
ジ、ジジ
ジジ、ジ
ジジ
ジ、ジジジ
ジジ、ジ
ジ、ジジ
背中で羽根が鳴く。
吐息のような。
ノイズ。
それは、意味という境界の向こう側にありながら、生有るものの叫びを確かに内包し
た。
血が。流れる。
どろりと。
ゆっくりと。床を。
紅く。
染める。
ジ
ジ
ジ
ジジジ、ジジジ
ジ、ジジ
ジジ、ジジジジ
ジ、ジジ
ジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ
ジジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジジ
ジジジジジジジジジ、私の、ジジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ
ジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、吐息、ジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ
ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジジ、ノイズ、ジジジジジジジ、ジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ、向こう側、ジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジ
ジ、
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
血が
流れてゆく。
闇が覆う。
私を私が見つめる。
白衣を纏った私。
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジジジジジジジジ、ジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジジジジジジジ
私は唐突に夢から目覚めた。夢の内容はよく覚えていない。けれども、それが定番の
悪夢であることは判る。耳の奥にはいつものように、あの音が残っていた。
あの音。虫の羽音。
それはまだ私の体の奥深くに残っているかのようだ。それは熱病の夢から醒めた後、
高熱の名残りが全身の奥深く澱のように残っている感覚に似ている。
微かな振動とノイズ。
それが私の体をほんの少し震わせていた。夢の中では他に色々なものを見る。奇妙な
人間のような姿をした怪物たち。刃物となった私の手。そして、白衣を着たもう一人の
私。
私は部屋を見まわす。
相変わらず、殺風景な部屋だ。
いつからこの部屋に監禁されているのか、思い出すことができない。そもそも、私は
この部屋へ閉じ込められる以前の記憶が全く無い。
部屋の広さは10メートル四方くらいだろうか。結構広く感じられる。天井も高い。
3メートル近くはありそうだ。
その天井近くに窓が一つだけある。とても高い位置にあるので外を見ることはできな
い。ただ、光は少し差し込むので、今が昼であるのか、夜であるのかの判断をつけるこ
とはできる。
部屋にはドアが二つ。どちらも頑丈そうな鉄製のもので、ひとつは、バスルームへ続
くドア。もうひとつは、多分外へ続くドア。いつも閉ざされているため、その向こうが
どうなっているのかは想像することしかできない。
天井には通気口があり、蛍光灯がついている。壁に蛍光灯のスイッチと思われるパネ
ルがあるが、操作することはできない。パネルについている液晶画面には、センターコ
ントロール中というメッセージが表示されている。
夜になると自動的にスイッチが入るようなので、不自由は感じない。ただ、窓から入
る光の量は少なく、夜になっても蛍光灯の光はとても弱いのでこの部屋はいつも薄暗か
った。
壁や床は剥き出しのコンクリートだ。部屋の家具はベッドと机があるだけ。壁や床に
ついている擦り傷などから想像すると、この部屋にはもともと色々家具があったのでは
ないかという気がする。
ベッドは、病院によくあるような、鉄パイプ製のものだ。机はスチール製の事務机。
机の上にはパソコンが置かれていた。ただ、置かれているのは本体と液晶ディスプレ
イのみで、キーボードもマウスも接続されていないため、操作することはできない。
ディスプレイには常にブラウザが立ち上げられ表示されている。そこには、ストリー
ミング配信されているらしい動画が映し出されていた。
動画といっても、それは無意味なものにしか見えない。無数のドットが画面上を無秩
序に動いているだけなのだ。
黒い微小な点が細かく振動し、動き回っている。それが画面を覆っていた。それはい
うなれば、映像化されたノイズのようなものだ。
画像には時折、音声が伴う。無機質な女性の声。私はその声が私の声であるように思
える。ただ、私自身がそんな録音をした記憶が無いので、それが私によくにた声の人間
が録音したものなのか、私自身が録音したものなのか判断することはできない。
その声が語る内容は私にとっては無意味なものだった。それは数式や化学式を淡々と
無機的に語っているだけなのだ。
もしも、私に記憶が戻ればそれは意味を持つものなのかもしれない。私がメモとして
残したものなのかもしれない。
私は画面を見る。無秩序な点の運動。でも、私はその点の動きに微かな意味を感じ
る。
生命の匂いとでもいうべきもの。
その個々の点をじっと見ていれば判る。それは虫だった。凄く小さな虫たちの集合。
その虫たちが蠢く様を、パソコンのディスプレイは映し出している。
虫たちは蠢いていた。
ざわざわ、と。
ざわざわざわと。
虫たちは。
蠢いている。
ざわざわ。
ざわざわ。
ざわざわ。
ざわざわ。
ざわざわ。
私の耳の奥で、虫の羽音が聞こえた。
ジジジと、
鳴る音が。
ジジ、ジジと
画面のざわめきに合わせ。
ジジ。
ジジジ、ジジ、ジジジ。
ジジジジ、ジジジジジジジジジ
ざわざわざわざわざわざわざわ
ざわざわざわざわざわ
ジジジ、ジジジジ、ジジジジジジ
ざわざわざわざわざわ
ジジ、ジジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジ
ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ
ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ
ジジジジ、ジジジジ、ジジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジ、ジジジ
ジジジジジジ、ジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジ、ジジ、ジジジジジジジジ、ジジジジ、ジジジジジジジジジジジ
ジジジジジ
ジジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジ、ジジジジジジ
ジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジジジ
ジジジ、ジジジジジジ、ジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジ、
ジジジジジジ
ジジジジジ、ジジ、ジジジジジジジジジ、ジジ、ジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジ、ジジジジ、ジジジジ、ジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ、私の、ジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ、意識は、ジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジ、ノイズに、ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジ、飲み込まれる、ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジ
ジジジと、
耳の奥で鳴る。
ジジ
ジジジ
ジジジ
と、
体の中で虫が鳴いている。
暗い。
場所。
そこは、地下。
私は地下室の中に立っている。
広い場所。遠くのほうは完全な闇に飲み込まれて、見ることができない。
私の立っている場所は仄かな明かりに照らされている。
私は、夜空に上った満月のように白い裸身を晒していた。
果実のように膨らんだ丸い果実のように乳房を、
小さな草叢のような下腹の翳りを。
仄かな薄い光の元に晒して。
手を見る。
白い陶器のような手。
その奥で音が。
ジジ、ジジジと。
音が。
鳴る。
ジジ、ジジジと、
音が、する。
光が広がり、私の前の闇が退く。
異形の者たち。
人と獣、その中間のような生き物。
それらが壁際で蠢いている。
がちがちと。
牙を鳴らせながら。
異形の者たちは、鎖で壁に繋がれている。
その紅く光る瞳は私を見つめていた。
飢えと。
欲望。
それを眼差しに乗せ、私へ飛ばしてくる。
異形の者たちは私を喰らいたいようだ。
歪んだ手。
それが差し出される。
鎖が鳴った。
がちがちと。
私の中で、異形の者たちの飢えに呼応するように、虫の羽音が高まってゆく。
ジジ、
ジジジ、
ジジジジジジ
音が。
鳴る。
かちりと、
鎖が乾いた音を立てる。鎖は全て解き放たれた。異形のものたちは、自由の身となり私
のほうへ這いずってくる。満足に立てぬその足で。まともに物を掴めぬその手で。
私のほうへ。
群がってくる。
私の中のノイズは狂ったように高まってゆく。
それは。
意味の崩壊する轟音。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジ、私の手が歪む、ジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジ
白い手。
それが裂けてゆく。
中から
現れたのは刃。
頬が裂ける。
ジジジジジジジジジ
羽音が
ジジジジジジジジジジジジジジジ
私を
ジジジジジジジジジジジジ
包む
ジジジジジジジジジジジジジジジ
頬から現れたのは二つの刃のような顎。
異形の者は飢えを唸り声にまぜ、全身を軋らせながら私にせまる。
背中で。
轟音が、
高まる。
ジジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジジジ、ジジジジジジジジジ
ジジ、ジジジジジ、ジジジジジジ
ジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジジ、ジジジジジジジジジ
ジジジ、ジジジジジジ、ジジジジ
ジジジジジ、ジジジジジジ、ジジジジジジジジジジジジジジジ、ジジジ、ジジジジ、ジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジ、血がどろりと、ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ、床に垂れる、ジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ
ジジジジジジジジジジジジジジジジジ